どうしてもアレが何なのか、知りたい
「それでね? そのひとがこういうわけよー」
「へえー」
夏のギラギラから逃れた涼しい社内食堂で、長テーブルを挟んでみんながそれぞれにお喋りをしてる。
私と美夏もいつも同じお弁当を食べながら、お昼休みにはここでとりとめのない会話を楽しんでいる。
「でねー、そいつがさー、こうでこうでー」
「あははっ、それ、キツイね」
美夏と私の会話はいつもパターンが決まってる。
美夏が一方的に喋り、私が相槌をうつ。
ちゃんと聞いてないと「ちょっと! ちゃんと聞いてる?」ってキレられることもあるけど、滅多にそういうことはない。美夏の話は大抵面白いし、何より聞いていれば会話が途切れずに続くのは私にとって楽だ。他の人とはすぐに沈黙を間に漂わせてしまう無口な私には、美夏は最高の話し相手だった。
お弁当は既に二人とも食べ終わっている。今日はチキン南蛮弁当だった。示し合わせたわけでもないのに二人はいつも二種類のお弁当から同じものを選ぶ。きっと相性がいいんだと思う。
「それでそういうことになっちゃって、あたし困っちゃったわけー」
「災難だったねー」
あれ?
食べ終わった美夏のお弁当箱の中に、気になるものを見つけた。
透明なプラスチックの蓋をされたその中に、私のお弁当には入ってなかったものが見える。
なんだろう……、あれ。こんにゃくゼリーの空カップに見えるけど。
私のにはあんなもの入ってなかった……。
「それでさー、そいつ、本気でそういうこというわけよー」
「……」
気になって仕方がない。
彼女のお弁当カスの中のアレが──気になって仕方がなくなった。
「うんでさー、こんでもんで、はなからさうすー」
「うんうん」
美夏の話がちっとも頭に入って来なくなる。
こんにゃくゼリーなのか、アレは? そんなら私のにはなぜ入ってなかったのか?
「……まうでー、こなこすー、となとろー」
「へえ〜……」
美夏に聞いてみようか?
それ、何? って。こんにゃくゼリーなんか入ってたの? って。
でも隙間がない。美夏の話は途切れるということを知らない。
気になる……。気になるけど、聞けない。こんな個人的なことで美夏のお喋りを遮ることはできない。
「まうねー、かうらー、このころろー、きりきりぱー」
「それは凄いねー」
重大問題だと思えた。
お弁当容器の中のそれが何なのかを知ることは、今、何よりも重大な問題であるように思えたのだ、私にとっては。美夏にとってはどうであろうとも。
美夏の話など聞いている場合ではない。確かめたい。アレが何なのか、ほんとうにこんにゃくゼリーの空容器なのか、それとも隠された宇宙の神秘なのか、確かめないと私は一生後悔するように思えていた。
「──こす、……な、□□ぱろ№℃$∬⊄∵」
「聞いてるよー」
確かめたい。
確認したい。
「……憋不住了我憋不住了你真的不去嗎?」
「うんうん」
美夏、どっかへ行ってくれないかな……。
私がそう思っていると、美夏が突然、立ち上がった。
はっとして見上げると、美夏はべつに怒ってはおらず、ポーチを持って顔を20度傾けて、私に聞いた。
「菊池、ほんまに行かんの?」
「あー……」
トイレか、とわかったので、喜んで首を横に振った。
「うん。ちょっとスマホで見たいものあるしー」
「そか……。じゃあねー」
美夏が自分のお弁当容器を手にしかけたので、私は慌てて引き止めた。
「あっ! 私が捨てとくから……っ! 自分のと一緒に捨てとくから! 置いていって! お願い!」
ここで引き止めなかったら永遠の謎になってしまう。それは何としてでも阻止したかった。
「……そう? じゃ、お願いするね」
不思議そうな顔をして、宇宙人でも見るように私を見て、美夏が背中を向けた。
……やった。
美夏のお弁当容器と二人きりになれた。
ずっと心から一緒になれることを願い続けていたそれと、今、遂に二人きりになれた。
私は緊張しながら上半身を伸ばし、彼女のお弁当容器の中のアレを、ソレにして、遂にはコレとして、確認した。
シリコンカップだった。
そういえば私のにも、ポテサラの入ったシリコンカップがあった。
チェック模様のそれが横に倒れていて、その角度だとちょうど裏の白い部分しか見えず、こんにゃくゼリーの空容器にそっくりだったのだ。
宇宙の謎が解けてしまった。私は果てしない虚無の中へ放り出された気分で、今さら美夏を追ってトイレに行くこともできず、何もすることがなくなってしまった。
「私……、何をしていたんだろう」
そう呟き、美夏のと自分のお弁当の空容器を手に持つと、立ち上がり、ゴミ箱に捨てると同時に、お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
夏の午後は気だるい。