そして続いていく二人
荒木さんのご飯を作って、おでこにキスされて、はや二日目。
今日は日曜日で、学校は休み。
昨日も土曜日で休みだったけど一日中心ここにあらずで、ぼけーっと過ごしてあっという間に過ぎていった。
されちゃった。キス。おでこだけど。されちゃった。
ベッドから起き上がったまま、
「ふ、ふふふ……」
思い出してもにやけてしまう。
抱きしめてもらった時に感じた温かさや匂い。目が合った時の綺麗な顔。
「ふへへ……」
「もー、お姉ちゃん。いつまでねぼけてるのっ」
「へへ……」
「こら!おきろー!」
妹に手を引っ張られて、やっと現世に戻ってくる。
「え、なに?」
「もう、朝!起きて!はやく!」
「何?お姉ちゃん、まだ微睡んでいたいんだけど」
「いいの?来てるよ?」
「なにが?」
「日向姉ちゃん」
「へー日向姉ちゃんね。日向姉ちゃん、日向……うぇっ!?」
妹の口から思わぬ来訪者の名前を聞いて、慌てて飛び起きる。
時間は……十時!?
「嘘、いつ!?」
「さっき来たばっかりだからそんなに待ってないよ」
「なんで、なんで!?とりあえず着替えなきゃ!ありがと陽菜!」
「へっおだいはハーゲン〇ッツでいいぜ?」
「今度買っとく!」
「よろしくー」と去っていく良くできた妹を見送って、急いで着替えて鏡で寝癖をチェック。
さっと整えて、リビングに向かう。
階段を降りると、陽菜の言う通り荒木さんが何故か私の家に来ていて、我が妹を膝に乗せて母と一緒にテレビを見ていた。
な、馴染んでるっ!
「おはよう、ございますっ!」
「あ、起きたね。おはよう。お邪魔させてもらってるよ」
何事もないように朗らかに挨拶してくれる荒木さんだけど、正直私の頭の中は?で一杯だ。
なぜ?日曜に?朝から?我が家に?Why?
「それはいいんですけど、あの、どうして……」
「ん、今は私のことはいいから、先にご飯食べておいで。私はここで陽菜ちゃんと待っておくよ」
「え、でも……」
「大丈夫だから、行っておいで」
「そ、そうですか?じゃあ、お言葉に甘えて……」
そこまで言われては従わざるを得ない。気になるけど一旦荒木さんのことは置いておいて、朝食を取ろう。
手早くトーストで済ませようとキッチンに赴いて、トースターにパンをセットして、スイッチを入れる。
うがいをして、焼きあがるまでじりじりと待った。
……そういえば、お父さんが居ない。朝早くから釣りに行ったのかな?
「はー、でも本当どうして……?」
朝から荒木さんの顔を見られるのは正直とても嬉しいけど、何故来たんだろう?
忙しい筈なのに、朝から時間を割いて私の家に来たのは……?
頭の中でなぜ、なぜ?と混乱しながら、トーストを流し込んだ。多分、今までで一番食べるのが早かったと思う。
さっと食べ終えて口をゆすいで歯を磨き、満を持してリビングへ向かった。
「あの、ただいま帰りました」
「おや、早かったね。もっとゆっくりしてくれても良かったのに」
「本当だよ。私のソファがなくなっちゃうじゃん!」
「ほー?私をソファ呼ばわりとは、やるじゃないかっ」
「きゃー!頭がーっ」
「な、仲、いいね……」
いちゃつき始めた荒木さんと陽菜に、思わず苦笑いする。この妹、本当に懐に入るのが早い。
「陽菜ったらすっかり懐いちゃって。ごめんなさいね」
「いえ、寧ろ役得ですよ。こんなに可愛い子と仲良くなれて」
「あらそれは。よかったわねー、陽菜。優しいお姉さんで」
「ぶっちゃけ超うれしい。でも勘違いはしないわ!きっと会う女の子全員に言ってるんだから!」
「これは手厳しいね……」
「いや、仲良くなりすぎだから!」
阿吽の呼吸を見せる荒木さん達に、思わずツッコんでしまう。私はあれだけ緊張したのに、なんて自然体で接するのよ、陽菜!
「おっと、お姉ちゃんがしびれを切らせちゃった。日向姉ちゃんはお返しするぜ」
「なっ」
「うん。そろそろ本題に入ろうか。できれば、君の部屋で話したいんだけど……」
「あ、はいっ!大丈夫ですよっ」
「よかった。二人きりがよかったんだ」
「っ、こ、こっちです!」
なんだ、なんだ。二人きりで話したいことって。
次第に大きくなる鼓動に体を動かされて、荒木さんを案内する。
足音の数だけ、その鼓動も早くなっていく錯覚。あっという間に、私の部屋にたどり着いた。
「こ、ここです……」
「入っても、いい?」
「ど、どうぞ……」
「おじゃまします」
荒木さんを、部屋に迎え入れる。これと言って特徴はない部屋。何かが多すぎないわけでも、何かが少ないわけでもない、程々の部屋。
そんな部屋でも、荒木さんは目を輝かせてくれたように見えた。
「ここが、宮永さんの部屋……」
「あ、あんまり見ても、何もないですよ?」
「そんなことないさ。宮永さんらしい、可愛らしい部屋だよ」
「あ、ありがとうございます……」
いつかの心の中の須藤さんが「なんでも褒めるじゃん」と言った気がした。お陰で少し落ち着いた。
部屋の真ん中に正座で向かい合って、お話を始める。
「あの、それで、どうして朝からうちに……?」
「……うん、どうしても話したいことがあってね。聞いてくれるかい?」
「は……はい、どうぞ」
ばくばく、ばくばく。
心臓の音が、うるさい。
荒木さんの目が、真剣になる。弾かれた様に背筋が伸びて、緊張する。
「……」
「……」
見つめ合う沈黙が、痛い。
普段は全く気にならないのに、部屋にかけてある時計の秒針の音が、やけに大きい。
意を決したように、荒木さんが口を開く。
「……私は、初めてあったあの日……といっても、つい先日だけど。その日からずっと、宮永さんのことを考えていたんだ」
「……は、はい」
返事をする声が、震えていないかな?
「……出会った日から、私はどうしようもなく、宮永さんに、由真に、惹かれていたんだと思う。そうだったんだと気づいたのは、一昨日の夜なんだけどね」
「……は、はぃ」
向けている瞳は、揺れていないかな。
「私は、私はね……」
「……っは、はいっ……」
涙は、流れていないかな。
「君が……由真が、好きだ」
「っ……!」
もう何も考えられなくなって、思い切り抱き着いた。
「……由真」
名前で呼んでくれて、飛びついた私を優しく、ゆっくりと抱きしめて、背中を、頭を撫でてくれる。
その手が、腕が、荒木さんが、嬉しくて。もっともっとと、体を押し付けてしまう。
その優しさを享受したいけど、勇気を振り絞って、私も答える。
顔を見て、目を見て、ちゃんと伝えるんだ。
「うぅ、うう……!私も、私もっ!」
「……うん」
「私もっ……荒木さんが……日向さんが、好きですっ!」
やった。言えたよ、私。
これだけ御膳立てしてもらったけど、でも、ちゃんと自分の言葉で、伝えることができたよ。
「っ……ありがとう」
私を抱えたまま日向さんは顔を近づけて、一昨日みたいに私のおでこにキスをした。
でも、でも。
静かに見つめ合う。きっと、私の瞳はさっきの涙で潤んでいて、揺れている。
でもそれだけが理由じゃなくて。
何かを期待するように、せがむ様に、きっと震えている。
それは多分、日向さんも同じ。
「……」
「……」
お互いの頬に手を当てて、撫でる。
初めて触った日向さんの頬は気持ちよくて、温かい。
二人でくすぐったそうに笑うと、また見つめ合った。
「……もう、我慢、しなくてもいい?」
「……はい。私もしたい、です」
頬に手を携えたまま、どちらからともなく潤んだ目を閉じて、唇にキスをした。