16. 眼鏡男子参上(クララの視点)
噂の王太子殿下が学園に戻ってくる。その姿を一目見ようと、生徒たちが正門に集まっていた。その横を、ヘザーはサクサクと通り過ぎていく。
「すごいわね。これじゃ殿下も落ち着かないでしょ。気の毒だわ」
「どんな人だと思う?噂では眉目秀麗って」
「同じ学園にいるんだし、どこかで会う機会あるわよ」
ヘザーが興味なさそうに言う。そのときキャーっという歓声が響いた。殿下が来たらしい。
「ほら、ローランドよ。大人しくしていると思ったら、殿下のお供だったのね」
ヘザーは昔から、ローランドを見つけるのが得意だった。なぜって天敵だから……らしい。ローランドを探してみたけれど、キラキラ集団の中に紛れてなかなか見つけられない。
「ローランドって、特別クラスなの?」
「次期宰相の最有力候補だからね。宰相は世襲じゃないけど、筆頭公爵家なんだから側近確実よ。昔からよく王宮に行ってたし、殿下のご学友枠なんじゃない?」
「そうなんだ。よく知ってるね」
「情報は武器よ。ペンは剣より強いの」
「じゃあ、あのグループはみんな高位の貴族令息なのね」
集団の最後尾にカイルを見つけた。この国には珍しい色の髪と瞳を持つ彼は、きっとどこかの国の高貴な生まれ。
「そうでもないわよ。殿下は実力主義みたい。騎士には伯爵家や子爵家を取り立てているって」
「ふうん。ねえ、殿下って、どの人だか分かる?」
キラキラ集団は十五人くらい。全員背が高くて見栄えがいい。ローランドすら埋もれるくらいに。
「殿下は、金髪で青い目だったと思うわ。あ、あれじゃない?眼鏡をかけている人」
眼鏡男子。真面目でいかにも王族って感じ。そういえば、殿下には浮いた噂が全くない。たしか、外国の王女様と婚約間近という話だったっけ。
そう思って眼鏡男子様に目を向けると、すぐ横にローランドがいた。さすが筆頭公爵家令息。王太子殿下と肩を並べている。親友?仲睦まじい恋人みたいな感じ。
カイルはあの二人を見て、嫉妬してたりするのかな。ローランドってば、カイルを妬かせるために、わざと殿下にベタベタしているんじゃ? 男子も女子も、やることはあんまり変わらないんだ。
そのとき、殿下がこっちを見て、にっこりと微笑んだ。
「きゃあ!殿下が笑ってくださったわ!」
私のすぐ隣で、公爵家の令嬢が声を上げた。その声が聞こえたのか、ローランドは殿下に何かを告げると、こっちに向かって走ってきた。周囲の令嬢がざわつき始める。これはまずい。
「殿下の見物?それとも、俺を見てたのか?」
ローランドがそう言うと同時に、ヘザーが私との間に入った。私を好奇の目からかばってくれている。
「まさか。どっちもないわね。興味ないもの」
「お前、俺や殿下を捕まえて興味ないって」
「俺様男子は好みじゃないの。殿下の性格は知らないけど、知りたいとも思わない」
「手厳しいなあ。俺も可愛げのない女子には、全く興味ないけどな」
ローランドとヘザーは、何かにつけて張り合っているところがある。もちろん、たいていはローランドが負けるけど。
「クララ、もう大丈夫か?」
「ああ、うん。平気……」
どうしよう。ピアノ室でのことを思い出すと、なんだか火照ってしまう。ハニー・トラップの効果絶大!いくら女に興味ないとは言っても、ローランドは男子。キス攻撃なんて反則だ。
「ヘザーも世話になったな」
「ローランド、あんた空気読みなよ。私たち浮いてるんだけど」
「うるさいな。分かってるよ」
ヘザーに怒られて、ローランドはちょっとバツが悪そうだった。でも、爽やかな笑顔を向けられると、ついつい許してしまうのは幼馴染だから。
「私も、分かってるから」
なにげなくカイルのほうを見ると、目が合ってしまった。こっちを見てた!ポーカーフェイスだけど、やっぱりカイルはローランドが気になるんだ。
俺様なローランドとツンデレのカイル!やだ、二人のカップリングを想像すると、なんか照れる。顔が赤くなってしまう。
次の瞬間、急に目の前が暗くなった。ローランドの腕が私の頭を抱えている。これは、もしやラリアート!いつもは、護身術の手合わせでしか技はかけてこないのに、なんでここで?
ローランドのフェイント攻撃に驚いて、周囲から女子たちから悲鳴が上がった。大乱闘になったりしないから別に大丈夫なんだけど、なんでこのタイミングで技をかけるかな。ローランドって鈍感?
「見るなよ」
カイルを見ないように、目潰し攻撃を仕掛けた? カイルに近づいても話してもいないのに、ローランドの心が狭すぎる!
「朝から女といちゃつくな。向こうに戻れ」
すぐ近くでカイルの声がした。あからさまに女子を敵認定して、わざわざローランドを呼びに来た!ローランドは私をサッと離すと、カイルとじゃれあう。これが痴話げんかっていうもの?
「クララ、俺の言うこと守れよ」
ローランドは一方的にそう言い残して、カイルの肘を引っ張って一緒に駆け出した。
ここまで私をライバル視するなんて、ローランドってちっちゃい男!でも、ちょっとかわいいか。爽やかイケメンが独占欲を爆発させているって、素敵かもしれない。
「……なんか朝から、イイモノ見たねえ」
私がそう言うと、ヘザーは大きなため息をついた。
「あんた、何したのよ?」
「え、どうかしたの?」
「カイル・アンダーソンと知り合いなの?」
「うん、話したでしょ。市場でゴロツキを追い払ってくれた人よ。お姉様方の呼び出しのときも助けてくれて」
「え?何、その呼び出しって」
そういえば、その話はしてなかった。事情を説明すると、ヘザーはローランドのせいだと憤慨した。
「ろくなことしないわね、ローランド。私までいろいろ質問責めにされるのよ。さらに要注意だわ」
ヘザーはその後、あれこれと今後の対策を練ってくれたのだった。親友って、本当にありがたい。
『鈍感男爵令嬢クララと運命の恋人 ~ 選ばれし者たちの愛の試練~』の「10. 眼鏡男子参上」とほぼ同じ内容です♪