第47話 原因
「あぁ、ここは首都ウォタードから南のゴーディレという地域だ」
「…………ここが……」
アイシャがユキをゴーディレに連れてきた理由はわりとすぐにわかった。
ユキの目の前には、大きな田畑が広がっていた。
「アイシャ様、…………つまり、ここで獲られた農作物を首都ウォタードに運ぶことができれば、飢餓問題の解決の一助になると……そういうことでしょうか?」
「……! 君は聡明だな。私が説明しようと思っていたのに……」
ユキが先に気付いてしまい、アイシャは少し残念そうにする。
「その通りだ。この国は首都の外には肥沃で広い土地があり、農作物を育てるのに適している。これらを首都に運ぶことができれば、確かに飢餓問題の解決につながるだろうと考えている」
(……つまり、〝流通〟をなんとかすればいいというわけか。ウッマの馬車では難しいのだろうか? ……確かにいくつか懸念点がある。ここは一つ、聞いてみた方が早いな)
「えーと、アイシャ様、我々がここに来たように馬車を使って農作物を運搬することはできないのでしょうか?」
「まぁ、確かにそう思うだろうな……。しかし、それが難しい問題点があるのだ」
アイシャは眉を八の字にする。
「えーと、実はウッマの個体数が少なくて馬車を用意することが難しいとか? あるいは馬車を作ることが難しいとか?」
「そのどちらも大きな問題点ではない。ウッマの数はそれなりにいるし、馬車製造の技術は確立されていて、むしろ余っているくらいだ。それとウッマは本来、重い物を長距離、運ぶことも可能なのだ」
「……そうですか」
(……となると原因は)
「魔物ですか?」
「……その通りだ」
アイシャは少々、険しい顔で答える。
ユキはウォタードからゴーディレの道中、馬車が巨大なトカゲに追い回されたことを想起する。
「来るときに馬車を襲ってきたハイエナリザードが主たる原因でしょうか?」
「正解だ。……全く困ったものだ」
アイシャは溜息をつく。
「人間二人くらいなら、ウッマの足で逃げ切ることができる」
(なるほど……。だから、今日の視察もオーエスやソレハはいなくて、アイシャ様と俺だけなんだな……)
「しかし、農作物を運ぶとしたらどうだ?」
「一度の往復で可能な限り大量に運搬したいですね」
「その通りだ。しかし、重量が増えると、ウッマの速度が落ちて、魔物に追いつかれてしまい、襲われてしまうというわけだ」
と、
「本当に困ってますよ……」
二人の会話に後ろから御者が思わず口を挟む。
ユキとアイシャはそちらを振り向く。
「あ、……も、申し訳ありません。私のようなものが……」
「いや、是非、現場の実情を教えてほしい」
「……はい!」
御者によると、近年の魔物の増加により、需要が減り、その割に危険度が高まっている。
そのせいで御者のなり手が減少しているらしく、このままでは、いずれ御者はいなくなってしまうということであった。
また、これにより、そもそもゴーディレにおいて、食糧余りが発生している。
これが続けば、そもそも生産量を減らさなければならないだろうということも教えてくれた。
首都では飢餓問題が発生している一方で、郊外では食糧余りが発生し、生産減を迫られているという、なんとも切ない状況というわけだ。
(…………問題点はわかった。あとはこれをどうやって解決するかだな……)
そうして、ユキとアイシャは一度、首都に戻ることになる。
「……うぇっぷ」
帰りの道中も馬車はハイエナリザードに追い回され、ユキは馬車酔いにより、グロッキーになっていた。
とはいえ、なんとか身体を起こして、耐えていた。
……と、
(ぐえっ……!)
馬車が急停車し、ユキは慣性に従い、前のめりになってしまう。
「ゆ、ユキ、大丈夫か……!?」
幸い、アイシャが前の席に座っていたため、ぽよんとエアバッグ代わりになった。
ほぼ抱き付いてしまった状況に、流石のアイシャも少し恥ずかしそうである。
だが、それどころではない。アイシャはすぐに我に返る。
「御者さん、大丈夫か!?」
「も、申し訳ありません! し、しかし……奴が……奴が現れてしまいました」
(……奴?)
「なんだと……!?」
アイシャはさっと馬車の外に出る。
ユキもなんとか這い出ていく。
と、
ギィヤァアアアアアアアア!!
(っ……!)
一発で酔いが覚めた。
目の前には、ハイエナリザードよりも遥かに巨大なトカゲの姿の魔物がいた。
「デス・リザードです……。最悪だ……。創業以来、一度も遭遇せずにきていたのに……。いや、そりゃそうか。遭遇しちまってたら私はここにいないだろう……」
御者が力なく呟く。
(っ……)
ユキは即座に護身用魔道具を構える。
が……、
「ユキ……」
「……? アイシャ様……?」
「ここは私に任せてくれないか?」
そう言って、アイシャが一歩前に出る。