幻想食堂
「……………」
街に出てみると、そこに俺のよく知る生物の姿はほとんどなかった。
ゴーレムに、スライム。
おそらく何かしらのキメラであろう者や、ドラゴンなんかがそこには居たのだ。
そういえば、ニルヴァーナさんの日記にはこんなことも書いてあった。
「現状この世界は五つの国に分かれている。彼がその状態を終わらせてくれると良いのだが」と。
よく分からないが、ここもその5つの王国のうちの1つなのだろうか。
あの日記にて、その項目が書かれたのはもう何千年も前のことだ。
今となっては増えたか減ったか…俺には分からないさ。
…まぁ、いい。
どっちにしろ今はそんなこと考えている暇はない。
「……おっ。…いい匂いだ」
そういえば腹が減っていて、それで街へ繰り出したのをすっかり失念していた。
…人形となったこの肉体でも腹は減るのだ。
それに、元人間として飯を食わないのは精神衛生上非常によろしくないだろう。
「……ありがとう、ニルヴァーナさん…!」
何千年も眠っていた俺のハウスの机には、置き手紙と共にこの国の通貨が入っていたのだ。
その手紙の内容は確か…「これはこの国だけで使える通貨だ。だいたい2年は暮らしていける」
……だったか。
「顔も声も全く知らない人だけど…!その気遣いに涙が出てきそうだ!!」
そしてその通貨を握りしめ、匂いのする方へと進んでいくと……。
そこには、当然といったように飯屋があったのだ。
……非常に美味そうな匂いがするため期待が高まる。
まぁひとつ懸念点があるとするなら、今のところこの国では人ならざるものしか確認できていない。
つまり、現状パペットではあるが元人間の俺にとって苦痛でしかないような食事が待っている可能性も0ではないのだ。
……だが、まぁ腹をくくるほかないだろう。
それに美味そうな匂いだし。多分。きっと大丈夫。恐る恐るドアを開けて……店内へと侵入した。
「……いらっしゃい」
入った瞬間、店主らしき女が俺に話しかけてくる。
それに返事するように「どうも」とだけ返し、空いていたカウンター席に座った。
外から漂ってきたいい匂いとは裏腹に、客は俺以外ほとんどいないようだ。
……大丈夫か、この店。
「ご注文は?」
「……あ、えぇと……」
メニューを確認する。
…ふむ。
どうやらこの世界にも牛や豚はいるらしい。
だってメニューに「牛ステーキ」って書いてあるんだから。
まぁそれはともかくとして、メニューに書いてあるそれらは正直死ぬほど美味そうだった。
「じゃあ…この牛のステーキと…ミスリルコーンのポタージュってやつ」
「わかりました。……ミスリルコーンのポタージュに、牛のステーキね」
女店主は、そうして厨房の方へと去っていく。
そしてしばし待つこと……5分くらいだろうか? 女の手には、俺が注文した料理が握られていた。
……あぁ、コイツは分かってるぞ……! 元人間の嗅覚を舐めるなよ……! 絶対に美味い……!!!
「はいどうぞ、お待ちどうさま」
俺の目の前に料理が置かれる。
その瞬間に漂ってくる匂いは確かに俺の知るステーキにコーンポタージュそのものだった。
そして俺はすかさずフォークとナイフを手に取り、ステーキ肉を切り分けて一口。
「ッ!?……や、柔らかい……っ!?」
な、なんだこの肉……!? 歯がいらないくらい柔らかくて、口に入れるとすぐに溶けてしまう……! 口に含んだ瞬間から、圧倒的な肉汁の旨みが口の中へあふれ出す……!! この世界の牛は尋常じゃない美味さを誇るぞ……!
なんて思いながら俺はステーキを頬張る。
おっと、忘れちゃいけない。ポタージュも飲まなきゃ。
「ッ!?」
こ、これは……!?
……ステーキと打って変わって本当に誰もが想像するようなThe・コーンポタージュだ。
だが空腹にはちょうどいい……! 野菜嫌いの俺にすら食べやすく、非常に美味しいなこれ……!! だがやはり肉を食う。これが本能なのだ。
ステーキに食いついた俺は一心不乱に肉を喰らい尽くしていく……。
気付けば、ものの数分で皿の上には何もなくなっていた。
「あぁ……美味かったなぁ……!」
これだけ美味い物がこの世界には溢れているのだろうか?
「…貴方、パペットにしては食欲旺盛ね」
女の店主は微笑みながら俺の前へとやってくる。
「……ごちそうさまでした」
……あれ?
…この女、人ならざるものとしての特徴が無いぞ。
まさに、人間って感じで…。
「……………………」
まさかこの人、人間なのか?
「さっきから私の顔をジロジロ見て、どうかした?」
女は俺の事をジッと見てくる。
…瞳の特徴を見ても、人間としか思えない。
だが、少しは気になるな。
……飯を食った時点で俺はここに長居するつもりはない。
でもこの女から何か情報が得られるならそれを見す見す逃すのはどうかと思うな。
「……なんか、人間みたいだなって」
「…人間みたいって…。…だって私人間よ?」
「……っ!?」
おお…。
まさかこの魔物が跋扈する王国で人間さんと会えるとは。
「……このお店に人が来ないのも、それが理由。…魔物の国に人間が店を出す…だなんて、考えられないでしょう?」
「……?よく分からないな。…ここは魔物の国なのか?」
「…貴方どう見てもパペット、魔物の一種でしょ?…なんで知らないの?」
「……俺は長いこと寝てたんだよ。さっき目を覚ました」
「……ははぁ、なるほどね。道理で食が細いで有名なパペットなのにあれを平らげられたわけね」
女は一人で納得するかのようにそう言った。
……それよりも気になっていたことがあったのだ。
「…それより、魔物の国に人間が店を出すのと店に人が来ないのにはどんな関係……?……あるのか?」
女は「そういえば何も話していなかったわね」と呟いて。
「……貴方は長いこと眠ってたのよね。…じゃあもしかしたら、もしかしたら何万年も眠ってた可能性はある。…だから教えてあげるわよ」
彼女は少し得意げに笑ってこう言った。
「まずここは魔物の国、ミスリル王国。……で、この世界には大小色んな王国がある訳なんだけど…ミスリルは、その中でも特に強い五大国の内の1つ……と言えばわかるかしら」
「……五大国?」
「そうよ。そして小国は、全てなんらかの五大国の属国になってる。…小国の話は正直どうでもいいんだけど…問題は五大国よ。…五大国は全部敵対していると言っても過言ではないわ。それぞれ得意とする産業や文化、暮らす生物の種族が違うからね」
「……ほぇー……」
「…聞いてるの?…まぁいいんだけど。…それで…」
それからもその女店主の話は長く続いた。
分かったことをまとめると。
この世界には大小色んな国があり、その中でも特に強い力を持つ五国は五大国と呼ばれること。
その五大国は、獣の国、人の国、機械の国、妖精の国、魔物の国に分けられるということ。
そして、その五大国同士の仲が険悪なおかげでそれぞれの種族どうしも互いにいいイメージを持っていないということだ。
「…人間の国は食文化が発達してるから、ぜひ魔物の皆さんにも知って欲しい!…って思って店を出したのよ」
「そうなんだ」
「…まー結果はお察しの通りだよね。…人間の経営する店なんて、魔物からしたら入ることすらおこがましいわけで」
「そう、なのか?」
「……貴方が変なだけよ」
「そ、そうか……?…だとすれば良く殺されに済んでるよな」
「魔物の国だって無法地帯じゃないからね。法律はあるよ。…それが敵対国の種族だとしても、特に理由もなく殺すのは御法度って訳よ」
となると、彼女も不法入国って訳じゃなさそうか。
…この話の流れて不法入国者だったら俺は卒倒する自信がある。
「……とは言っても、法律という建前があるだけで法の抜け道はいくらでもある。……正直この王国に住む限り、命の保証はできないわ」
「だろうねぇ」
「……さー、もう話した話した。…お客さんには失礼だけど長居はさせないわよ」
「…結構時間経ってたんだな。…会計は…」
「2300ルビーだよ」
「……2300…このくらいか?」
俺は2000と書かれた紙幣と3まいの硬貨を出す。
…だが。
「ん?…えっと…コレ…どこの国の通貨?この国の物にしては珍しいデザインだし……もしかして小国?」
「あ、えと……わ、分からない……」
まさか。
…ニルヴァーナさんが置いてくれたこれ、もしかしてかなり昔の通貨なんじゃ……?
「見たことないデザインね……どこの通貨か分からないと私も出せないし……。……え、なにコレ怖い。…これしかないんだったら今はつけておくから。…いつか返しに来てくれた時に返してくれればいい」
「え……。……ごめん」
「大丈夫ですよー。…それより、ちゃんと次来れるの?」
「……分からないけど、大丈夫だと思う……きっと。……また来るよ」
俺はそう言い残して店を出た。
…美味い店だったな。…また来よう。
そう思って振り向いた俺の目には衝撃の光景が飛び込んできた。
店がない。幻でも見ていたかのように、店はどこにもなかったのだ。
……おかしい。俺は確かに店に入ったし、あの女店主にも会ったはずだ。
「……どういうことだ……?」
辺りを見渡しても、その店がない。
……つい先程までそこにあったはずのものが、なくなってしまったのだ。
…とりあえず、今日は帰ろう。
腹いっぱい食べた感覚はある。
多分…高性能な移動式店舗とかなんだろう。
ーfinー
「…世間知らずで、人間に拒否反応を示さないパペットねぇ…。…変な客人もいるものね」
カランカラン
「…いらっしゃい。…何にしますか?…って、トールさん?…珍しいわね」