襲撃するイケメンさんと顔を覆う小動物さん
「ほぅ……」
今でも夢だったんじゃないかな、と思ってしまう。
荒木さんの家にお邪魔した次の日、私は学校に向かいながら昨日のことを思い出していた。
あの後自宅のスタジオを見せられて(よくわからない機械が沢山あった)、本当に住んでいる世界が違うんだなと思わされた。
私と同じ歳であんなに活躍してて、とても尊敬する。
「しかも……」
今までの人生で見てきた人たちの中で、一番かっこよかった。橋本さんがよく読むモデル雑誌の表紙を飾っても、おかしくない。
まず顔が綺麗すぎる。すっと伸びた鼻、きつそうに見えて笑うと優しい目元、耳障りの良い心地いい声。
髪型はホスト?の人たちみたいだけど、これ以上ないくらいに似合っていた。金のメッシュも相まってとてもかっこいい。
身長も高くスタイルも良くて、天は何個彼女に与えたんだっていうぐらい完璧。
しかも音楽で既にとても成功しているし、あの時見た引き語っている姿はもう雰囲気から何から反則だ。
少女漫画に出てくる王子様キャラなんて目じゃない、本物の王子様が居た。
それも、自分のクラスに。
学校には来てないけど。
「はー……」
夢見心地のまま教室に着くと、扉を開ける。
どうやら、まだ橋本さん達は来ていないようだ。
「やぁ、おはよう」
「おはよーゆまっち」
その代わりにと言っていいのか、昨日早退した須藤さんと牧原さんが挨拶をしてくれた。
それも牧原さんが膝の上に須藤さんを抱えた状態で。
「お、おはよう……今日は随分仲がいいみたいだね。昨日は大丈夫だったの?」
「ああ、心配をかけてしまったな。すまない、私たちはこの通りぴんぴんしてるぞ」
「心配かけちゃってごめんねぇ」
「いいのいいの!元気そうでよかったよ」
「元気も元気だよ。今この瞬間だって愛美となら組体操だってできるぞ」
「密着型サボテンー。ぎゅー♪」
「ふへへ」
なんだか二人の、というか特に須藤さんの雰囲気が今までと違う気がする。
いや、牧原さんと話すときはこうだったし、最近では私とも話す時はこんな感じだけど、こうもオープンにしていた記憶はない。
今だって、クラスに見せつけるように、その……いちゃついている。
「ね、ねぇ、何かあったの?なんだか須藤さん、昨日までと違うみたい」
「む、流石に気づいてくれるか。私は、もう取り繕うことをやめたんだ。以前までは波を立てないように口調も女らしくしていたが、やめた」
「杏はねー、一皮剥けたんだよー」
あ、最近なんか話すとき口調が怪しいなとは思っていたけど、やっぱりあれ擬態だったんだ……
確かに初めて話すまでは私もクールな人だと思っていたし、ある程度は成功していたんだなぁ、擬態。
でも、次第に私と話すときに少し剥がれかかっていたのは、なんだか心を開いてくれていたみたいで嬉しい。
「そっか。須藤さんは、一歩前進したんだね」
「ああ。大人の階段すら上ったぞ。なんなら二段飛びだ。手すりもなしだぞ?」
「超得意げだね杏」
「それもこれも愛美が居てくれるからだ。好きだぞ、愛美」
「へへー、あたしも好きー」
「あ、あはは……」
脇目も振らずいちゃつく二人に、思わず苦笑いになる。
滅茶苦茶おあつくなっちゃってる……一体、昨日何があったんだろう?
「おはよー……あ、由真!」
「お~ゆまち~ん、昨日はどうだった~」
「あ、おはよう!二人とも!」
明らかに様子が違う須藤さん達に慄いていると、橋本さんと秋山さんが声をかけてくれた。
そういえば、結局橋本さんに電話かけなかったな。大丈夫だったよって一言言っておけばよかったかな?
「大丈夫だった?怪我してない?」
「そ、そんなことする人じゃないよ!荒木さんはね……」
時々橋本さんがお母さんに見えてしまう瞬間があって、ちょっと複雑なのは秘密。
そんな彼女に私が昨日のことを説明しようとしたとき、ガラっと音を立ててまた誰かが入ってきた。
そして、その時に聞こえてきた声に驚いたのだ。
「えー……っと、いたいた、宮永さん」
「は、はいっ?」
私にかけられた声は昨日放課後に聞いた声で。振り向いた私の目に入ってきたのは昨日マンションで見たあの姿で。
違うのは、今日は制服を着ていたってこと。こう見ると、改めて女の子だったんだなと思う。
何と教室に入ってきたのは、ずっと学校を休んでいた荒木さんだった。
制服姿もとても似合っていてかっこいいけど、どうしたんだろう……?
「あ、荒木さん、どうして……?」
「昨日貰った書類を学校に届けるついでに、顔を見ておこうと思ってね。寄らせてもらったよ」
「えっそんな態々!っということは、授業は……」
「あーうん、ごめんね。ちょっと私って忙しいから」
「そうですか……」
やっぱり、一緒に授業を受けたり、学校生活をすることは出来ないのかな。
そんなことを思ってしょぼくれた私を気遣ってくれたのか、彼女は昨日のように優しく頭を撫でてくれた。うぅ……
「そんな顔しないで。宮永さんには笑顔の方が似合うよ」
なんでそんな歯の浮くセリフが言えるのーっ!しかもそれが様になっているから文句のつけようがないしっ!
しかもそう言われて素直に喜んでいる自分が居るのが、もうあれだ。
「え、なに、超絶イケメンが出てきたぞ。しかも何だあのコンボは。少女漫画の擬人化か?」
「おー日向じゃん!お久ー」
「お!久しぶり、愛美。それと……」
「ん?私か?私は愛美の旦那だ。愛美はやらんぞ!」
「ほーうそれはそれは……随分可愛らしい旦那様だな、愛美?」
「そーなの、めーっちゃ可愛いの!あたし、真実の愛を見つけちゃったんだー」
「ふっふっふ、いくら超絶イケメンでもこの我々の愛を裂くことは出来んだろう!ネオジム磁石同士のように結びついた私達はな!」
「ざ、斬新な例えだな、それは……」
牧原さんがひなたって呼んだってことは、荒木さんは荒木日向さん?え、なに、名前が可愛い。
あと須藤さんは流石というか、あの荒木さんを前にしても平常運転だ。逆に押されている荒木さんが珍しく感じる。
今だって牧原さんに抱えられながら荒木さんに頭を撫でられて、ふんぞり返っている。あの図太さは正直私も見習いたい。
「ゆ、由真。あの人が荒木さん?何か想像と違うっていうか……」
「ほぇ~……なんて言うか、須藤さんも言ってたけど王子様みたいだねぇ~?」
「う、うん。だから、昨日は凄い親切にしてもらって、それで大丈夫だったんだ」
「どうもそうみたいね。……それにしても、態々顔を見に教室まで来るなんて……よっぽど由真は気に入られたのかしらね?」
「ふぇっ!?そ、そうなのかな!?」
橋本さんにからかわれて、思わず大げさにリアクションを取ってしまう。心臓に悪いよ!
丁度その時、須藤さん達から離れた荒木さんがこちらに向かってきた。
「それでえっと、そこのお二人が宮永さんの友達?」
「そうよ。あーしが橋本真奈で、こっちが秋山凪」
「よろしくね~」
「昨日宮永さんに馴れ初めは聞いてるよ。私は荒木日向。宜しくね。ちょっと名前が可愛すぎて、私には合っていないかもしれないけど」
「そんな「そ、そんなことないですっ」
自己紹介をする3人を眺めていると、唐突に荒木さんが自虐を始めたので思わず声をあげてしまった。しかも、橋本さんの言葉を遮って。
橋本さん達は私が唐突に声をあげたのが意外だったようで、驚いて固まっている。
「……そうかい?」
「荒木さんは、かっこいいですし、でも同じぐらい可愛いですっ。だから、合っていないなんてそんなことありません!」
自分でもどうしてこんなに声をあげて自虐を否定しているのかはわからないけど、それも言わずにはいられなかった。
少し悲しそうな目を、していると思ったから。
声を上げた私を目を丸くして見た荒木さんは、そのクールな美貌に柔らかな笑みを湛えるとそっと近づいてきて。
若干息の上がった私の頭を優しく撫でるのだった。
「そう言ってくれてありがとう。やっぱりいい子だね、宮永さんは」
「あ、ありがとうございます……?」
「うん。私は宮永さんと友達になれて幸せだよ」
私を友達と言ってくれる荒木さんが何と言うかもう嬉しくて、思わず顔を手で覆ってしまった。
恥ずかしいやら嬉しいやらで、彼女の顔が上手く見られない。
「……こういうときなんて言うの?ご馳走様?」
「……いや~、これはもうベタ惚れですなぁ~」
橋本さんと秋山さんが何か言っていたけど、もう私には聞こえなかった。