破滅と回帰
………………
回想が終わり現在、アンミェルはレイルを睨みながら口を開き低い声を出す。
「バウンデン、コイツの追放はもう決まってんだろ?だったらさっさと追い出せよ」
「ハハハ……お前はアンミェルから随分と嫌われてるようだな……そういうことだ、もう国にも許可を得ている。どこへでも行け」
つっけんどんな対応のアンミェルを見て、レイルに嘲笑気味の態度を示しながら最終通告を出すバウンデン。二人の態度から最早レイルにとりつく島もないのは明らかだった。
「そ、そんな……くっ、分かったよ」
「おい、待てや」
拳を握り、項垂れながら酒場を出ようとするレイルの背中に、アンミェルが声をかける。
「お前の荷物はパーティの共有財産なんだよ、つまりパーティを抜けたお前に持っていく権利は……無い」
(誰がテメェなんかに金目のものなんて持っていかせるかよ、迷惑料としても少ねえくらいだ)
嫌味な笑みを浮かべながら、アンミェルはレイルに残酷な事実を突きつける。つまりレイルは金も道具も取り上げられた状態で放逐されることを意味していた。
「そ、そんな……無茶苦茶だ」
「残念だが事実だ、共有財産なのでお前に持っていかせるわけにはいかない」
その言葉に反抗することもなく、レイルはバッグと通貨袋を置くとそのまま酒場を後にした。
「ケッ、ざまぁみやがれ、やっとお荷物が消えて清々した」
アンミェルは机を蹴り、椅子を弾いて立ち上がると大きく背伸びをして2階の宿へと上がっていく。
「ま、アンミェルも消えたし、明日の予定は明日決めればいいでしょ。私はちょっと薬の材料探してくるから」
そう言ってシエノンが立ち上がり、夜の街へと消えていく。残ったバウンデン、ラカニア、エステルも各々自由に動き出す。
「わたくしも道具とお肌のケアをしないといけませんので、ここらで失礼しますわ」
「私も、王太子様から婚姻の約束をされている身、大事にしないといけないのでそろそろ戻らせてもらいます」
「ああ、だが気を抜くなよ、魔族の本拠地は陥落させたが、肝心の魔王には逃げられているんだからな」
解散した各メンバーが消え、机には食べ残った食事だけが放置されていた。
………………
「やあ、アンミェル今暇かい?」
ここはアンミェルの部屋、彼女が一人くつろいでいると、ドアをノックする音が響き、その直後に返事を返す暇もなくバウンデンが入ってくる。
「なんだ?いきなり入ってくんなよ」
「アンミェル、この前の話覚えてるか?」
「ああ、なんか頼み事あるって話だよな?なんだよ、役立たずが消えて今機嫌良いし聞いてやるよ」
それを聞いたバウンデンが、アンミェルの前まで早歩きでやってくると、そのまま彼女を押し倒した。
「な、なんだよ……!」
「なに、男ってのはヤりたくなる欲求が溜まってしまうんだ、俺は他の女よりお前みたいな幼いガキの方が好みなんでな……」
(……ッ!?な、なんか覚えてるぞ!ボクはこいつに襲われたんだ……!)
頭の片隅にある記憶、それはこの状況が過去にあったことをアンミェルに伝えていた。
その時は素直に「わ、分かったよ……」と、バウンデンの欲望を受け入れてしまった。そしてそれは間違いだった。
いざに行為に及ぼうとした際に、「てめえ……生娘じゃなかったのか!?」と、バウンデンはそう言って激昂し、アンミェルは殴る蹴るの暴行を受けてしまう。
バウンデンはどうやら処女しか受け付けない性格だったのだろう、スラムの家無し時代に鬼畜共から何度も欲望の捌け口にされた過去をもつアンミェルはお眼鏡にかなわなかったようだ。
(この変態クズ野郎が……このまま素直に受け入れたらさっさとヤってさっさと出ていくと思ったのによぉ……)
「ヤるってあれか?ボクの穴でテメェの棒を気持ちよくしろってやつだろ?」
「ああそうだ……」
「いいぜ、でも過去にヤったやつもデカいのばっかだからなぁ……もうボクのはガバガバになってるかもなぁ」
「なに……?」
アンミェルの挑発じみた告白に、バウンデンの顔が露骨に険しくなる。
「当たり前だろ?ボクは冒険者になる前は盗賊で食ってたんだ、そんな生活してたらぶちこまれる機会なんて一度や二度あるのは当然だろ?んで、ヤるのか?」
それを聞いたバウンデンは、表情を変えずにアンミェルを床に放り投げる。
「いてぇ!?なにしやがる!?」
「やる前にそれを聞けてよかった、もう俺の視界になるべく入るな、このアバズレが」
それだけ言うと、バウンデンはさっさと部屋を出ていきドアを勢いよく閉めた。
「クソっ!あの野郎……全部終わったら真っ先にぶっ殺してやる!」
アンミェルは自分の愛用のナイフを鞘の上から握りながら、バウンデンの去ったドアを睨んでいた。
………………
数ヶ月後、人間の領土は帰還した魔王の瘴気による汚染によって崩壊しかけていた。
もはや魔族すら生存が難しいその環境は、正気を失った人々が闊歩する地獄とかしてしまった。
「いや!!なんで私がこんな目に……!」
そんな瘴気も、聖女の力が有れば王国を護れるのだが……この勇者と呼ばれた聖女エステルは、実際には聖女を騙る偽物であり、本物の聖女は既に魔族の手に堕ちて魔族領に聖域を張っているという最悪の状況となってしまった。
その責任と、聖女を騙るという重罪によって、彼女は首を刎ねられるという死罪を執行されてしまった。荒廃が進んだ人間領では、人々の不満の捌け口として処刑が娯楽と化していたが、この偽聖女の執行は特に大きな盛り上がりを見せた。
一方、勇者パーティの魔法使いだったシエノンは、夜な夜な子供を攫って実験に使っていたという疑惑が持ち上がり、町民に捕まってしまった彼女は私罪で火炙りにされてしまう。
「悍ましい魔女め!業火で浄化されるがいい……!」
人々の憎しみのこもった目に囲まれながら、全身を拘束され、猿轡を嚙まされ声も出せない彼女は涙を流しながら失禁するも、その程度の水分では消えない炎によって身を焼かれてしまった。
そして、バウンデンはというと、魔族討伐の報奨金を元手に金貸しを始めるも、秩序崩壊によって恨みを持つ債務者たちから捕まってしまう。
「なにしやがる!お前たちクズが悪いだろうが!や、やめ……ギャアァァァ!!」
そして、あらゆる刃物で滅多刺しにされるという凄惨な末路を辿ってしまった。
………………
「クソが!なんで命懸けで魔族をぶっ殺しに行ったのに、こんなわけ分かんねえ目に遭わねえといけないんだ!」
王都の路地裏、ならず者の蔓延るこの場所にアンミェルは身を隠していた。
ならず者が蔓延る場所……そんな所なら結局危険なのではないか?そう思うかもしれないが、実際には法では無い独自のルールが決められていた。法に従わない彼らもそのルールには未だに従っており、皮肉にも人間領で最も秩序のある場所と化していた。
そんな安全地帯も、もう限界が来ていた。
「アンミェル!こっちの見張りがやられた!路地裏に暴徒が入ってくるぞ!」
ルールにすら従わない本物の無法者、そんな者たちは路地裏からも追放され、外の危険な世界で暮らしていた。そんな者たちにとって、この状況は喜ばしく都合の良いものだった。
「アンミェル逃げ……だはっ!」
「バッテ!?くそぉ!!」
暴徒と化した住民を扇動しならず者たちの最後の砦を破壊した悪意の群れは、アンミェルが兄のように慕っていたバッテを振り下ろした斧で殺め、そしてアンミェルを追い詰める。
「あっ!?くそっ!離せ!や、やめろ……そんなの近付けるな……」
ついに捕まってしまった彼女は押さえ込まれ、集まってきた男たちの劣情を向けられる。
「そんな……や、やめて……こんなの、やだ……嫌だぁぁぁぁぁぁ!!!」
彼女は勇者であるが、それ以前に幼さの残る少女だった。そんな彼女に群れる男共の欲望を受け入れられる容量があるわけなどなく、それに耐えられない彼女は力尽きてしまった。
そんな彼女の意識は、死後あの時の白い空間に戻っていた。
(ここは……ああ、全て思い出した……そっか、ボクはあいつを追放した後、あの結末を一回経験してたんだった……2回も男共に犯されて死ぬとか最悪だ……)
“思い出しましたか?”
全ての記憶を鮮明に思い出したアンミェルに、管理者の言葉がかけられる。
「あ!てめえ!分かってて記憶消しやがったな!」
声に反射的に起き上がったアンミェルは、どこにいるわけでもない管理者に向けて、今度は所持していたナイフを振り回す。
いきなりの行動だが、あれほどの記憶がすぐに消えるわけがないと考えたアンミェルは、これがこの管理者の仕業だと考え、それを把握して怒りをぶつける行動を起こしたのだ。
“あなたのような不義の者を信じさせるには、凄惨な記憶を強烈に植え付けるのが手っ取り早いと判断したのです。もうあんな目に遭いたいとは思わないでしょう、回避するには行動するしかないのです”
「テメェ……ふざけやがって……」
“これからあなたはスキルを発動させ、変革をもたらす者を追放する所から繰り返してもらいます”
「なんでそこからなんだよ?変革をもたらす者とやらがレイルなら、それ以前にあいつぶっ殺せば済むだろ?」
“修正の歯車は最初に設定した時間にしか戻せず、その巻き戻せる時間にも上限があります。そしてその上限というのがあの追放の場面になるのです”
「勝手が悪いな、まあいい、ちゃっちゃとこのクソみたいな状況終わらせてやるよ」
“あと、そのスキルには死に戻り以外にもう一つ効果があります。それは、そのスキルの存在を認知した者を死に戻りに巻き込む事ができるというものです”
「巻き込む?なんだそりゃ」
“このスキルがどういうものか、効果を認知した上で存在を信じた者にも修正の歯車の効果が及ぶのです。もっとも、変革をもたらす者には効果がありませんし、巻き込む者を選ばなければ逆に足を引っ張られる事になるでしょう、気をつけてください”
「おう分かったよ、覚えてたら誰か道連れにするわ。つーワケで行かせてくれよ、早くアイツをぶちのめしてやりてぇんだ」
“では気をつけてください、根元を断たなければこの状況を終わらせることはできませんよ……”
管理者の言葉に指を鳴らして気合を入れるアンミェル、そんな彼女に管理者は含みのある言葉を告げると、それを最後にアンミェルの意識は遠のいていった。
ガコンッという音を皮切りに歯車の駆動する音が響く。
『修正の歯車、起動します。』