第7話 護身用魔法補助具
「……実行」
「「……え?」」
すっとんきょうな驚きの声をあげたのはジェイソンらであった。
ユキの杖の先端付近に、水の塊が生成され、その塊が次第に巨大になっていくからである。
「は……? おい、あれって、魔法補助具だよな?」
「そ、そのはずだが……」
ジェイソンの連れもうろたえている。
「おいおいおい、魔法補助具ってのは弱い魔法しか……」
ジェイソンがそうこう言っているうちに、ユキの杖の先端から巨大な水の塊が放出される。
「弱い魔法しか使えないはずじゃ……なかったのかよぉおお!!」
水の塊はジェイソンが発生させた炎弾を飲みこみ、さらにはジェイソンに着弾するのであった。
「え……? ユキ……それ、本当に魔法補助具!?」
水を浴びて、のびているジェイソンを横目にイントが目を丸くしている。
「あ、うん……一応、そう……」
ユキは少しだけ気まずそうに反応する。
こんなこともあろうかとユキは〝護身用〟の魔法補助具も用意していたのだ。
◆
それは少し前のこと。
「ユキ、これを……」
「……? 父さん、これは?」
「就職祝いだ」
父はユキに魔法補助具を渡す。立派な杖であった。
「王立学園には、血の気の多い奴もいるだろう。それが役に立つかはわからないが……」
「やだ、お父さん、照れ屋さん……! ユキのことが心配だってはっきり言えばいいのに……」
「あ、ちょ、お母さん……!」
(……)
そうして、ユキは父から護身用の魔法補助具を受け取った。
(……せっかく父さんが俺の身を案じてくれた物だ……自分の身は自分で守れるようにしないと……)
ユキはもらった魔法補助具を護身に特化したものに改変することにしたのであった。
(おぉ、この魔法補助具……元々の属性が水だ……)
一般的な魔法補助具の属性は無属性がほとんどである。
(…………結構、高かっただろうな……)
ユキはじーんとなる。
(せっかくだし、水属性はそのままに……可能な限り強力にしていこう……)
ユキには〝改変限界〟がある。
例えば、弾の威力=99999みたいなことはできないのである。
その限界の範囲内で、最大限、強力となる設定を探る……いわゆる調整が必要があった。
(ひとまず……)
【初期の弾の大きさ=1→4】とやや大きくして、攻撃用であるため威力もやや強め【弾の威力=1→2.5】とした。
「ふぅ……」
(ここらが限界っぽいな……)
これで、そこそこ大きくて高火力の水弾が打てる。
それが今のユキに出来る限界であった。
それでも一般的な魔法補助具と比べれば、だいぶ高威力ではある。
しかし、
(うーむ……せっかくだし、弾の出方をちょっと見栄えよくしてみるか……)
ユキはそう思い立つ。
大きさ、威力、速さといった強さに直結するパラメータ以外は意外といろいろと変えられるのである。
まず【弾の初期位置=杖の先端位置】を設定した。
これだけだと杖の先端部分に少し大きくて強めの水の弾が出現するだけなのだが、加えて、更新処理を記述してみた。
(出現した弾が少しずつ大きくなっていったら、見栄えがいいのではないか……?)
そう考えたユキは、if文と呼ばれる条件分岐処理を使った。
一定の時間が経過するまで、サイズを徐々に大きくしていく【合計3秒になるまで、弾の大きさを1/120秒ごとに0.02ずつ大きくする】という処理を追加したのだ。
この1/120秒(約0.0083秒)とは、FPSという考え方に影響している。
ユキは検証の結果、どうやら魔法論理記述におけるFPSは120程度であることを突き止めた。
FPSとは1秒間にプログラムが処理される回数と考えてほしい。
例えば、
FPSが120なら、弾の更新処理が1秒間に120回実行される。
つまるところ、1/120秒(約0.0083秒)に一回、弾の更新処理が実行されるのだ。
これが【合計3秒になるまで、弾の大きさを1/120秒ごとに0.02ずつ大きくする】の理由である。
しかし、この弾の大きさを徐々に大きくする処理を入れようとすると、ユキの限界を超えてしまった。
つまり、元の弾の大きさは少し小さくしなければならなかった。
ユキはやむなく【初期の弾の大きさ=4→2.8】へと下方修正する。
それでも、3秒になるまで、1/120秒(約0.0083秒)毎にサイズを0.02大きくすることで、最終的には7.2となる。
つまり、かなり大きな水の塊とすることができたのだ。
そして3秒経ったら、【速度=3】をセットして、満を持して弾を発射するようにした。
ここで、ユキは洞穴に行き、試し打ちをする。
「実行」
杖の先に水の弾が出現し、それが少しずつ大きくなり、3秒後に発射される。
「おぉ……結構な迫力だ……」
想定通りの動きをした。
(……でも、なんかちょっと間延びした感じで、物足りないな……)
ユキは少し見栄えをよくするために、【加速度=0.01】を設定した。
「おぉ……なんかちょっといい感じにできたな……」
弾が少しずつ加速することで間延びした感じがやや改善された。
(ん……?)
そこでユキは気づく。
(ってか、加速度をつけるのは単純な強化なのに、特に他のパラメータを下げなくてもできたな……)
「…………」
(……ひょっとして)
ユキは再びコード改変を試みる。
「うぉ……やはりできたか……」
弾の威力を更に強化することができたのである。【弾の威力=2.5→4】
こうして、ユキは護身用の魔法補助具を完成させた。
そして、その過程でユキは、ある事実に気が付く。
〝見栄えを良くするという一見、無駄なことをすることで、限界を超えた設定が可能〟であることだ。
(魔法ってのは案外、芸術に近いものなのかもしれないなぁ……)
ユキはそんな風に思うのであった。
◆
現在に戻る――。
「てめえら……よくも……!」
のびているジェイソンの連れが、ユキを睨みつける。
「仕掛けてきたのはそっちでしょ!」
イントが反論する。
その時であった。
「君たち、こんなところで何をしている?」
「「「!?」」」
ユキの後方から透き通った女性の声が聞こえた。
振り返るとそこには、王立学園高等部の制服を着た女性がいた。