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3. 診断したキッカケ

今回のお話は「診断のキッカケ」について。

同じような悩みを抱えた方にも、少しでも届けばと思っています。

 名前も聞けなかった。


 家に帰って、家族に顔を合わせないように自室に直行したあかりはベッドに倒れ込んだ。


 今日はリアルの人間とたくさん話して本当に疲れた。医者と謎の老婦人。二人は一般的には多い人数ではないが、引きこもりには会話は本当に疲れるのだ。


(桃プリンさんにお礼を言わないと)


 あかりはスマホを持つとオンラインゲーム用のメッセージアプリを起動する。「発達障害の診断出ました。教えてくれてありがとう」と送信する。


 桃プリンというのはハンドルネームであり本名は知らない。オンラインゲームの中で出会った友達だ。


 三年前からよくゲーム「ドラゴンアイズ」のアイテムを一緒に集めるうちにメッセージを送るようになり、ゲームの話をしようということでメッセージアプリに移動して時々テキストチャットをするようになった。


 誰にも見られていないチャットは気楽で徐々にあかりはゲーム以外の世間話をするようになった。桃プリンは聞き上手であかりはテキストを文章を考えるスピードが遅いコンプレックスを忘れて色んな話をした。


 そうしていくうちに引きこもっていること、あかりの存在を忘れているような家族のこと、どうしても普通になれないコンプレックスのことを話してしまった。


《レッドガーディアンさん、それは一度病院に行った方がいいと思うよ》


 そんなメッセージが送られてきたのは半年前のこと。レッドガーディアンというのはあかりのハンドルネームだ。


 あかりは目を丸くしたが信頼する桃プリンの言葉だったので《どういう意味ですか?》と真意を尋ねた。


《発達障害かもしれない。レッドガーディアンさんの悩み事、ちょうど発達障害の症状と重なる》

《発達障害? 違うよ、私は普通で、なのに普通になれない怠け者なだけで》

《実は私、医療職なんだ。発達障害のことは少しは勉強してる。無理にとは言わないけど……よかったら病院のこと考えてみて》


 あかりは迷った。心配してくれるのはありがたいが自分は障害者なんかじゃないし、病院に行っても無駄だと思う。


 それにお金のこともある。あかりは月に一万円の小遣いを親にもらっているが、すぐゲームに使ってしまうため診断など無理だと桃プリンに返信した。


《レッドガーディアンさん、自分のことすごく責めてる。でもきっとそれはあなたのせいじゃないと私は思う》


 あかりはそのテキストを何度も見返した。自分を責めるのは当たり前だ。家族には十七年もの間引きこもりで恥だと忌み嫌われている。


 普通になれないのは自分が特別に怠け者の自己責任に過ぎないのだ。でも、違ったのか? 発達障害というもののせいだったのか?


 どうしようと返信する手が止まってしまった。お金はない。いつも冷えた顔の母親には診断のお金のことなど言えない。


 でも……とあかりは本棚に手を伸ばした。中学の頃好きだった本に挟んだ封筒がある。たまたまとっておいたお年玉。五万円入っている。


 万札に手を伸ばして、また迷う。自分は普通だ。病院に行っても無駄な時間とお金を使う

だけだ。これもゲームに使ってしまおう。


 ふと自室の隅に置かれた鏡で自分の顔が目に入った。すっかり太ってしまって外に出ない

分色白だ。暴食をする分、肌も荒れている。自室を振り返るとひっくり返った部屋が目に入る。昼も夜も閉めたままのカーテンは黒に近い焦茶色だった。


 思い出したくない年齢を思い出してしまう。今は三十六歳。今後の予定は何もない。このままでいいのだろうか。いや、診断を受けたって変わらない。どうせ自分は発達障害じゃないだろう。しかし、じゃあなんなら変われるのだろう?


 桃プリンのメッセージを思い出す。あんなこと家族にも言ってもらったことはなかった。


(私のせいじゃない、の?)


 母からはずっと「なんで普通のこともまともできないの」と責められた。


 あかりは本からお年玉を取り出すと桃プリンに「病院行ってみます」と返信した。


 それから病院の予約待ちなど、色々試練が待っていたが、不思議とあかりは諦めなかった。目的ができたお陰か毎月の小遣いも少しずつ貯めることができた。





 そうして半年後、あかりは本当に発達障害と診断された。


 老婦人は診断はゴールじゃないと言ったがあかりにとっては大きな冒険のゴールだった。


 この半年、何度通院を諦めようと思ったことか。桃プリンが決断したあかりに何度も《応援している》というメッセージを送ってくれなければとっくにやめていた。


 しかし、この先、どうすればいいか分からない。自分が普通になれないのは怠けているからではなく発達障害のせいだと思うとホッとした部分がある。それだけでいいのだろうか。


 桃プリンの返信がないのでぼうっと天井を見る。いつも母には「あかりはなんで人並みできないの?」と言われてきた。母に言ってみようか、分かってもらえるだろうか。


 カサリとポケットからさっきの老婦人のチラシを取り出す。結構字が多いそのチラシを何度も見返した。


『発達障害の自助グループ(女性限定) アジール 初めての方も気軽にいらしてください。お茶菓子を出して待ってます』

『参加費 五百円』


「お金かかるのかあ、まあ、五百円くらいなら……」


 今後の見通しはない。それなら行ってみてもいいだろうか。他の発達障害の人間に会ってみたい気持ちもある。同じように引きこもっている人もいるだろうか。


「ん?」


 チラシの一番下の方に『主催 雪白月絵ユキシロツキエ』と書いてあった。好きな漫画に出てくるみたいな名前だ。名前を聞き忘れたことを思い出す。


「雪白さんっていうんだ……」


 あの人ならまた会ってみたい。


 あかりはまたメッセージアプリを起動すると桃プリンに「発達障害の自助グループにいくか悩んでいます。自助グループって怪しいところじゃないですか?」と送信して、ついでにチラシの写真を撮ってアプリに添付する。


 すると今度はすぐに返信があった。「こういうのが正しいのか分からないけど診断おめでとう! 今までよく頑張ったね!」「大丈夫だと思うよ。もし行けそうなら行ってみたら」と桃プリンはいつものように優しかった。



感想・ご意見など気軽にお寄せください。

次回は「お母さんにカミングアウト」を書く予定です。ぜひまたお立ち寄りください。


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― 新着の感想 ―
Xから参りました!もみもみもみなです! なろうのアカウントで失礼します! さりげなく送った一通に、すぐ優しい返信が返ってくるの、ほんと嬉しいですよね。 「正しいのか分からないけど診断おめでとう!」っ…
こちら、読んでます。 あかりさん、いい人に出会えて良かった。
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