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第8話 氷の魔女

「君たち、こんなところで何をしている?」


「「「!?」」」


 ユキの後方から透き通った声が聞こえた。


 振り返るとそこには女性がいた。

 王立学園高等部の制服であるえんじ色のブレザーを着用している。

 髪は透き通るような白銀で、意志の強そうな青い瞳に、極めて均整の取れた顔立ちをした少女だ。


「やべ、おい、ユキ、逃げるぞ……!」


「え? あ、あぁ……」


 イントに促され、ユキとイントは咄嗟にその場から逃げ出すのであった。


(って、逃げても意味あるのかな……)


 ユキはふと思う。

 ジェイソンの連れが残っているから結局、バレるんじゃ……と……、


(ま、いっか……。この世界ではよくあるただの魔法喧嘩だ。大ごとにはなるまい……)


 ユキは深く考えるのを止めるのであった。


 ……


「おい、君、なにがあったのだ?」


「え……?」


 逃げることができなかったジェイソンの連れは少女に尋ねられる。


「あ、あなたは……」


 ジェイソンの連れはその少女が誰であるのかを知っていたようで、驚きから、口をあんぐりと開けている。


「とりあえず質問に答えてくれないか? なにがあったのだ?」


「あ、はい、申し訳ありません。今、逃げていった奴らが……えーと、明らかに終わるはずのない時間で、業務を終わらせており、不正しているのではないかと……それで我々がそれを正そうと……」


「ほう……不正か……それはよくないな……ちなみにその業務というのは、ひょっとして、この芝のことか……?」


 少女は綺麗に刈り取られた芝を見つめている。


「そ、そうです。奴ら、一日は掛かるはずの芝刈りを午前中だけで終わらせていたのです」


「なるほど……」


 少女はあごに手を当てて、何やら考えている。


「そいつらは何という名だ……?」


「え? えーと……ユキ……ユキ・リバイスとイント・フロートです」


「ふむ、情報提供ありがとう」


 そう言うと、少女はさっさと立ち去ってしまった。


 ……


「……助かった……のか?」


 ジェイソンの連れはほっと胸をなでおろす。


「…………だははは、あいつら終わりだな……!」


「じぇ、ジェイソン……!?」


 少女が立ち去ると、のびていたはずのジェイソンがそんなことをつぶやく。


「あの〝氷の魔女〟……〝アイシャ・イクリプス〟様に目をつけられたのだから……!」


 ◇


 翌々日――。


 ユキは一日の休日を挟み、再び王立学園高等部に出勤していた。


 休日前に、ジェイソンとのいざこざがあったものの、ひとまずこれまでは何も変化がなかった。

 ジェイソンと顔を合わせた時に「ご愁傷様」と嫌な笑顔で言われたこと以外は。


 二日前のジェイソンとのいざこざの後に、イントに教えてもらったのだが、あの時、現れた少女はアイシャ・イクリプスというらしい。


 なんでも氷の魔女というなんとも恐ろしい異名を持った生徒ということだ。


 ユキは、イントはなんでそんなの知ってるのだろう……と思いつつ、変に逃げない方がよかったのでは……と今更ながらに思うのであった。


 ……


 ユキとイントは今日は、芝刈りの担当となっていた。

 誰かに押し付けられたわけではない。元々、今日は芝刈り担当であったのだ。


「おいおい、いくらなんでもたった二日で生えすぎじゃないか……!?」


 イントが目の前の芝生の様子になげく。


「……そうだな」


 暑い夏のせいなのか、二日前に綺麗に刈り取ったはずの芝生はすでに活力を取り戻しており、ぼうぼうに生えていた。


「まぁ、仕方ない……今日もさっさと終わらせよう」


 そう言って、ユキは例の魔法補助具〝芝刈り機〟を取り出す。


「お、ユキ、早速、その魔法補助具を使うんだな」


「流石に、二営業日連続はメンタルにくる」


「そうだよな!」


 そんな話をしつつ、芝刈りを始める。


 作業は順調に進み、芝刈り機のおかげもあり、15分程度で一つ目の現場の作業は完了する。


「いやー、本当、その魔法補助具のおかげで、芝刈りはお得意さまって感じだな」


 イントがそんなことを言う。


「そうかもね」


 ユキはふと思う。


(時給制ではなく成果制でよかった。芝を刈る場所は二か所……実労働時間は移動を含めたとしてもたったの1時間。ちょっとずるい感じがしなくもないが、めちゃくちゃ楽だ。そうだ……他の業務も効率化できる魔法補助具を作れば、更に時短できるかも……)


 ユキはそんなことを考え、少し嬉しくなってくる。


(しかも空いた時間で、魔法補助具のプログラム改変にいそしむことができる……そう考えると、なんと素晴らしい生活なのだろう……)


 ユキはそれを実感し、しみじみとする。


「さてさて、次の現場に行きましょうかね!」


 イントがそのように言った時のことであった。


「その魔法補助具は君のものかい?」


「「……!?」」


 突然、二人は後方から話しかけられる。


 振り返ると、そこには王立学園高等部の制服であるえんじ色のブレザーを着用した透き通るような白銀の髪の極めて均整の取れた顔立ちをした少女がいた。

 それは二日前にジェイソンとの魔法喧嘩の現場にて、声を掛けてきた少女……アイシャ・イクリプスであった。


(やば……いのか……?)


 ユキは今朝方、ジェイソンが「ご愁傷様」と言っていた場面を思い出す。


「え、えーと……そうですが……」


 変に言い訳すると、余計ややっこしくなると思い、ユキは素直に答える。


「ふむ……」


 アイシャは無表情で頷く。


 そして……、


「連行しろ」


「…………へ?」


「「承知しました!!」」


 どこからともなく王立学園高等部のえんじ色の制服を着た屈強な男子生徒二名が現れ……、


「え? え? え?」


 ユキをかつぐ。


「「えっほ! えっほ! えっほ!」」


 屈強な男子生徒二名はそのままユキをどこかへ輸送していくのであった。


 ◇


(え……? なにこれ怖い……)


 ユキは屈強な男子生徒二名により、謎の個室に連行されていた。


 男子生徒は「とりあえずここで待て」と言い残していなくなり、現在、個室にはユキがぽつんといる状態だ。


 ご丁寧に四肢は椅子に固定されており、動かすことができない。


(流石に処刑されるとかはないよな……?)


 などと、ユキが最悪の事態を考えていると……、個室の扉が開く音がする。


(…………アイシャ・イクリプス)


 個室に入って来たのは、氷の魔女という異名を持つ少女……アイシャ・イクリプスであった。


「……」


 アイシャはユキの目の前まで歩いてくると、ユキをまじまじと見つめる。


 それはまるで動物園の珍獣を観察するかのようであった。


「あ、あの……えーと、自分、どうなっちゃうのでしょうか?」


「ユキ・リバイスくん、念のため、再確認するが、この魔法補助具は君のもので間違いないか?」


 アイシャはユキの芝刈り機をユキに見せながら、確認する。


「え……?」


(……名前もわれてるのね)


「……はい、間違いありません」


「ふむ、それで、この魔法補助具はどこで入手した?」


「え? えーと、街の武具店ですが……」


「…………本当か?」


「え、えぇ……本当です」


「……」


 アイシャはユキのことを見つめる。ユキはまるで吸い込まれてしまうかのような錯覚に陥る。


(……嘘ではない……だけど……)


「本当に街の武具店で入手したものです。ですが、自分が少し〝改造〟しています」


「……! 改造だと!?」


(……どうせ信じてもらえないとは思うけど)


「やはりか……!」


(え……?)


 心なしかアイシャは目を輝かせているように見えなくもない。


「改造とは……! 改造とは具体的にどのようなものなのだ!?」


 アイシャは明らかに興奮している。


「え、えーと……」


 ユキはアイシャに魔法補助具の魔法論理(マジック・ロジック)の改変についてあらましを話す。


「にわかに信じられない話ではあるが……非常に興味深い話だ……」


 アイシャはそのような反応を示す。


(なんか思いのほか反応がいいぞ……それはそれとして、なんか悪いことしたわけじゃないなら、そろそろ拘束解いてくれないかな……)


 アイシャは興奮して忘れているのか意図的なのかは不明だが、未だにユキの拘束を解いていなかった。


「自己紹介がまだであったな。私は、アイシャ・イクリプスという。僭越ながらこの王立学園高等部の生徒会長をしている者だ」


(生徒会長……?)


「そ、そうなんですね。あ、えーと、もちろん存じております」


(……生徒会長やってるってことはきっといいとこのお嬢さんだよな……失礼があってはまずい……のかな……って、いや、それ以前に、生徒会長なのに、こんな誘拐まがいのことしてる方が普通にまずくないか……?)


「そうか……このような手荒いまねをしてしまい申し訳ない……」


(一応、手荒いってことは自覚してるんですね……)


「それで、ユキ・リバイスくん、折り入って頼みがあるのだが……。先方には話をつけておく。もちろん謝礼も出す」


「え……? なんでしょう?」


「君のその技術(ちから)で、〝食糧を冷やす装置〟を作ってくれないか」


「あ、はい…………はい?」

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