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10. 彼女の名前は、小百合だった

今回のお話は「意外な再会」について。

同じような悩みを抱えた方にも、少しでも届けばと思っています。

 情けないことにキリンについた時にすでに体力の限界だった。


「ぜえはあ、こんにちは……」

「こんにちは」


 カウンターの向こうで里中が手を振ってくれた。ノートパソコンを前に何か書類を見ている。どうやら入り口すぐが事務室らしい。


 今度はもう一人中年の女性がいる。メガネをかけてふっくらしている頭の良さそうな女性だった。もっとも不摂生のあかりには何も言えないし、それくらいならむしろ羨ましいくらいだが。


「河村さん、こちら新しく利用を始めた八木さんです」

「初めまして、八木さん。これからよろしくお願いします」

「お……お願いします」


 相変わらず声が上手く出ない。それに河村は初対面だったので余計に舌がもつれる。


「大丈夫ですか、顔色が悪いようですが」

「だ、大丈夫です。昨日は夜中までゲームしちゃって……」


 必要のない嘘をつく。今は体力がないことが夜中までゲームをして不摂生なことより恥ずかしかった。


 よく考えるともう十四時だ。


 朝起きて、という生活をしようと思っても午前中にギリギリ起きるのが精一杯。それがあかりの限界だった。


(とにかく、今日も本を読むんだ。せっかく買ったんだから)


 リュックの中の本を思い出す。そういえば三冊全部入れたのはやり過ぎだったろうか。今度から一冊にしよう。


 キリンには今日はあかり以外にも利用者がいた。すらっとした女性がレースのようなものをかぎ針で編んでいる。年頃は同じほどに見える。こちらをチラッと見るとすぐ編み物に戻った。


(あれ?)


 あいた席に座る前にもう一度彼女を見た。パーカーを着ていて、フードを深く被っているので遠くなると顔はよく見えない。


 なんだか見覚えがある気がする。この辺りはあかりはずっと暮らしている場所なので知り合いだろうか。引きこもりなのでそんなものはいないはずなのだが。


 椅子に座るとどっと疲れが出た。読むはずの本に手が伸びない。上履きに履き替えたことでパンプスから解放された足が喜んでいる。椅子に座っていることも辛い。


「あ、あの……辛くて、ソファに座ってもいいですか?」


 十五分後。受付まで行って里中と河村に尋ねた。


「いいですよ。というか、しんどかったら好きに座っていいんですよ」

「寝転んでもいいですか?」

「大丈夫です、疲れた人のためのものですから」


 許されたのでソファに寝転ぶとキリンまで歩いてきた疲労がどっと出た。足先とふくらはぎがズキズキした。背中も痛い。ぼうっとしてしまい、このまま寝てしまうかもしれない。


 情けなさで涙が滲んだ。


(これじゃ、とても……働いて家を出るなんて無理だ)


 まずは地域活動支援センターに通うこと。雪白にそう言われた時は随分、大袈裟なことをいうと思った。


 その時はあかりは自分は同世代と比較して十分体力があると信じていた。今では赤面ものだ。


(やっぱり、諦めた方がいいのかな)


 あかりは自分はやる気さえ出せばアルバイトや派遣社員をして、すぐに家から出られるとどこかで信じていた。


 ずっと一人の部屋では他人と自分を比較する機会がない。けれど徒歩十分のキリンに来ることさえままならないのに世間の人のように毎日働くなんて無理だ。


 全てを投げ出したいと思った。自分が十分もろくに歩けないなんて知るなら死ぬまで自室に引きこもっていたかった。


 引きこもった生活は他人との比較がなく、昔の自分のイメージだけで自分ができていた。現実の自分なんて知りたくなかった。


『焦らないで、少しずつ続けること。これができたら大丈夫』


 けれど雪白の言葉を信じて、とにかくキリンに毎日通おうと思った。そうしないと体力だって元に戻らないだろう。


(まずは元に戻らないと……)


 少し回復してキリンを見回すとまだレースを編んでいる女性がいた。彼女はただ本を見て黙々とレースを編んでいた。


 あかりが寝ているからか、女性は一度周囲を見回すとフードをとった。


「え……?」


 疲れ果てているはずなのにその顔から目が離せなかった。あかりはなんとかソファから上体を起こすと目を凝らした。


「……小百合?」


 それは灰色の高校生活で唯一仲良くしてくれた友達だった。クラスの人気者で勉強も運動もできた。そんな彼女がどうして地域活動支援センターにいるのだろう。


 あかりが迷っている間に彼女は視線に気付いてまたフードを被った。そしてすぐにレース編みをやめて、帰って行った。







 桃田小百合モモタサユリだった。間違いない。人の顔を覚えるのは苦手だけど、小百合だけは間違えない。向こうには多くいる友人の一人だっただろうが、あかりには唯一の友人だった。


「いてて」


 あかりは自室でパンプスで傷んだ足を伸ばした。二度とあのパンプスを履くのはやめよう。一生スニーカーでいようと固く誓う。


 ベッドに寝転んで全身の筋肉を伸ばしていると小百合のことを思い出す。


 小百合とは高校の二年生でクラスが一緒だった。文武両道のクラスの人気者と空気の読めない変わり者。普通なら交わらない二人だったが小百合はその人気に相応しい人格者だった。


 仲間外れになりがちなあかりをそれとなく輪に入れたり、嫌な顔ひとつせずペアを作る時に相手になってくれた。お礼を言えたことはないけれど、あかりは最後まで小百合に感謝していた。


(小百合……障害を持っているようには見えなかったけど、どうしてキリンにいたんだろう。それとも病気になったの?)


 キリンに登録するには障害者手帳か医師の一筆が必要だ。あれから二十年が経っている。順風満帆に見えた小百合も何か辛いことがあったのだろうか。


(また会いたいな)


 あかりのことを覚えてくれているだろうか。


「……」


 どうしても気になることがあり、あかりは薬を飲む時間をずらして家族が寝静まる時間をまった。


 そして深夜一時、音を立てぬように風呂場前の洗面台に行き、緑色の体重計を見た。


 覚悟をして体重計に乗ると九十キロ。あかりは悲鳴をあげないように自分の口を塞いだ。

感想・ご意見など気軽にお寄せください。

次回は「小百合と話したい」を書く予定です。ぜひまたお立ち寄りください。


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お疲れ様です! 到着!途中であきらめない!いいぞあかりちゃん!その調子だ……! かつての友との出会い……どうなるあかりちゃん。 そして悪魔の体重計。体重計は現実を突きつけてくる……
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