73. 衝撃の事実
ヘザーと正式に婚約してから、これが初めての伯爵邸への訪問だった。
婚約して日が浅く政務で多忙だったとはいえ、さすがに兄の伯爵に挨拶にも来なかったのは間違いだった。
ヘザーをないがしろにしたわけじゃない。でも、やっぱり彼女には頭が上がらない。伯爵が喜んで僕を迎えてくれるのは、きっと裏でヘザーがうまく話してくれていたからだろう。
夫人はいつも通りに不機嫌を隠さない。義妹が殿下の妾ではなく筆頭公爵夫人となるのが、お気に召さない模様だ。偽装婚約なんかを考え付いたヘザーの苦労が偲ばれる。
婚約者ということで、ヘザーの部屋に直で通された。すでに支度を終えていたらしく、ヘザーはメイドたちと歓談していた。
情報収集。ヘザーは新聞記者志望で、このメイドたちのネットワークからゴシップを定期的に仕入れている。
彼女たちの噂話は、どう考えても新聞ではなくてタブロイド紙向きだ。盗み聞きが出所の記事は、真っ当な新聞には取り上げられない。
ヘザーは男性名を使って、個人ライターとして活動している。記事を新聞に送っているけれど、今まで採用されたという話は聞いていない。
路線を変更するかソースを変更するか。そのどちらかしか、記者になる道はなさそうだ。
僕が入ってきたのに気がつくと、メイドたちはみんな赤い顔をして、行儀良くお辞儀をして出ていった。
自慢じゃないけれど、地味な服を着ていても僕は生まれつきの造作のおかげで人目を惹いてしまう。罪な男だ。
「早かったのね。仕事、片付いたの?」
ヘザーは、胡散臭いくらい満面の笑みをうかべている。椅子から立ち上がって、その場でクルッと回ってみせた。ドレス姿を誉めろということだろう。
さすがはガルダだ。知的なヘザーにぴったりの落ち着いたドレス。彼女の美しさが更に引き立っている。
「いいんじゃない?似合っている。三割増しで、美人度が上がった」
「ふふ、言うわね。ありがと。メイドたちのメイクアップの腕よ。貴方もなかなかいいじゃない。そんなに地味な色を着ているのに、かえって美貌が引き立つとか。女としては妬ましいばかりね」
言い方はいつもの通りだけど、これは一応お互いに褒めたということだった。これはこれで気楽な関係だ。
持ってきた花束を手渡すと、ヘザーは僕がおかしくなったかもしれないう疑惑を持ったらしい。それでも、にっこりと邪悪な微笑みを向けてくる。
「きれいね。でも、入れ忘れたものがあるみたいよ?」
「カード?付いてなかった?」
執事には『婚約者殿の美しさを讃えて』と書かせるよう、注文を出していたのに。どこかで落としたのか。
「カードじゃなくて、蛙とか蛇よ」
ああ、そうだよな。小さい頃、俺がヘザーやクララにあげた花束には、いつもそんなもんを仕掛けてた。よく覚えてるもんだ。
「あー!入ってた入ってた。ほらっ!」
ヘザーが緑色の蛇のようなものを投げてきたので、僕は思わず驚いてのけぞった。
な、なんだ?蛇?なんでそんなものが花束に?僕は一瞬パニックになった。
実際、それは蛇ではなくて緑色の縄だった。僕の驚いた顔を見て、ヘザーは大笑いする。
どうやら、メイドネットで僕が花束を持ってくることは筒抜けだったらしい。
この間のおでこキッス仕返しか。残念だけど今回は負けた。メイド・ネットおそるべし。
ヘザーといると僕は自然に笑える。彼女がこんな風にふざけてくるのは、僕のことを気遣ってくれている証拠だった。僕は素直にヘザーという幼馴染の存在に感謝した。
「それで?クララのこと、何か聞きたいんでしょう?」
そして、こういう察しがいいところも尊敬する。仮にも婚約者であるヘザーに、僕から別の女性のことを口にするのは憚られた。聞いてくれなければ、必死にタイミングを探すことになっていた。
「パーティーでは、どういう立ち位置になる?」
「出席者リスト、見てないの?」
「いや、見たけど」
「名前あったでしょ?」
「どこに?」
ヘザーはテーブルの上にあったリストを、少し躊躇うようにしてから手渡してきた。その表情は固かった。
なんだろう。ヘザーがこんな顔をするなんて、何か嫌な胸騒ぎがする。
僕は上から順に名前を指で追っていった。そして、かなり下のほうによく知る二人の名前が並んでいるのを見つけた。
そこで止まった指が震えるのを、自分でも自覚した。
「クララはカイルと婚約したわ。式次第にも載っているでしょ」
急いでリストの2枚目以降に綴られている式次第をめくる。殿下の婚約発表後、僕らを筆頭に八組のカップルが婚約の報告をする。
その一番下に書かれたのが、カイルとクララの名前だった。頭が真っ白になる。持っていたリストが、手からすべり落ちるのにも気が付かないくらいに。
ヘザーはそれを拾ってテーブルに載せてから、僕の手を取って椅子に座らせた。
「ひどい顔色よ。ちょっと落ち着こう?」
へザーが紅茶を用意してくれている間、僕はただ自分の震える指先を見ているしかできなかった。




