31.40歳の誕生日パーティー
今回のお話は「誕生日パーティー」について。
同じような悩みを抱えた方にも、少しでも届けばと思っています。
あかりは美希と頻繁にあのカフェで会うようになった。時々はもう少し安いカフェなどにも誘ったが美希は全額払うと言って個室カフェにこだわった。
「だってこういう話、外ではしずらいでしょ」
やはり家族が引きこもっているという話は外に出したくないようだ。美希の行動がどこか「障害者は恥」だと言った母と重なる。美希は心配なのだろう。でもあかりだって好きで引きこもりになったのではない。
(十七年はあまりに長かった。でも私も辛かったんだよ、美希)
今日の美希はスムージーを頼まず、紅茶だけを頼んだ。なんだかいつもよりぼうっとしているように見える。
「美希、大丈夫? 仕事で疲れてない?」
美希ははっとするとアールグレイを一口飲んだ。
「……お姉ちゃんも辛かったよね」
心を言い当てられたようで、あかりは美希を見つめた。
「でも、やっぱり……私も辛かった。今後どうしようって十年くらい前から考えた。お姉ちゃんがあの部屋で死んだらどうしよう。お父さんとお母さんが死んだら私がお姉ちゃんの面倒見るの? いつまでこんなことが続くの? そんなことばかり考えるようになった」
それはあかりが考えたことがないことだった。将来どうするか、それは不安だったがなんだかぼんやりしていて具体的な行動は何も考えていなかった。
桃プリンが診断を、雪白が小さなステップを教えてくれるまで本当に何も思いつかなかった。両親が死んだらどうするのか、と考えたこともあるが不安で押しつぶされて考えないようにしていた。だから美希がこんな風に姉のことで苦しんでいるとは想像していなかった。
「私さ、今の会社辞めて転職するか、悩んでるんだ。仕事がきつくてさ。マンション買う頭金は貯めたし、給料下がるけどもういいかなって……でも、お姉ちゃんがこのままじゃ放って置けない。家を出られない。私が面倒見なきゃならないんじゃないかって……」
「そんな、そんな必要ないよ。美希が私を面倒見なくたって!」
「じゃあ、どうするつもりだったの? お父さんとお母さんが死んだらどうやって生きるつもりだったの? 私がいなきゃ死ぬんじゃないの? 親が死んだってお姉ちゃんの人生は続くんだよ」
あかりは言葉が出なかった。不安に押しつぶされて考えてこなかった将来のことを美希が代わりに考えていた。
美希は頬から一筋涙を流すと、表情を緩めてハンカチで拭った。
「……なんてね。今のお姉ちゃんは部屋から出てるし、きっと大丈夫。今は本気で家を出るために頑張ってるって分かってる。でも、あの時、お姉ちゃんとまた話すまでずっと私の中にはその気持ちがあった。十九年間ずっと苦しかった。これからどうしよう。私がいなかったらお姉ちゃんは死ぬんじゃないかって……死んだら私のせいなんじゃないかって」
引きこもりの家族は苦しんでいる。そんな言葉を昔匿名掲示板で見た。その時は苦しいのは自分じゃないかと思ったが美希もそうだったのだ。
「美希、私どうにかするよ。少しずつだけど、きっと自立するから。だから、美希は遠慮なんてしないであの家を出て、マンションでもなんでも買えばいい。転職だって好きな時にすればいい」
「簡単に言ってくれちゃって」
美希は笑って姉を見返した。
「今のお姉ちゃんが前とは違うのは分かってる。だからこの話はしなかった。でも私も十九年間悩んでいたことをどうしても伝えたくて」
「もちろん……恨んでるよね。言いたかったら言えばいい」
「恨んでるわけじゃないよ。ただずっと悲しかった。不安だった。でもありがとう……私、自由になってもいいんだよね?」
「お姉ちゃん頑張るから、任せて!」
強く胸を叩くと美希はほっとした笑みを浮かべた。その笑みが幼い頃に見せたものだとあかりは思い出した。
(美希のためにも、頑張らないと)
それから三ヶ月の間にあかりは作業所に通う時間を週四日にした。午後からだがかなりきつかったのでキリンにはほとんど行けなくなった。時々土曜日に顔を出して小百合のギターを聴くのが精一杯だった。アジールには変わらず行き、雪白やブルースに自分の現状のことを相談した。
(今度こそ、失敗できない。美希を自由にしないと)
母はあかりを否定したが、妹はずっと自分を待っていてくれたのだ。
そんな日々が続くと少し余裕が出てきた。ついに午前中にポラリスにいくことを考え始めた。さらにキリンには行けなくなるだろうが、自立に近づいているはずだ。工賃だって増えてきた。工賃が入った封筒を受け取ると十九年ぶりに自分が誇らしくなった。
作業所に通い始めて九ヶ月、受給者証を待って三ヶ月、あかりは四十歳を迎えようとしていた。少しずつ自信が生まれ始めていた。
美希が誕生日パーティーをしようと言った。
いつもの店で今度こそケーキを食べてもらおうと画策しているらしい。あかりは四十歳で誕生日パーティもないと思ったが、美希との交流を取り戻したのだからとパーティーを楽しみにした。
最近は小遣いと工賃で使える金額が増えたので、しまむらに行ってピンクベージュの華やかなチュニックを買った。自分への誕生日プレゼントだ。美希との誕生日パーティーに着ていこう。
そして前日に洋菓子店に行って、フィナンシェのセットを買った。美希へのプレゼントだ。これまでずっと誕生日を祝わなかった分、美希にプレゼントを渡したい。
「よし、完璧」
四十歳になった誕生日当日、あかりは自室でクローゼットについた鏡の前で外見を確認した。といっても美希が買ってくれた黒いズボンに新しいチュニックを着ただけだが以前スウェットに比べると華やかになったと思う。
それに思い切って色付きリップクリームをつけてみた。肌も以前と比べるとニキビが減り、綺麗になった。髪も、ブルースが教えてくれた店で切って肩までの長さをキープしていた。
高校の頃から使っているリュックを背負って、三宮へ向かう。ライトグリーンの紙袋の中には美希へのプレゼントが揺れている。
(これからは大丈夫、私はやっていけるって美希に伝えたい)
カフェに着くともう一度プレゼントを確認して、いつものように店員に頼んで「八木です」というと個室に案内された。
「美希……!」
「……なんだ、随分楽しそうだな、あかり」
個室の中には美希の他にもう一人いた。美希は戸惑った表情を浮かべていたが、あかりの姿を見ると立ち上がった。
もう一人の人物には見覚えがあった。いつものように足を組んで神経質な表情を浮かべている。
「ごめん、お姉ちゃん。お父さんがどうしても来たいって……!」
「……お父さん?」
美希の隣に座っていたのはあかりの父、八木慎介だった。
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次回は「あかりの父」を書く予定です。ぜひまたお立ち寄りください。
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