第3章 ~冒険者までの道のり~
冒険者ギルドの受付のミーシャ、ピョンやピートと一緒に食事へと行くことになったフレア。
食事の中、語られるフレアの過去。彼女はいかにして冒険者になったのか。
夕暮れ時を迎えたトリン市の冒険者ギルド。もうじきすれば、本日の業務も終了を迎える頃合いである。
就業間近の冒険者ギルドを訪れるフレア。彼女が真っ直ぐ歩みを進めた先、そこは全ての窓口となる受付であった。
「フレアさん、お疲れ様です」
近づいてくるフレアの姿を見た途端、立ち上がって出迎える受付の女性。ツインテールの髪型とあどけない顔立ちが印象的な女性、彼女は名前をミーシャと言った。
「お疲れ様、ミーシャさん」
にこやかな表情で挨拶を返しているフレア。ミーシャとは同性で年頃も近いためか、何かと気の合うことが多かった。
「ピョンとピートは元気している?」
「ええ、そりゃもう」
フレアからの問いに満面の笑みで答えた後、ロビーの方へと視線を移しているミーシャ。今、彼女の視線の先には清掃に励んでいるピョンとピートの姿があった。
「雑用から接客まで本当に大活躍ですよ」
冒険者ギルドでのピョンとピートの仕事ぶりについて、まるで自身のことのように語るミーシャ。
最初こそ、戸惑いや失敗もあったピョンとピートであるが、日が経つにつれて仕事にも慣れていった。その働きぶりは人間でも目を見張るものがある。
さらにピョンとピートは何時もにこにこした表情をしているため、過酷な依頼でささくれやすい冒険差達の心を和ませていた。このため、彼等は冒険者ギルドのマスコットと化していた。
「そう、良かった~。ところでミーシャさん、今日は良い?」
「はい。勿論ですよ」
柔らかな表情でフレアに返事をしているミーシャ。この後、彼女達は食事に行くことになっていた。
この前のカナヅチ頭討伐依頼の際、フレアに食事をご馳走すると約束したミーシャ。今日が約束の日であった。
「今日は残業もないですし、仕事が終わればすぐに向かいます。フレアさんは先にお店で待っていてください」
「分かった。楽しみにしているわ」
それだけに言った後、冒険者ギルドを後にするフレア。彼女の姿を見送るとミーシャは受付業務に戻るのであった。
◇
夜の時間を迎えたトリン市。営業時間を終えた商店は真っ暗になっている一方、飲食店からは煌々と明かりが灯っており、夜の闇を彩っている。
看板にコマス食堂と書かれた店舗の手前。ここに今、普段着のワンピースを着たフレアが立っていた。冒険者ギルドで話していたとおり、ミーシャのことを待っているのだ。
「フレアさ~ん」
前方からフレアの呼ぶ声が聞こえてくる。ほどなくすると、冒険ギルドの制服から私服に着替えたミーシャの姿が見えてきた。
しかも、そこにいるのはミーシャだけではない。彼女の傍にはピョンとピートの姿も見えた。
「ミーシャさん、それにピョンとピートも」
「せっかくの食事なので一緒に連れてきました」
「ウサ!」
「ピー!」
目の前のフレアに向かって微笑みながら言うミーシャ。同時にピョンとピートも嬉しそうにしている。
「それじゃ、ピョンとピートの食事代は私も出すわ」
「そんな悪いですよ」
「良いの良いの、それに今日はピョンとピートの歓迎会も兼ねてということで」
戸惑うミーシャに対して、フレアは満面の笑みを浮かべ、話を強引に纏めてしまう。しかし、彼女の姉御肌の振る舞いは何とも心地良いものであった。
「それじゃ、中に入りましょう」
「はい」
「ウサ」
「ピピ」
元気よく仲間達に呼びかけるフレア。ミーシャ、ピョン、ピートもそれぞれ返事をする。これからの食事が楽しみで仕方がないといった表情だ。
その後、コマス食堂の中へと足を踏み入れるフレア達。こうして、ミーシャによるご馳走兼ピョンとピートの歓迎会が幕を開けるのであった。
◇
トリン市のコマス食堂。日中は食堂として営業しつつ、夜にもなれば、地元の住民が集う酒場として営業していた。
多くの客達で賑わうコマス食堂のテーブル席の一角。フレア、ミーシャ、ピョン、ピートはここに席を陣取っていた。
フレア達の席には飲み物が用意され、いくつかの料理も運ばれている。既に準備は整ったと言えるだろう。
「乾杯~!」
「乾杯」
「ウサ~」
「ピ~」
早速、食事の開始宣言である乾杯を行うフレア達。飲み物についてであるが、フレアとミーシャはエール、ピョンとピートはオレンジジュースであった。
「く~!美味しい!」
「美味しい」
「ウサ!」
「ピ!」
最初の飲み物を口にした後、それぞれに感想を言葉にしているフレア、ミーシャ、ピョン、ピート。そんな彼等は実に幸せそうな表情である。否、本当に幸せなのである。
いよいよ本格的な食事に移るフレア達。テーブルのさらには地元野菜のサラダ、新鮮なイカの切り身、魚肉の練り物が並べられている。
このトリン市は北部がリホン海と面しているため、鰯、鯖、鯵、イカ等の海産物が豊富に獲れるのが特徴である。このため、新鮮な魚介類や水産加工食品が食卓に並ぶことが多かった。
「うんうん、美味しい」
「新鮮ですね」
魚肉の練り物を食べているフレア、イカの切り身を食べているミーシャ。彼女達は地元で獲れた海産物を堪能していた。
「ウサ~」
「ピ~」
サラダを美味しそうに食べているピョンとピート。彼等も人間達の食べる料理を気に入ったようだ。
楽しい食事が進む中、不意にミーシャの手が止まる。当然、フレア、ピョン、ピートの視線は彼女の方に向けられる。
「そう言えば、フレアさんって、どうして冒険者になったんですか?」
素朴な疑問を口にしているミーシャ。それと同時にピョンとピートの視線はフレアの方へと移る。
トリン市でも腕利きの冒険者として知られているフレア。何故、彼女が冒険者になったのか。その理由はこの場にいる全員が知りたいところであった。
「別に大したことじゃないよ」
「でも、私は知りたいんです」
謙遜するフレアに食い下がってみせるミーシャ。酒の酔いが回り始めているせいか、いつもよりも少々強引な感じになっている気がする。
「ウサ!ウサ!」
「ピピピ!」
ミーシャの言葉に同意の鳴き声を上げているピョンとピート。彼等は酒こそ飲んでいないが、雰囲気に呑まれてしまっているようだ。
「いいわよ。どうして私が冒険者になったのか」
「是非、お願いします」
「ウサ」
「ピ」
ついに観念したのか、話すことを決めるフレア。一方、ミーシャ、ピョン、ピートは聞く姿勢に入る。そして、彼女の口から冒険者になるまでの道のりが語られる。
◇
元々、フレアはトリン市の肉屋の娘に生まれた。この街の主産業は漁業であるが、鳥肉等の畜産業も侮れないものがあった。
幼い頃から実家の加工場に出入りしていたフレア。家業の一環として、職場の掃除、牛の内臓の洗浄を手伝うこともあった。さらに成長するにつれて、包丁を握ることも許され、鳥肉等の加工技術を習得した。
殺した動物の肉を加工することにより、人々の生命を繋ぐ仕事に従事してきたフレア。こうした経験が彼女に生命の営みというものを深く考えさせるようになっていった。
そして、ある日、事件が起こる。仕入れた家畜達を乗せた荷車がモンスター達に襲われたのである。
幸い、人間に死者は出なかったものの、仕入れた家畜達はモンスター達によって無残に喰い殺されてしまった。
無論、モンスター達とて同じ生きる者であり、より弱い家畜達を狙うことはごく自然なことである。
しかし、家畜達は農家が手塩にかけて育ててきた生命である。本来であれば、人間達が生きていく上で必要不可欠な糧である。生命の営みの上で重要な役割を担うはずであった。
「人々の営みを守りたい……」
何時しか、フレアはそう願うようになっていた。それ以降、彼女は肉屋の仕事を手伝う傍ら剣の技術を学ぶようになっていった。
そして、成人になった時、フレアは冒険者になる道を選んだ。そう、このトリン市に生きる人達の営みを守るためである。彼女の選択に家族は反対をしなかった。
実はフレアの父親は元冒険者であり、幾多の凶暴なモンスター達を倒してきた猛者である。引退後、これまでに蓄積した技術を活かして肉屋を開業したのである。ある意味、娘の選択は親譲りと言えるものであった。
「お前の人生はお前のものだ。好きにすれば良い。ただ、これだけは忘れるな……どんなものであっても生命は生命だ」
冒険者になる道を選択した娘に父親は告げる。現役時代は冒険者としてモンスター達の生命を奪い、今も肉屋として人々の生命を繋ぐために家畜達の生命を加工している。だからこそ、生命を奪うことに鈍感になってはいけないのだ。
父親からの言葉にコクリと頷くフレア。その後、彼女は贈られた言葉を胸に冒険者としての道を歩み出したのである。
◇
「実家は肉屋さんだったんですね。どうりで素材の処理が上手いと思いましたよ」
フレアの来歴を聞いた後、合点がいった様子のミーシャ。冒険者ギルドに納品される彼女の素材は処理が丁寧であり、他の冒険者の追随を許さなかった。
「まあね。まさか、こんなところで役に立つとは思わなかったわ」
苦笑しながら言ってのけるフレア。実家で身につけた精肉加工技術が冒険者家業で応用できるとは彼女自身も意外であった。
「ウサ!」
「ピ!」
すると突然、ピョンとピートは鳴き声を上げたかと思えば、ある方向に視線を向けている。彼等の視線の先にあるもの、それはフレアの愛用するS-HARDであった。
「そう言えば、フレアさんはあの剣をどこで手に入れたんですか?」
「知り合いの鍛冶師さんに鍛えてもらったの」
ミーシャからの質問にフレアはどこか誇らしげに答える。そして再び、彼女は冒険者としての来歴を語り始める。
◇
成人と共に冒険者として生きる道を選んだフレア。彼女は早速、冒険者ギルドで登録の手続きを行った。
しかし、まだ冒険者になったばかりである。当然、モンスター討伐の依頼は危険で受けることができない。そのため、自身にできそうな依頼を手当たり次第に受けることにした。
薬草獲り、どぶさらい、家の清掃等々、フレアは生活するために様々な依頼を引き受けた。その中で最も合っていたのが食堂の手伝いであった。
ある日、依頼を受けるために冒険者ギルドへと訪れたフレア。そこで紹介されたのがコマス食堂の手伝いであった。実家が肉屋ということもあり、飲食店とは縁が深い。彼女は二つ返事で依頼を受けることにした。
数日後、コマス食堂の手伝いを行うことになった。接客、皿洗い、調理の補助、会計、仕事の内容は多岐に渡った。
その中でも特に秀でていたのが接客であった。明るくて面倒見の良いフレア。彼女の気質は接客業務との相性が良かった。ほどなくして、コマス食堂の看板娘として知られるようになっていった。
コマス食堂の看板娘として活躍する一方、フレアは冒険者としての他の依頼も引き受けてきた。その努力もあってか、生活の軌道に乗り、資金もある程度溜まってきた頃である。彼女は剣を打ってもらうことにする。
冒険者にとって装備は生命の次に重要なものである。粗悪な装備を使用すれば、生命を危険に晒すことになる。だからこそ、自身に合った装備を手に入れることにしたのだ。
様々な武器屋や鍛冶屋を訪れては交渉をするフレア。しかし、なかなか自身に合った装備が見つからない。
そうした最中、街の外れに一軒の鍛冶屋を見つける。建物は相当な年季が入っており、古びた雰囲気を醸し出している。
まるで誘われるかのように古びた鍛冶屋へと足を踏み入れるフレア。店の中からは主と思しき白髪の老人が姿を現す。
「何用か?」
「あの、私に剣を打って欲しいんです」
「何のために剣を求める?」
「モンスター達から皆の暮らしを守るためです」
店主の老人に冒険者を志した理由を語るフレア。それを聞いた後、店主はしばしの間、彼女のことを見据えている。まるで見定めているかのようでもある。
「良いだろう。お前の望みを聞いてやろう」
「本当ですか?ありがとうございます」
フレアからの依頼を引き受ける店主の老人。無事に願いを聞き入れられ、彼女は感謝の言葉と共に頭を下げる。
その後、早速、剣の製造に着手する店主の老人。熱気に満ちた工房の中、赤熱化した鉄を鍛えていく。気の遠くなる作業であるが、なおも繰り返し鍛え続ける。
灼熱のような空間の中、店主の老人の作業に立ち会うフレア。今の彼女にできることはない。しかし、これから先、剣を使う者として、この場に立ち会わずにいられなかった。
どれほどの時間が経過したのだろうか。ついにフレアの剣が完成し、店主の老人から引き渡される。
完成した剣、それは剣と呼ぶにはあまりにも異質であった。片刃の長身に独特の文様が描かれている。
「随分変わった剣ですね」
「これは太刀と呼ばれる武器だ」
フレアの率直な感想に店主の老人が説明する。太刀とは刀剣の一種であり、一説によれば、遥か東方の戦士が使用している代物であると言う。
変わっているのは外装も同じことであった。柄と鞘の全体が黒く塗られた銅で巻かれているのだ。これは蛭巻太刀拵えと呼ばれるものであり、太刀を使う東方の戦士達が好んだ外装であるらしい。
「名前とかあるんですか」
「そうだな……この太刀には儂の全てが詰まっていると言っても過言ではない。いかなるものも斬ることができるはずだ。故にS-HARDと名づけよう」
「S-HARD……」
店主の老人から命名された太刀銘を復唱しているフレア。彼女はS-HARDと言う名前をすぐに気に入った。なお、頭文字のSはSLASH(=斬る)の略である。
「どんな理由があるにせよ、刀剣とは生命を奪う代物だ。決して使い方を誤るでないぞ」
「分かりしました」
店主の老人からの念押しの言葉に返事をした後、フレアはS-HARDを受け取る。両手にズシリと重みが伝わってくる。
「重たい……」
「その重みは生命と対峙する者の重みだ。心配いらん。冒険者としての経験を積んでいけば、いずれ自在に操ることができるはずだ」
店主の老人から言われてコクリと頷くフレア。その後、彼女はS-HARDを背中に装備し、代金を支払うと店を後にするのであった。
かくして、フレアはS-HARDを手に入れた。彼女は本格的に冒険者としての活動を開始し、幾多のモンスター達を討伐してきた。
幾多のモンスター達と討伐することにより、冒険者としての実績を積み重ねてきた。しかし、かつて店主の老人と交わした誓いは今でも忘れることはなかった。
◇
「とまあ、こんな感じよ」
冒険者に至るまでの道のりを語ってきたフレア。これまで誰にも話してこなかったためか、少し恥ずかしそうな表情をしている。
「生命と対峙するか……。重い言葉ですね」
話に出てきた店主の老人の言葉を反芻しているミーシャ。確かに冒険者はモンスター達を害獣と同じ扱いで討伐している。そのため、少しでも気を抜けば、生命の重みというものを忘れがちだ。
「ウサ!」
「ピ!」
ミーシャの言葉に同意しているピョンとピート。彼等もまた、非常に珍妙な姿をしているが、人間やモンスターと同じく等しく生命なのだ。
「さ、難しい話はこれで終わり。食事の続きをしましょう」
「そうですね」
「ウサ」
「ピ」
これまでの話を終わりにして食事の再開を促すフレア。ミーシャ、ピョン、ピートの満面の笑みで返事をする。
その後、食事会を再開するフレア達。彼女達は話に花を咲かせつつ、心ゆくまで料理や飲み物を味わうのであった。
皆さんお疲れ様です。疾風のナイトです。
今回の話はフレアの過去編ということを意識して創作しました。
ただ、過去編となると長くなりがちになるため、できるだけ要点を絞った形にしました。
後はフレアの戦う理由についても焦点を当ててみました。彼女は冒険者としてモンスターを倒していますが、人々の暮らしを守ることを最優先としています。ある意味、ハンターに近い考え方と言えるかもしれません。
元ネタ?
今回は明確な元ネタと呼べるようなものは登場していません。
ただ、イカの刺身や魚の練り物等、鳥取の食卓に出てくる料理を登場させました。鳥取では蟹が特産になっていますが、こちらは高級品であり、どちらかと言えば、他の魚介類の方が馴染み深いです。イカや鰯等はよく食べますし、竹輪等の水産加工物も鳥取の食卓には欠かせません。
後はフレアの実家が肉屋と言う設定ですが、こちらもリアルでの経験を使っています。鳥取と言えば、日本海に面しているために海産物が豊富ですが、意外と肉も食べられています。最近では和牛の育成に力を入れている他、地鶏等も売り出しています。
こういった食に関する話は書いていて楽しいですね。まだまだ食に関する話のネタはありますので、今後、掘り下げていければと考えています。
以上で今回のあとがきを終わりにしていきたいと思います。
これからも物語をしっかりと進めつつ、同時に鳥取の情報発信を行っていきたいと考えています。