39. 抑えられない嫉妬
カイルは黙ったまま、僕の隣に並んで立った。そして、中央で踊るクララと殿下を真っ直ぐ見つめたまま、何気ない口調で尋ねる。
「黙って見ていて、いいのか」
「クララは俺の所有物じゃない」
「殿下のことだ。今、目立つのは危険……」
僕の本音を聞きだそうと、わざと紛らわしい質問をしたのか。カイルは政務にも携わる円卓の騎士。筋肉脳どころか、かなり頭が切れる。僕に誘導尋問をしかけるくらい、朝飯前だった。
「さすが騎士。全ては主君のためか」
口に出してから、嫌味な自分のもの言いを後悔する。その意図が何であれ、カイルが殿下の安全を気にするのは当然のことだった。実際、他の仲間たちも同じことを心配している。
カイルはまだ少年だった頃に、殿下の目に留まって学友に引き立てられた。没落した子爵家の養子に、殿下の側近候補として教育の場が提供された。十分生活できるだけの給金も。そんな殿下の采配に、カイルは恩を感じている。
それに騎士は、主君に忠誠を誓うもの。カイルは己の命をも殿下に捧げるはずだ。こいつの言動には、僕に文句を言われるような筋合いは全くない。
悪かったと謝る僕に、カイルが口を開いた。
「執務室からの知らせが来た。すぐに引き上げるぞ」
「例の件か」
この国は今、北方勢力からの侵略の危機に晒されている。それを阻止するために辺境へと交渉へ向かった国王陛下から、いつどんな指示が入るか予測できない状況。
「殿下を王宮に連れ帰る」
「今すぐか?」
殿下は眼鏡を外して、素顔を晒している。王宮では国王代行として、変装を解いてに政務を執ると決まっていた。でも、それは明日からの話。今夜のあれはクララのため。殿下はアレク先輩とかいう人物を演じているんだ。
楽しそうに踊る二人を、本当は今すぐにでも引き離したい。この緊急連絡はそのいい口実になる。余裕のない僕の様子を見て、カイルはため息を吐くように笑った。
「お前、許婚にベタ惚れだな」
「あいつが俺に惚れてんだよ」
「自信ありが」
そんなもんあるもんか!本当はそう叫びたいくらいだった。でも、そんなことをすればクララを狙う奴らの思う壺だ。
こいつだってその一人だ。市場で偶然出会うまで、クララとは一切の面識はなかったはずなのに、いつのまにかクララの周りをチョロチョロしている。なんの意図があってクララに近づくのか知らないが、いくら牽制しても効果がなかった。
そして、まんまと友達という関係に落ち着いたらしい。彼女の中で安定したポジションを、生涯に渡って獲得したということ。
彼女が学園に入ってから、僕が安心できたときなんて一度もない。どんなに薙ぎ払っても、クララに恋する男は後を絶たない。僕たちの関係は磐石に見せる必要がある。
「殿下は彼女を離さない気だ。次の曲も踊るぞ」
何を話しているのかは分からないが、クララはずいぶんと楽しそうだ。あいつ、まさか自分が将来の王妃になれるとか、変な夢見てんじゃないだろうな?
いくら殿下がクララに好意を持っていても、王族の結婚は個人の好き嫌いで決まるものじゃない。変な期待をしたら、あいつが傷つくだけだ。
ワルツが終わって、それぞれの組が中央ホールから引いていく。それなのに、クララは殿下に腕を掴まれて、そのままそこを動かなかった。
調子に乗るなよ。殿下なんて高望みもいいところだ。クララには僕ぐらいがちょうどいいんだ!
気がついたときには、もう体が動いていた。中央まで早足で出ていき、クララから殿下の腕を払いのける。そして、二人の間に割って入った。
「殿下。いい加減にしてください」
クララを自分の後ろに回すと、僕はそのまま彼女をかばうように殿下の前に立った。
「ローランド、控えよ」
そう言い放った殿下の目は、獲物を奪われた野生動物のようだった。眼差しは極寒の氷のように冷たいのに、その瞳には戦場で死闘に挑むような炎が燃えている。
僕は一瞬たじろいだ。いつもは身分差なんか感じさせないのに、今は臣下がでしゃばるなと言われた気がした。
でも、たとえ殿下が相手であっても、ここで引くわけにはいかない。にらみ合う僕らの様子に怯えたのか、クララが息を呑んで僕の上着の裾をぎゅっと握った。
「……冗談。少し羽目を外しすぎたようだね」
クララの様子に気が付いて、殿下はすぐにいつもの穏やかな笑顔になった。片手をさっと上げて楽団に音楽を始めるよう促す。
そして、一瞬の隅をついて僕を脇にすっと押しのけた。クララの前に跪いて、殿下はその手の甲にキスをする。
「楽しい夜を」
優雅に立ち上がると、殿下はちらりと僕のほうを見て、愉快そうに口の端をあげた。僕の反応を見てからかっているのか。悪趣味この上ない。
側近や騎士たちが、殿下に続いて会場の出口に向かう。カイルだけは僕のほうを振り返って、一緒に来るようにと目で合図をしてきた。
でも、今すぐに殿下に付いて行く気にはなれない。あの目に睨まれて思わず握った掌は、まだ汗ばんでいた。
気がつくと、僕はクララの手首を掴んで、出口とは反対方向のテラスへとぐんぐん引っ張っていった。この宝物を誰にも取られないように、すぐにでもどこかへ隠してしまいたかった。




