第43話 猛暑対策委員会
「この画期的な魔道具〝冷蔵庫〟を大量に配備できれば、猛暑による飢餓問題を改善できると考えています」
アイシャが聴衆に向けて、凛とした声で宣言する。
「「「おぉお~~」」」
聴衆達からは感嘆の声があがる。
「いつの間にこのような……」
「確かにこれならマンパワーさえあれば、実現可能なように思えるな」
「流石はアイシャ様だ」
といった意見も漏れている。
そんな中、アイシャの後ろに一人、肩身の狭い思いをしている人物がいた。
(…………どうしてこうなった)
彼の名はユキ・リバイスといった。
前世の記憶があるということを除けば、ただの平民である。
そんな平民のユキは現在、〝猛暑対策委員会〟なるものに出席していた。
参加者を見渡すと、ほとんどが大人であり、学生などアイシャ様とユキ本人だけであった。
(…………本当にアイシャ様って何者なのだろう……)
などと、思うユキの思いとは裏腹に……、
「ところであの子、何者?」
「アイシャ様の後ろにいるけど……」
「ひょっとしてアイシャ様の秘書?」
「ゲッツェコードさんのところの子はどうなったのかしら……」
(あぁ……なんかコソコソ声が聞こえてくるよ……。俺ってひょっとして耳いいのかな……)
他の参加者の皆さまは〝ユキの方こそが何者なのだろう〟という雰囲気であった。
◆
少し前のこと。
「ユキ、すまないが、猛暑対策委員会に一緒に参加してくれないか?」
「へ……? なんですかそれ?」
「その名の通り、この夏の猛暑が原因の飢餓などに対して、対策を講じる会なのだが……」
(あー、なるほど。そういう政治ロールプレイ学習みたいな奴か。確かにこの魔王城の敷地内にある王立学園高等部は、超エリート貴族達がたくさんいる。言ってしまえば、将来の為政者予備軍みたいな人達ばかり。そういう活動をするのも有意義なことだよな……)
「そこでな、冷蔵庫の話をして上手くいけば研究予算がアップするかもしれない」
(なんと……! 俺としてはただ魔道具作りをできる環境さえあれば、あとは大体なんでもいいのだけど、それにしても、何を為すにしても予算は大事だ。……でもなぁ、あんまり喋るの得意じゃないし、ディベート的なものはしたくないなぁ……)
などと思っていると、
「ユキ、君は私の後ろで、基本的には黙っているだけで大丈夫だ。ひょっとしたら時々、意見を求めるかもしれないが、君の方から何かをプレゼンテーションする必要はない」
(まるで心を読まれているかのようだな……)
「……わかりました。自分でよければ」
そうして、ユキは猛暑対策委員会に参加することになったのだ。
◆
現在。
(まさか学生のロールプレイどころか、がっつり大人の会議だとは思わなかったけどな……)
と冷や汗気味のユキであった。
と、そこへ一人の人物が意見を述べる。
「アイシャ様」
「はい」
その人物は議会の真ん中に鎮座しており、いわゆる議長と思われる位置にいた。
見た目の年齢は30代くらいの正装の男性である。
黒髪の短髪に、整った顔立ちで切れ長の黄金の瞳が印象的だ。
ネームプレートには、ディネス・リゾルヴァと書かれていた。
「アイシャ様、確かにその冷蔵庫は素晴らしい代物だと思われます」
「はい」
「ですが、一つ、問題が……」
「は、はい……」
「…………もうすぐ夏終わるよね?」
「…………はい」
(それな……)
季節はすでに秋になり始めていた。
「あ、ごめんね、アイシャ様、別にこの冷蔵庫を否定しているわけじゃないんだ」
「はい」
「この委員会はなにも今年に限った話ではない。中長期的な視点で見れば、その冷蔵庫は来年に向けて、配備を始めるのがいいと思う」
「は、はい……! ありがとうございます!」
ディネス・リゾルヴァの言葉に、アイシャは頭を下げる。
「この猛暑対策委員会も飢餓対策委員会に改めた方がいいかもしれないね。しかし、目下の課題はこの冬をどう乗り越えるかだね。近隣は猛暑の影響もあり、穀物は不作となっている。あぁ、もちろん、僕ら、貴族の分は十分にあるけどもね」
「…………はい」
アイシャは唇を噛みしめる。
そして……、
「持ち帰り、検討させてください」
「あ、うん……まぁ、無理にとは言わないけども……」
(…………なんとなくだけど…………真剣に考えていない感じがする)
「そうよねぇ……、アイシャ様がそんなに一生懸命にならなくても……」
「今だって、十分に……」
「いえ、検討いたします」
(アイシャ様を除いて……)
そうして、猛暑対策委員会あらため飢餓対策委員会は閉幕した。
「ユキ、参加してくれて有難う」
帰り道で、アイシャはユキに礼を言う。
「いえいえ」
(ちょっと緊張しましたけど……)
「さて……冬の飢餓に向けて何かしら考えなければな……」
アイシャはおでこに拳をあてて何かを考える仕草をする。
「…………あの、アイシャ様?」
「ん……?」
「自分も少し考えてみますね」
「…………え!?」
ユキの言葉に、アイシャは目と口を開いて、どこか嬉しそうに驚く。