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冒険者による風土記  作者: 疾風のナイト
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第4章 ~昔馴染みとの再会~

食堂で夕食を食べていたフレア。そこで客同士の喧嘩に出くわしてしまう。

そして、喧嘩をしていた相手の1人、それはフレアの昔馴染みであった。

 夜のコマス食堂。ここは今日も大勢の冒険者達で賑わっていた。安い値段でお酒と美味しい料理が沢山食べることができる。これだけの食堂は他にないだろう。

 コマス食堂のカウンター席の一角、ここでフレアは夕食を食べていた。今日のメニューはパン、牛肉のステーキ、海藻サラダ、オニオンスープである。


「う~ん、美味しい」

「そりゃどうも!」


 牛肉のステーキを美味しそうに頬張っているフレア。彼女の表情を嬉しそうに眺めている店長。

 牛肉は他の肉類と比べて筋肉質であるためか、食材としては敬遠されがちな傾向にある。しかし、トリン市では現在、食用に特化した牛の飼育に力を入れており、少しずつではあるが、脂肪分の多く柔らかい牛肉が生産され始めている。


「店長の料理は絶品ね」

「はは、嬉しいこと言ってくれるじゃないの」


 フレアからの賛辞の言葉に照れた様子の店長。確かに品種改良の進んだ牛肉は美味しいが、それも店長の腕前があって旨味を引き出せるのである。


 その後も食事を進めているフレア。このまま穏やかな一時が過ぎていくものと思われた時であった。


「何だと!?」


 突然、店内に男のものと思しき怒声が響き渡る。それと同時にフレアを始めとして、店内にいる者達の視線はある方向へと向けられる。

 店内の者達が向けている視線の先、そこには店員の女性、睨み合っている2人の男であった。どうやら、この女性を巡って争っているらしい。


「急に突っかかってきて何の用だ!」

「だから、嫌がっていると言っているだろう!」


 言い争っている2人の男。1人はいかにも冒険者という風体の大柄な男であり、もう1人は街の人間と思しき男であった。


「この、やるのか!」

「……っ仕方がない!」


 冒険者らしく強くの口調で脅しを仕掛けてくる大柄な男。一方、街の男は相手の脅しに全く怯むことなく、逆に迎え撃とうとしている。

 確かの街の男は服装こそ地味であるものの、体格はしっかりとしており、相当鍛え込んでいるようにも見える。少なくともただの街の人間ではない。


「むうっ!」

「くっ!」


 お互いに睨み合った状態で火花を散らしている2人の男。このまま喧嘩がなし崩し的に始まりそうな時であった。


「はいはい、ここまで!」


 大柄な男と街の男、両者の間に入り込み、喧嘩の中止を宣言するフレア。当然、2人の男の視線は彼女の方へと注がれる。

 これまで冒険者としていくつもの荒事を解決してきたフレア。その中には酒に酔った冒険者同士の仲裁等も含まれる。従って、この程度の揉め事は慣れっこであった。


「やんのか!?」

「何よ、やる気?」


 怒声と共に大柄の男が凄んでくるが、全く怯むことのないフレア。そればかりか、彼女は背負ったS-HARDの柄に手をかける。


「わ、悪かったよ」

「それなら良いの」


 ビビった大柄の男が侘びを入れてきたため、フレアはS-HARDの柄から手を離す。但し、彼女の行為はあくまでも威嚇であり、本当に太刀を抜く気はなかった。それにこの程度の相手であれば、武器を使わずとも素手で対処が可能であった。


「貴方も貴方よ。酒に酔った勢いで頭に血が上って」


 今度はもう1人の相手である街の男の方に視線を移すフレア。大柄な男も悪いが、彼の喧嘩腰の態度にも問題があった。

 そして、フレアの視界に移り込んだ街の男。それは肉づきのいい体格、短めに整えられた黒髪が特徴的な年若い男であった。


「貴方、ディオン……」


 目の前の男を目の当たりにした途端、信じられないといった表情で名前を口にしているフレア。


「フレアか……」


 対するディオンと呼ばれた男の方もまた、フレアを見るなり驚いた表情をしている。そしてまた、彼はどこかバツの悪そうな表情をする。


「どうして、ここにいるのよ!?」

「それは……すまない!」


 フレアからの問いに対して、ディオンはそれだけ告げた後、テーブルの上に食事代の銀貨を置くと、そのままコマス食堂から逃げ出すように去っていく。その様子を店内の者達は呆然とした表情で眺めていた。


「ディオン……」


 ディオンが去っていく様子を心配そうな表情で見ているフレア。彼女の胸中には言い様のないモヤモヤが渦巻くのであった。



 フレアには仲の良い男の子がいた。名前をディオンと言った。彼の父親は役人であるため、比較的裕福な家庭であった。

 そして、ディオンの両親はフレアの実家である肉屋の常連客であった。親同士の付き合いもあり、幼い子ども達も一緒に遊ぶことがあった。


 やがて、時は流れて大人になる頃、フレアは冒険者になる道、ディオンは騎士になる道をそれぞれ選択した。

 ディオンが騎士になる道を志した理由。それは自らの手で人々の平和を守りたいというものであった。それは人々の営みを守るため、冒険者になることを選んだフレアに近しいと言える。

 無論、騎士になることは並大抵の道程ではない。しかし、ディオンは苦心と努力の末、トリン市よりも田舎の地方で騎士見習いになる機会を得た。


 騎士見習いとして旅立つディオン、冒険者としてトリン市に残るフレア。それぞれの道を歩むために別れの時が訪れていた。


「いよいよね」

「ああ、そうだな」


 これから配属先に旅立とうとしているディオン、見送りにきたフレア。しばらくの間、2人が会うことはないだろう。


「フレア、今まで世話になったな。ほんのお礼だ」

 そう言った後、ディオンはフレアに何かを手渡す。彼が手渡してきた物、それは透明な玉の付属した耳飾り、黒地の鉢巻であった。


「ありがとう、付けてみても良い」

「ああ」

 贈り主であるディオンにそう言った後、早速、透明な耳飾りをつけ、黒地の鉢巻を巻くフレア。


「似合っているぞ」

「ホント!?嬉しい!!」


 微笑みを浮かべているディオンからの言葉を聞き、ほんのり顔を赤く染めているフレア。しかし、そうこうしている間にも別れの時間は近づいてくる。


「お互い頑張りましょ!」

「頑張ろう!」


 誓いの言葉と共に固い握手を交わしている2人。やがて、ディオンはトリン市から旅立ち、フレアはその姿を見送り続けるのであった。



 昼下がりの時刻。トリン市の一角にある公園。この場所では子ども達が無邪気に遊んでいる。中には幼い子を連れた母親の姿もある。

 大勢の親子で賑わっている公園に設置されたベンチ。このベンチに今、1人の男が寝そべっていた。

 若い男の名前はディオン。昼食を食べ終えた彼は昼休みも兼ねて、公園のベンチに寝そべっている。


「……」


 ぼんやりとした表情のまま、公園で遊ぶ子ども達を眺めているディオン。そして、昼寝でもしようかと思った時であった。

 突然、ディオンの視界が暗くなる。目を閉じたのではない。誰かが視界を塞いでいるのだ。しかも、顔の周りには温かい感触が伝わってくる。


「だ~れだ?」


 急にディオンの耳元に聞えてくる声。声質からして女性のものだ。そしてまた、彼はこの声に聞き覚えがあった。


「フレアか」


 観念したように名前を呼んでいるディオン。それと同時に彼の視界には元の風景が戻り、さらにフレアの顔が映り込んでくる。


「当たり!久しぶりね、ディオン」

「久しぶりだな、フレア」


 にこやかな表情で再会の挨拶をしてくるフレア。対するディオンも挨拶を返すものの、浮かない表情をしている。


「まさか、あんな場所で会うなんて」

「俺もだ。あの時は逃げて悪かったな」


 この前のコマス食堂での出来事に関して、フレアに謝罪の言葉を述べるディオン。その表情はとても申し訳なさそうだ。


「おじさんから聞いたわよ。騎士を辞めて帰ってきたんだって」

「そこまで知っていたのか」


 バツの悪そうにしているディオン。コマス食堂での一件の後、フレアは彼の実家を訪ねていたのだ。その時、当の本人は不在であったものの、両親から事情を聞くことができた。


「そうだ。親父の体調が悪くなったんでな……家には母さんだけで放っておく訳にもいかなかったんだ」


 改めて今までの経緯を語り始めるディオン。試験に合格して見習い騎士となって以降、配属先で任務と修行に明け暮れる日々が続いた。


 騎士としての任務と修行は厳しく、時には折れそうになることもあった。しかし、ディオンは持ち前の努力と根気で取り組んできた。その甲斐もあってか、着実に実力をつけ、同僚や近隣住民からも信を得ることに成功した。


 そして苦心の末、ついにディオンは正式な騎士に任命された。これで思う存分に腕を振るえると思った時であった。実家から連絡が届く。それは父親が体調を崩したため、戻ってきて欲しいという内容であった。

 当然、ディオンは悩んだ。せっかく苦労して築き上げてきた地位、財産、信用。しかし、これらを得ることができたのもひとえに家族の支えがあってこそのものである。

 悩みに悩んだ末、ディオンは騎士を辞めて実家に戻ることを選択した。確かに騎士としての地位等は得難いものである。しかし、家族は決して替えの利かないものである。

 それだけではない。年老いた両親のこと、実家のこと、ゆくゆくは自身に降りかかってくる問題である。そう考えれば、早い段階で取り組んだ方が得策であると考えたのだ。


「それで俺は騎士を辞めた。だけど、あの頃のことが忘れられない。全く大馬鹿だ……」


 自嘲気味に語るディオン。実家に戻って両親との生活を始めたものの、時折、騎士としての生活を思い出してしまうのである。


「ううん。馬鹿じゃないよ。これってかなりキツい決断だったと思う」

「そうか?」

「うん。それで仕事は何をしているの」

「試しにいくつかの仕事をしてみたけどからっきしだ」


 またもや自虐的に語るディオン。地元でいくつか仕事をしてみたものの、相性が合わずに長続きしなかった。それだけ、彼は騎士という仕事に情熱、誇り、責任をもって取り組んでいたのである。


「そう、それなら冒険者をやってみない?」

「冒険者だって?」

「騎士として生活してきたんでしょ?ディオンならやっていけると思う」

「そうか?」

「うん、それに聞いたわよ。あの食堂での一件、給仕の女の子を助けようとしたんでしょ?」

「!!」


 にっこりと笑いかけるフレア、言葉に詰まってしまうディオン。実はあの騒動の後、彼女はコマス食堂の女性店員から事情を聞いていたのだ。

 真相はこうだ。悪酔いした男性冒険者が勢いで女性店員にセクハラ紛いの行為を働こうとしたところ、ディオンが間に入って阻止したのである。その後、彼は男性冒険者と対立し、喧嘩になりかけたのである。


「正義感の強いところは相変わらずよね」

「そんなことはないさ」

「さっ、行きましょ」


 それだけ言った後、ディオンの腕を掴み、そのままどこかへ連れて行こうとするフレア。昔馴染みの突拍子もない行動に彼も戸惑う。


「どこへ行くんだよ?」

「冒険者ギルドよ。善は急げ、早く早く」

「お、おい」


 ディオンの言葉など聞く耳を持たず、力任せに歩き始めるフレア。こうなってしまってはどうしようもない。こうして、2人はトリン市の冒険者ギルドに向かうのであった。




 トリン市の冒険者ギルド。今、この受付では冒険者の登録手続きを行うディオン、その様子に立ち合っているフレアの姿があった。


「こちらの申請用紙にご記入ください」

「分かった」


 受付のミーシャから申請用紙を受け取った後、黙々と必要事項を記入していくディオン。騎士として書類仕事も行ってきたこともあり、彼は手慣れた様子でペンを走らせている。

 書類を書き上げた後、ディオンは本人確認を行い、登録料である銀貨を支払う。受付のミーシャは全てが終わったことを告げる。


「以上で手続きは終わります。冒険者証は後日発行しますので、それまでお待ちください」

「了解だ……ふぅ~」


 登録手続きが終わった後、大きく溜め息を吐いているディオン。一仕事やり終えたという感じである。


「これでディオンも冒険者ね」

「……そうだな」


 にこやかな表情で語りかけるフレアに少しだけ微笑んで答えるディオン。まさか、昔馴染みと同じ道を歩むことになるなど、彼は夢にも思わなかった。

皆さんお疲れ様です。疾風のナイトです。

今回のお話では主人公の昔馴染みことディオンが登場しました。

ファンタジーものには幼馴染の仲間等が定番ですが、今回はそのセオリーに従って登場させました。元の仕事を辞めて若干やさぐれ気味でしたが、無事に立ち直ってくれて一安心です。

実は本来、この話には続きがあるのですが、予想以上に長くなりそうであったため、今回はこの辺で打ち止めにさせてもらいました。続きは是非、第5章を読んでいただければと思います。

通常に比べて短めとなっていますが、今回はこの辺で失礼させていただきます。

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