ご対面するイケメンさんと小動物さんの家族
「た、ただいまー」
「おじゃまします」
結局大して心臓の鼓動を抑えられなかった私は、鍵を開けて荒木さんを我が家に招待する。
靴を見る感じ、母と年の離れた可愛い妹が既に家に帰っているようだ。
「はーい、おかえりなさい」
奥から聞こえる母の声と、どたどたと忙しなく近づいてくる足音。
私が帰ったことを聞きつけて笑顔で玄関に駆け付けた妹である陽菜は、隣に居る荒木さんを発見すると大声を上げた。
「おかえりお姉ちゃん!と……誰ー!?彼氏!?」
「えー、彼氏ー?」
「ち、違うよっ!」
陽菜の大声を目敏く聞きつけた母が、ドアからひょっこりと顔を出した。その顔が、いや~ににんまりと変わっていく。が、荒木さんのスタイルを見て性別を察したのか、ふ~んと頷いた。
でも、それはそれとして陽菜の話には合わせるらしい。
「ふーん?由真にもいい人が出来たのねぇ」
「えーなにお姉ちゃん!超かっこいいじゃんこの人!」
「こ、こら、指ささないの」
荒木さんに指をさして興奮する陽菜を落ち着かせようとするけど、よっぽど衝撃なのか余り効果はない。
すると荒木さんは手に持った買い物袋を廊下に置いて、膝を曲げて陽菜に目を合わせた。
「こんにちは。それとももうこんばんはかな?私は荒木日向。宮永……由真さんのお友達だよ」
荒木さんは続けて「よろしくね」と言って、はしゃぐ妹の頭を撫でた。
彼氏じゃないと知ってちょっとテンションは下がったけど、イケメンには変わりないので嬉しそうだ。
撫でている手に頭を擦り付けている。ぐ、ぐぬぬ……!
「……ちょっとお姉ちゃん。いったいどうやってこんなかっこいい人と知り合ったの?というか友達になれたの?全然想像つかないんだけど」
「し、失礼なっ」
我が妹ながら、ズバッと切り込んでくる。こういうところはまるで似ていない。
私と陽菜のやり取りを見てくすっと笑いをこぼした荒木さんは、私を見て言葉を紡いだ。
「由真さんは友達の少ない私を気遣って、声をかけてくれたんだよ」
「え、ぜんぜんそうは見えない」
思わず、といった感じで陽菜が呟く。
「よく言われるけど、本当に少ないんだよ?みんな遠巻きに見るばかりでね。ぶつかってくれる子は中々居ないんだ」
「あー、わかる」
「わかるかい?」
「恐れ多くなっちゃう」
「難しい言葉を知っているね……」
苦笑いしながら話す荒木さんを見て、思い出した。
ここ、玄関だ。
「あの、折角なんで上がっていってください。いつまでも立ちっぱなしは悪いので」
「いいのかい?」
「大歓迎です。ね?」
「うん!早くいこ!」
靴を脱ぎながら「じゃあお言葉に甘えて」と言いながら陽菜に引っ張られていく荒木さんを見て、少し羨ましくなった。
「陽菜はいいなぁ」
私も、勇気をもって素直になろうと改めて思った。
「お母さん、私今日晩御飯はいいから」
陽菜はそのままリビングまで荒木さんを連れてきて、そのまま膝を占領してご機嫌になっている。
私は買い物袋を手に、キッチンに立つ母に今日は夕飯は要らないという旨を伝えた。
「へー、ふーん、ほーう?」
「……な、なに」
「いやー?なるほどねー」
な、なんなんだろう。ここまで訝し気な母は見たことがない。
暫く気持ち悪かった母はやがて納得したようにうんうんと頷くと、私の肩にぽんと手を置いた。
「頑張んなさいよ、あんた。私は味方だから」
「……!」
「どうするの?今日は帰ってこない?」
「えっ!?い、いや流石に帰ってくるよ!」
「あらそう?」
感動したと思ったらすぐこれだ。全く!
「……ありがとう」
「いいのよ。私は由真にそういう人が出来たってだけで嬉しいんだから」
「お母さん……」
「しかも超イケメンだし」
「お母さん!?」
「もー」と膨れて、段々と笑えてきて二人で破顔する。
やっぱりお母さん強いなぁと思った。ありがとう、お母さん。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「えー、もう行っちゃうの?」
「ごめんね、また来るから」
「絶対だよ!」
すっかり懐いた陽菜を膝からどかして、着替えた私は荒木さんを連れて玄関に向かう。
しかしあっという間に距離を詰めた妹は流石の一言だ。荒木さんが優しいのもあるけど、あの懐に潜り込むスピードは尋常じゃない。
スーパーに寄る道すがら、荒木さんが口を開く。
「妹さん、いい子だね」
「ありごとうございます。良くからかわれるんですけど、可愛い妹なんです。荒木さんすっかり懐かれちゃってましたね」
「うん、好かれたみたいでよかったよ。なんだか自分にも妹が出来たみたいで新鮮だったね」
「よければ、また遊んであげてくださいね」
「私でよければいつでも……とは言えないけど、また遊びに行くよ」
「ふふ、絶対ですよ!じゃないと私が怒られちゃいます。荒木さんはまだかーって」
「あはは、それは大変だ」
和やかに会話を続けると、あっという間にスーパーにたどり着いた。
そういえば食材を買うとは言ったけど、メニューを決めていなかったのを思い出した。
荒木さんは何か食べたいものがあるのかな?
「荒木さん、何が食べたいですか?」
「うーん、そうだな……じゃあ……ハンバーグがいい」
「ハンバーグですか?」
「うん。手作りなんて久しく食べていないからね。宮永さんの手作りなら、尚更食べてみたい」
「そ、そうですか……じゃあ、取り敢えずひき肉ですね」
相変わらず恥ずかしいことを平気で言う人だ。思わず赤面してしまう。
「行きましょう!」
気を取り直して、必要なものを次々に籠に入れていく。横目で見ると荒木さんは一段と機嫌がよさそうだった。
普段(と言っても知り合ったのはつい昨日!)よりも心なしかそわそわしていて、何だか楽しそう。
「荒木さん、楽しそうですね」
「あれ、顔に出ていたかな?」
「顔というか、雰囲気が楽しそうで」
指摘してみると、彼女は取り繕うようにコホンッと咳をした後、恥ずかしそうに教えてくれた。
「いや、実はこうやって友達と食材を買うのは初めてでね」
「そうなんですか?」
「恥ずかしながらね。それに一緒に服や雑貨を買うのと、こうやって共有するもの……とは違うかもしれないけど、何というかそういうものを一緒に買うのって、特別な気がするんだ」
言われてみれば、確かに。
放課後に橋本さん達とショッピングモールに行くのと、荒木さんと晩御飯の食材を買うのは、何かこう心持というか、うん。上手く言葉にできないけど、納得してしまう。
そう思うと、今まであった余裕が段々と失われてきた。どうしよう私、荒木さんの家で一緒に食べるご飯の食材買ってる!?
「あ、あわわ……」
「え?」
「いっいや、なんでも!ないです……」
「そう?」
一瞬荒木さんと一緒に暮らしている光景を想像して、ついぼーっとしてしまった。
隣で眠る荒木さん。起きて「おはよう」と微笑む荒木さん。ああ、私には刺激が強すぎる。
「でも、その初めての人が宮永さんで良かったよ」
「ほ、本当ですか?」
「勿論。ありがとね、宮永さん」
「と、トンデモナイデス……」
やっぱり、荒木さんの笑顔は反則だよ!