33.焦りで深みにはまっていく
今回のお話は「焦り、自暴自棄、孤立」について。
同じような悩みを抱えた方にも、少しでも届けばと思っています。
それからどうやって家に帰ってきたのか覚えていない。
(私が悪い、私が悪い、私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い)
服も脱がずベッドに倒れ込む。
朧げな記憶で、美希が必死で笑っていたこと、味方だからと言ってくれたこと、なんとか美希にプレゼントを渡したことだけは覚えている。食べたはずのケーキの味はちっとも覚えていない。
(あと、三ヶ月でうちから追い出される……)
スマートフォンを取り出して、連絡先を見る。雪白、ブルース、小百合、桃プリン。
だが両手が震えて誰にも連絡できなかった。こんな時こそ頑張らねばならないのに引きこもっていた時に戻ってしまったようだ。
それに自分が全部悪いのだ。誰に相談する資格もない。
「でも三ヶ月なんて、無理、無理だよ……どうしよう」
引きこもっていた頃の生活を思い出す。
外出はコンビニだけ。将来に漠然とした不安を抱えながらも具体的な行動は思いつかないし行動しない。徐々に匿名掲示板やオンラインゲームの世界にだけ入り浸った。
将来のことは辛いから考えない、そんな風に十七年生きてきた。桃プリンに発達障害の診断を受けないかと言われるまで――。
二時間ほどそうしているとようやく震えが収まり、またスマートフォンの連絡先を見るが指が動かなかった。家族を苦しめてきた自分に優しくされる資格があるとは思えなかった。
(お父さんが正しい。私が全部間違ってる。それなのに出て行きたくないなんて言えないよ。美希だってずっと苦しめてきた。私が悪い、悪い悪い悪い……)
だがそう思うほど昔のようにベッドから動けなくなった。
あかりはパソコンの前に座り、まだ微かに震える指でキーを打った。検索したのは昔は入り浸っていた匿名掲示板だった。決して優しい場所ではない。それでも自分が全て間違っていると思ったあかりは書き込んだ。
《ずっと引きこもっていました。四十歳になったことで父に引き出し屋を呼ぶと言われました。どうすればいいですか?》
レスはすぐついた。
《ニート末路ザマアw》
《引きニートのメシウマ展開キター!!》
《どうするも何もいい加減働けよ、さもなきゃ氏ねば?》
《四十までニートって親をどれだけ苦しめてきたか分かってる?》
《仕事なんか選ばなきゃいくらでもあるのに怠けていたことのツケだな》
《引き出し屋って前ニュースになってなかった?》
《お前なんかとっとと出ていけ、社会のゴミ》
《いつまで甘えられると思うな、クズニート》
「……」
ある意味、予想通りのレスだ。それからも似たようなレスが次々ついていく。引きこもりが多いはずの匿名掲示板は引きこもりに厳しい。それでも今のあかりはその冷たさで自分を傷つけることを選んだ。
(だってお父さんの言う通り、私はずっと家族を無視して、養ってもらってきた。働くことが怖かった。それが当然だと思っていた。いや……考えないようにしていた)
ぼうっとあかりを責めるレスを見つめ続けているとあるレスに目がついた。
《そんなに嫌ならナマポでも受ければ? インフルエンサーのぴろゆきが言ってたみたいに》
ナマポ。すぐにはその単語が理解できず、単語を貼り付けて検索する。調べるとナマポとは生活保護のスラングと分かった。
「生活、保護……私が?」
そのレスはあっという間に流れていったがあかりの心にその単語が残った。
普段の眠剤に加えて頓服薬を飲んだが一晩中眠れなかった。
あかりの脳裏には引き出し屋と生活保護の文字だけがの残っていた。正直、生活保護のことは名前しか知らない。ただ、引きこもりの掲示板では時折その単語を見たことがある。
(でも、そんなの……私はもらえないよね。私は穀潰しで、家族のお荷物だから。社会のゴミだもん。そうだ、引き出し屋がくる前の日に自殺すればいいんだ)
引きこもっていた頃のようにそうして自分が悪い悪いと責めた。そうすると不思議なもので昔のようにベッドから動けなくなった。ただ自分を責めるだけの時間が流れていく。
部屋を眺めて不思議に思う。あんなにこの家から出て行きたいと思っていたのに、いざ追い出すと言われたら怖くてたまらない。ベッドも本棚も全てあかりではなく父の金で買ったものなのに何一つ失いたくない。
「……もしもし、ポラリスですか? ごめんなさい、体調が悪くて、お休みさせてください」
昼を過ぎても苦しくてポラリスに休みの電話をかけた。一睡もできず、全身が重い。ポラリスの職員が気にしないでと言ってくれて帰って申し訳ない。
(ポラリスもやめないと……仕事探さなきゃ、お父さんに出ていけって言われたんだから)
だが心も体も重くなり結局ベッドに倒れ込んで夜まで過ごした。
「すみません、今日もお休みさせてください……」
次の日もポラリスに休みの電話をかけた。
これじゃダメだ。父に無意味と言われたからと言って、ちゃんと辞めてもいないのにポラリスを休んでばかりではダメだと本能的に分かった。
あかりは部屋から出ず、震える手で新品の履歴書を本棚から取り出した。作業所とアルバイトで悩んでいた時に買ったものだ。中身を取り出して机に置いてボールペンを取り出す。
「……どう、して」
両手が震えてまともに名前が書けない。そのまま強引に書くが、文字とも言えない線の羅列だけが暴れて、とても求人に送れるようなものではない。
(なんで、なんで、私……ポラリスにも行けないし、履歴書も書けないし、何やってるんだろう! 私が悪いんだから頑張らなきゃいけないのに!)
追い詰められると力が出るとは嘘だったのか。
結局あかりはベッドに倒れて布団をかぶって両手を震えを見つめた。このまま追い出されるしかないのか。アジール、キリン、ポラリス、色んな場所に行ったのは無駄だったのか。
スマートフォンが目についた。LINEを立ち上げて雪白の連絡先を見る。メッセージ画面をじっと見るが何も思いつかず閉じる。アジールは今週の土曜だった。こんな家族に迷惑をかけている自分に行く資格があるだろうか。
(やっぱり、死ぬしかないのかな……私が死んでもどうせ誰も悲しまないしいいよね)
夜になると美希がドアを叩いた。大丈夫? という声に必死に明るい声を出して、大丈夫だよと返事をした。
次の日、水曜日はポラリスはない。あかりの心と身体は変わらず重くまた寝ていた。どうすればいいか分からないがこのままではいけないと思った
(そうだ……キリンに行こう)
そうしてあかりは三日ぶりに顔を洗い、服を着替えて、キリンへと出かけた。
三日ぶりの外は酷く明るく見えてそういえばこんなに外に出ていなかったのは久しぶりだと手で日差しを遮った。
キリンに着くとどっと疲れが出た。昔のようにソファに寝ていると小百合がやってきた。ギターを持っている。
「あかり! どうしたの、真っ青だよ!?」
そこまでと自分では思えなかったが小百合が手鏡を見せると本当にあかりは顔色が悪かった。そう言えばこの二日、ろくに食事もせずに部屋にあったお菓子だけを食べていた。
「八木さん、大丈夫ですか? ……何かあったのですか?」
小百合が呼んできた里中が話しかける。あかりは身体が重く、口がうまく動かず返事ができない。そんな様子を見た里中は優しい笑みを浮かべた。
「何かあったなら相談室で話してみませんか?」
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次回は「里中の話」を書く予定です。ぜひまたお立ち寄りください。
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