19. すり合わせ
本当は学園みたいな男だらけの場所から、さっさとクララを連れ出してしまいたい。
でも、こいつはまだ入学したばかり。友達との時間も大事なのは分かる。きちんと卒業だってしたいだろう。
もちろん学生結婚も悪くないけれど、そうなったら僕は歯止めが効かない。子が出来れば、結局は早期退学することになって、学園に残る意味がない。
今はとにかく、僕との結婚が確定すればいい。正式に婚約できれば……。
そんなことを考えていた僕に、クララはいきなり爆弾を落としてきた。こいつは僕の葛藤や苦悩を全く理解していない。あえて避けていた話題を出して、いきなり核心を突いてくる。
「いきなりそれは無茶だよ。ちゃんと子どものことも考えないと!」
それはそうだけれど、産むのはお前だぞ?僕たちはまだ、子作りについてのすり合わせをする段階じゃないだろ!
それとも、クララの中ではそういうことになっているのか?つまり、僕らの子どものことを、早く一緒に考えたいっていう?
「子ども?それって、俺たちの子どもの話?」
「当たり前でしょ。ローランドは一人っ子だもの。後継者のことを考えるのが先でしょう?」
クララは鈍感なくせに、変に鋭いところがある。婚約したら婚前交渉がもれなく付いてくるし、順序が逆になる可能性もある。そこを考えろと?
いや、結婚してないなら、僕だって気をつける。今までだって、そういう失敗はしていない。
「それで、お前はどう思ってるんだよ。その、子どもについてだけど」
「ローランドはどうしたいの?それが一番重要でしょ?」
「え?俺の希望が優先?」
僕の好きにしていいってことか?本気で言ってるなら迂闊すぎる。女にここまで言わせたんだから、躊躇するのは逆にまずい。男らしく覚悟を決めないと!
「そうだな、今すぐでもいいけど」
「心配しないで!二人の幸せのために、私も一肌脱ぐから!」
クララはそう言って、僕の手をぎゅっと握ってくる。自分でも顔が赤くなるのが分かった。
何かおかしい。男女のことに疎いクララが、こんなことを言うはずない。何かとんでもない勘違いしているんじゃないか。赤ん坊は鳥が運んでくるとか、そんな感じの。
だけど、脱ぐって、どういう言葉選びだよ!まさか、誘ってんのか?本を抱えていなければ、抱きついてたぞ。もちろん、その後で物陰に連れ込む!
「せめて、卒業まで待ったら?親のすねかじりが結婚とか、おじさまも許さないよ」
「父上は問題ないと思うけど、確かにな。俺に家族を養う甲斐性はまだない。卒業して仕事についてからだな」
「そう!そうだよ!学園ではもっとお互いを知って、恋愛を楽しむ。それがいいよ!」
「お互いを知ってって、今更……」
恋人としての恋愛期間を楽しみたいということか。それには賛成だ。クララが僕のものだということを、学園でおおっぴらに自慢したい。誰も変な気を起こさないように、僕らの熱愛ぶりを見せ付けておくのも悪くない。
それに、学生の本分は勉強だ。クララとの恋愛に夢中になって、僕の学業が疎かになるのはダメだ。
領地収入があるとはいえ、落第して王宮勤めができなかったなんて、妻にとっては頼りない夫以外の何者でもない。生まれてくる子どもにだって、父親の威厳を示せない。
「まあ、そうだな。すぐには無理だな、うん」
「そうよ。女性にも覚悟が必要だし。時間をかけてゆっくり準備するべきだよ!」
「覚悟か。時間をかけて、ゆっくり……ね」
早まらなくてよかった。今すぐ子作りに励みたいわけじゃないってことか。そうだよな。
クララは未経験だし、心の準備が必要だ。僕は部活で汗臭いし。どっちにしろ今は手を出す場面じゃない。
「ここまででいいよ。もう弓道場に戻りなよ」
いつの間にか、図書館の前に来ていた。クララは僕から本を奪って、にっこり笑った。あんまり可愛い顔を見せるなよ、せっかくの覚悟が崩れるだろうが!
自分の気持ちが抑えられなくて、僕はクララを抱きしめた。恥ずかしいのか、クララは僕から逃れようと体をよじる。
今更だろ。こんなことで照れていたら、恋人の楽しみなんて味わえないのに。
「今週末、大会なんだ。優勝狙うから、応援してくれよ」
「痛いよ。離してくれたら、応援する」
僕があわてて腕を解くと、クララはほうっと息をついた。本を抱えたままのクララを、羽交い絞めにしてしまった。
「痛くしてごめんな。本番は頑張るから」
「うん。期待してる」
これまで、それなりに女性を悦ばせてきた。ここぞというときに失敗しないだけの場数も踏んでいる。クララの望む結果が得られるはずだ。
とにかく、こいつがみなに自慢したいと思うような恋人になる。それには、なんとしても大会で優勝したい。今から戻れば、もう少し練習できるかもしれない。
「サンキュ。じゃあな。気をつけて帰れよ」
「うん。付き合ってくれてありがと。またね」
クララの視線を背中に感じながら、僕は弓道場への道を走り出す。クララも僕との関係を真剣に考えてくれていた。子作りにも積極的だ。これは完璧な両思い。
それを知れたせいか、心臓までもがうきうきと駆け出してしまいそうだった。