もてなす不良?さんとガチガチな小動物さん
「……」
「はぁ~……」
荒木さんが出してくれたお客さん用のスリッパをペタペタと鳴らしながら、先を行く彼女の後を追う。
荒木さんの住んでいる此処はとても広くて、部屋の数だって私の常識にあるマンションの室数じゃない。
ドア何個あるの!?っていうくらい、さっきからすれ違っている。
「どした?」
歩みが遅くなっていた私を現実に引き戻したのは、訝し気な声だった。
慌てて弁明する。
「い、いえ!あの、お部屋の数が多くて凄いなぁって、驚いていたんです」
「あー、確かにウチは多いかもね。ここ、それなりにするし」
「そ、それなりどころじゃない気がします……」
どう考えてもそれなりなんてものじゃない金額がする。きっと家賃を聞いたら、目玉だって飛び出ちゃうかも……
思い出したかのように足を動かし始めて、荒巻さんに追いついていく。すると、一層大きなドアが現れた。凄い、全面ガラス張りだ……
「ここがリビング。ソファにでも適当に座ってて」
「うわぁ……あ!は、はい、失礼しますっ!」
「紅茶でいい?私コーヒーあんまり得意じゃなくて置いてないんだけど」
「あ、そんな、どうぞお構いなく!」
「ふふ、緊張しすぎだって。書類は貰っておくよ。ありがとう」
凄く気を遣ってくれた上に、お礼まで言われちゃった。
なんだか一挙手一投足に補正がかかっているように、輝いて見えてしまう気がする。
「はー……」
家電量販店でしか見たことないほど大きなテレビ。如何にも高級そうな机にソファ……というか滅茶苦茶広い。
私の家のリビングなんて比べ物にならない程の広さ。一体何人入るんだろう……もしかしたら、クラスの全員でも入れるかもしれない。
生活レベルの違いに圧倒されながら、案内された高級であろうソファに座る。恐ろしいほど柔らかく沈む感触に、思わず緊張してしまう。
「す、凄いところに来ちゃった……」
何者なんだろう、荒木さん。きょろきょろと室内を見回す。
玄関にはあまり靴がなくて、スリッパだって二人分ぐらいしかなかった。ご両親は、どうされているんだろう……
失礼だけど、そんなことを考えてしまう。
ぼやぼやと思考にふけっていると、お盆にカップを乗せた荒木さんが歩いてきた。
カチャカチャと音を立てているそれは、見るからに豪華な意匠で恐縮してしまう。
「お待たせ。悪いんだけど、隣でいい?ウチあんま人来ないからさ」
「そんなっ、全然!大丈夫です!」
こんなに広いリビングなのに、確かに座れるものがこのソファしかない。ということはそう。
私の前の机に紅茶を置いてくれた荒木さんが、同じソファに腰を下ろした。
た、助けて橋本さん、秋山さん!私の心臓が口から出てしまいそう!
隣に腰かけて紅茶を嗜む荒木さんからはとてもいい匂いがして、紅茶の香りなのか、荒木さん自身の匂いなのかもうわからなかった。
もうとっくに出来事がキャパシティを越えていて、私の体は膝に手を置いて背筋を伸ばしたままガチガチに固まってしまっている。
「あ、ごめん。アイスにすれば良かったね。氷、とって来ようか?」
隣に居る私に向けてくる目が想像と違いすぎて、混乱する。
か、顔が!顔が良すぎる!
優しく気遣ってくれる荒木さんに思わず勢いよく返事をしてしまう。
「だ、大丈夫でひゅっ!……ぅう」
「あはは。うーん、困ったな。どうしたらその緊張を解いてくれる?」
うう、どうしよう。もう分かったけど全然不良じゃないよう。物凄く優しいよう。
「……よ、よし。ちょっと深呼吸させてください」
「はい、どうぞ」
すー、と空気を吸い込む。と同時に、とてもいい匂いが肺を駆け巡っていく。さっき玄関の前で深呼吸した時との差に驚いて、思わずむせそうになる。
でも、我慢がまん。これ以上荒木さんに迷惑をかけるわけにはいかない。
唯でさえ変に緊張して恐縮しちゃってるし、親切にしてくれる彼女に申し訳ない!
「はー……」
「どうかな。落ち着いた?」
「はい。すみません、お茶までいただいているのに、失礼しました……」
「頑張ったね。えらいえらい」
「っ――――」
思わず下げた頭に、不意に撫でられた感触があった。
隣をちらっと覗くと、とても綺麗な微笑みで、目を細めた荒木さんが私の頭に手を伸ばしていた。
頭を撫でられている。
私が、荒木さんに。
自覚した瞬間、顔から火が出るほど血が集まっていくのがわかる。絶対、真っ赤だ。
「あ、ごめんね。つい」
「……もう、勘弁してくださぃぃぃ……」
これ以上刺激を受け続けると、心臓が何個あっても足らないよう!