イケメン襲来後の教室の話
ちょっと顔みせ
「帰っちゃったねぇ~」
「ね。折角来たんだから授業も受けてきゃいいのに」
「き、きっと忙しいんだよ」
「ほ~う?ゆまちん、その心は~?」
「うぇっ!?あのあの、えっと」
由真が昨日家に行ったっていう件の荒木さんが嵐のように去った後。その時に何があったか気になるのは必然だと思う。
こんなに茹でだこみたいになっている由真の様子が、気にならない方がおかしい。
「……チョー怪しい。ねぇ由真、何があったの?なんか凄い親しくなってたし、ぶっちゃけベタ惚れしちゃってるし」
「ね~。あんなに赤くなってたゆまちん、初めて見たよ~」
「……しょ、しょうがないよ。だってみんなの前で頭撫でられたんだよ?」
「いや、頭撫でられただけでああはならないでしょ」
確かにぶっちゃけ超イケメンだったし、その気持ちはわからないでもないけど。
……でも、他ならぬ由真だしなぁ。そうなるのも仕方ないのかしら?
怪しいわね。
「まぁ日向はイケメンだし仕方ないんじゃないー?耐性ない子は一発KOって感じぃ?」
何故か自然と会話に入り込んできたのは、どうやら知見のあるらしい金髪ギャル、牧原だった。
その膝には相変わらず須藤を抱えて、のほほんとしている。気付けば椅子に座ったまま、じわじわとこちらに近づいていたようだ。
「愛美もKOされたのか……?」
「あたしは超耐性持ちだから安心してぇ杏。あたしは最初から杏一筋だからぁ」
「ふへへ、嬉しいぞ愛美ー!」
「きゃー♪」
「……」
「お~、相変わらずお熱いですなぁ~」
何をしに来たんだこいつらは……
「……あの!牧原さんは荒木さんとその……お友達、なんですか?」
「んー?そうだよゆまっち。寧ろあたしはゆまっちと日向が知り合いだったのがびっくりって言うかぁ」
「いえ、実は昨日牧原さんの代わりに荒木さんの家に行って、その時が初めましてだったんです」
「あー、昨日あたしが早退しちゃったせいかぁ。ごめんねぇ」
「大丈夫ですよ!……おかげでその、荒木さんと知り合えたし……」
「好きになっちゃったぁ?」
「いや、う、その……まぁ……はぃ」
……いや、もう完璧に恋しちゃってるじゃん。由真。
あーしと凪、須藤を置き去りに、荒木さんの話題で盛り上がる牧原と由真。
まぁどんな形であれ、由真が話せる子が増えたなら別にいいけど。
「……これは完全に惚れちゃったね~、ゆまちん」
小声でそう言ってくる凪に、大きく頷いて同意する。
ちょっと遅い春が由真にも訪れたらしい。
……少しくさいことを思ってしまった。
会話がひと段落した由真に、後ろから声をかける。
「どんな奴か知らないけど、少なくとも悪い奴ではないみたいだし、あーしは頑張れとしか言えないかな」
「ファイトだよ、ゆまちん!」
「えぇっ!?そんな、私なんかが……」
そういうとこだぞ、由真。
由真は小動物みたいで、庇護欲やら奥底にあった母性を刺激してきてとても可愛いいい子だけど、こういうところが損をしていると思う。
この子の性格を考えるとそうなるのもしょうがないけど、そこを克服したらもっと魅力的な子になるだろうに。
そんなことを思っていると、あーしの思考が伝わったのか須藤が由真をばっさり咎めた。
「そういうとこだぞ宮永さん。君は愛玩動物のように可愛いんだから、自信をもって堂々とおどおどしなさい」
いや、うまく伝わっていなかったみたい。
「え、えぇ……堂々と、おどおど?」
「そうそう。いやそこはあんまり重要じゃない。大事なのは自信をもてってこと」
「自信」
「うん。自信をもって自分の思いに素直になった方がいいことあるぜ。私を見ろ。私は不幸に見えるかな?」
「……ううん、幸せそうに見えるよ」
「だろう?全てがそうというわけじゃないけど、自信を持たなければそもそもその土俵にすら立てない。幸か不幸か選ぶ権利すら持てないんだ」
格好やシチュエーションはともかく、中々似合わないいいことを言っているような気がする。
須藤ってこんなことも考えられる人だったのね、と感心してしまう。
「だから自信を持て、宮永さん!君は正直食べちゃいたいくらい可愛いし、きっとそう思っているのは私だけでは無い筈だ!それに、さっきのイケメンの向ける目が明らかに君にだけ違うかったぞ!これはいける!」
さっきまでは真面目にいいことを言っていたのに、一瞬でその空気が霧散してしまった。
……やるな、須藤。天然なのか計算なのか空気を重すぎなくする手腕に思わず舌を巻いた。
「それにはあたしも同意かなー?絶対日向、ゆまっちだけ特別扱いしてる気がするー……。あたしにはあんな目向けたことないのにぃ!」
「そんな、私の目ではだめか?」
「そんなわけないよぉ!杏が向けてくれる瞳が一番好きぃ!」
「ふへへ」
何しに来たんだこいつら。
「……そっか。私、自分に素直になってもいいのかな……?」
「由真」
少し俯いて考えこむ由真の肩に手を置いて、こっちを向かせる。
由真は、可愛い。須藤は食べちゃいたいとか言っていたけど、正直気持ちはわかる。ぶりっこではなくて、天然。まさに男たちにとっては天使で、女の敵。
だから学年が上がって孤立している由真を見て、保護しなければという衝動に駆られた。
あーしは、そういう子を見るとどうしても放っておけないタチだった。素直に懐いてくれる由真を、凪と一緒に可愛がった。
「不安があるかもしれないけど、大丈夫。自信もって。あんたは可愛くて純粋で超いい子なんだから」
「ふえぇ」
元気づけようとしたら何か須藤の影響を受けたのか、思ったよりダイレクトに心の声が出力されて焦る。
でもここは由真の勝負時。勢いに任せて激励する。
「そのふえぇ、とかも正直由真じゃないと許されないと思う。でも由真が言うなら別。あの荒木さんだってきっとイチコロよ」
「或いは、もうなってるかも~?だって態々昨日見た顔を探しに来たんだよ~?脈ありありだって~」
「そ、そうかな?」
「あーしらを信じて。由真。ここは押せ押せしかないわ!」
「いけるいける」
「あんたは適当すぎっ」
「うわぁお。橋本さんにツッコまれちゃった」
「はぁ……」
「……うん、ありがとう!私、頑張ってみる!」
ふんす、と両手を胸の前でぎゅっとする由真を撫でる。いや絶対いけるでしょ。
これを天然でやるんだよ?私が男なら絶対放っておかないと思う。
いや荒木も女だけど。
「うーい。席に着けーHRやるぞー」
いつの間にか教室に居た担任に声をかけられて、そういえばまだ朝だったと気づく。
急いで席に戻って、一息ついた。
「……はぁ、あーしもいい人見つけないとなぁ……」
もうそろそろ夏休み。花の女子高生が恋人もなしに一人寂しく過ごすなんてあってはならないことだ。由真に先を越されそうになるとは。
「……」
すぐ後ろの席の凪がその呟きに複雑な表情をしていた事に、ため息をついていたあーしが気づくことはなかった。