16. いきおいでスタッフになる
今回のお話は「アジールのスタッフ」について。
同じような悩みを抱えた方にも、少しでも届けばと思っています。
散々とはこういう日を言うのだろう。
(あの女がいたせいで雪白さんに話せなかった。将来のこともキリンのことも聞けなかった……それに私なんかがスタッフなんて、できるわけないし)
もちろんあかりはアジールが嫌なわけではない。ただ責任というものが怖かった。今までも椅子を並べたり会場の設営などをたまに手伝っていたが、役割を決められると思うと恐怖を感じる。
雪白はなぜあんなことを言ったのだろう。
あかりは自室に戻るとバタンとベッドに倒れ込んだ。今日は疲れた。アジールでは連絡先の交換は推奨されていないので、あかりと雪白はアジールに行く以外に交流する術がない。あと一ヶ月は雪白にどうしたらいいか聞けないのだ。
ゴロゴロとしばらベッドで寝転がるとあかりはスマホを手に取った。桃プリンに「今日もアジールに行きました」とメッセージを送る。
桃プリンは返信は遅いが、診断を勧めただけあって、あかりが自助グループに行ったり、キリンに行ったりする様子を送ると喜んでくれたから近況連絡は続いていた。最近徹夜をしないので「ドラゴンアイズ」をする時間は減ってしまったが桃プリンとはたまにまたアイテムを集めることもある。そうだ、今夜はイベントだから桃プリンを誘ってみよう。
メッセージに桃プリンからのいいねがつくとほっこりとした気持ちになる。この人はどんな人なんだろうとたまに思う。もう四年の付き合いになるがどこに住んでいるのかも知らない。インターネットの知り合いに個人情報を聞くのは御法度だが、ここまでの付き合いになるならオフ会をやってもいいのだろうか。あくまでお互いの住所が近場ならだが。
(あのブルースって人、何者なんなんだろう)
もちろん、あの場にきていたという事は発達障害なのだろうが。もう来ませんようにとあかりはイライラと願った。
一ヶ月後、今度こそ雪白と話すと決意したあかりがアジールに行くと異変があった。あかりはふるふると腕を上げる。
「雪白さん、な、なんでその人がここに……?」
あかりが指差す先にはブルースが受付の席に座っていた。雪白もそちら側にいて参加費のお釣りなどを用意していた。
雪白はあくまでのんびりとあかりに手を振った。
「アカリさん、こんにちは。今日からブルースさんにスタッフをやってもらうことにしたのよ」
「そ、そんな! なんでこの人に!?」
「……ずっと人のこと指差さないでくれますか」
まだブルースを指差しているあかりを彼女はじっと睨む。あかりはブルースとの間に火花が散った気がした。受付で騒いでいるので他の参加者の視線も集中してきた。雪白だけがマイペースに笑っている。
「だってアジールも参加者が増えてきたでしょ? 私もこの足だからテーブルと椅子を並べる時も結構大変でスタッフを募集していたの。それでこの前ブルースさんが会の最後にやってみたいって言ってくれて渡りに船だったの」
どうやらあかりが思い切り断っていたのを聞いていたらしい。ブルースは不機嫌さを隠そうとせず、あかりに会計が済んだのだからさっさとどけという目で見ている。
「だからって何もこの人じゃなくてもいいじゃないですか!」
「こういう人ってどういう人? アカリさんはブルースさんのこと知らないでしょう? それにアカリさんはスタッフは嫌って言ったのにどうして怒っているのかしら?」
「そ、それは……」
責任というものが怖い。一人の孤独に慣れたあかりは集団で役割を持つことに恐怖を感じる。だから尊敬する雪白の言葉を断った。しかし、大切な場所に嫌っている人間がいることがどうしても納得できなかった。
ブルースは持っていたクリアファイルを横に振る。
「会計は終わったんですから早く退いてください。後ろに並んでる人、見えないんですか?」
「……ます」
「え、なに?」
「やります! 私、スタッフやります! 前はびっくりして断っただけなんです!」
結局、あかりとブルースの二人がスタッフになるという形で落ち着いた。
時には人生には後先考えない勢いが契機になる時があります
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次回は「張り切るあかり」を書く予定です。ぜひまたお立ち寄りください。
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