15. 殿下の帰還
『鈍感男爵令嬢クララと運命の恋人 ~ 選ばれし者たちの愛の試練~』の「10. 眼鏡男子参上」の視点違いです。
「飽きずによく集まるな」
「ローランド、聞こえるぞ。これも仕事の一つだ」
「分かってるさ。ただ疲れるんだよな」
「お前はサービス精神が旺盛すぎる」
「殿下の代わりに、人気取りの愛想を振りまいてんだよ」
「そうだな。これからも頼むよ」
殿下は恐ろしいくらいに整った笑顔で、シレっと面倒な役割を押し付ける。いつもこうだ。綺麗な顔の下は、腹黒い策略家。
殿下を囲む側近候補生。その先頭で、僕は殿下に向かっていつも同じ愚痴を漏らす。それに対する殿下の返答もいつも同じ。
筆頭公爵家の一人息子。父は宰相。王太子と同じ年。すべてを兼ね備えた適任者と、学齢に達する前から僕は「ご学友」として殿下に従っている。つまり、気心が知れた仲ということだ。
生徒たちは殿下を一目見ようと、正門が見える場所にざわざわと集まっていた。男子は将来のコネ作りのために。女子は玉の輿のために。
僕たちが正門をくぐると、キャーっという歓声が響く。どこからあんな声が出せるんだか。頭痛がする。なんとか笑顔を作って見回すと、渡り廊下にクララを見つけた。
『ほら、ローランドよ。大人しくしていると思ったら、殿下のお供だったのね』
ヘザーの声が聞こえた。わざわざ僕だけに届くように、魔伝を飛ばしてくる。自慢か。この二週間で、どこまで能力を伸ばしてんだ。稀代の秀才に、うかうかしていると追い抜かれる。
それに引き換え、クララはヘザーの隣できょろきょろしている。相変わらずトロい。
『情報は武器よ。ペンは剣より強いの』
誰に対するマウントだ!まさかと思うけれど、僕のコネで就職を希望してるのか?
ヘザーは社会面担当の新聞記者を目指している。とにかく情報収集に暇がないけれど、その情報源に偏りがあると、本人は気が付いていない。
『殿下は、金髪で青い目だったと思うわ。あ、あれじゃない?眼鏡をかけている人』
なんで、そこを強調するかな。クララは『幼い頃に遊んだ眼鏡の王子様』を覚えていない。せっかく忘れているのに、そこを意識して見たら余計なことを思い出すかもしれないだろうが!
クララの視線が、ようやく僕らににたどり着く。殿下はどう考えても集団の先頭なのに、相変わらずそういうところにも疎い。こっちを見たと思ったら、また視線を後ろのほうに戻す。一体、何を探しているんだ。後方にいるのは騎士。まさかカイル?
「ローランド、あそこにいるのは許婚だろう」
殿下が僕の肩に手を置いて、耳元でこっそり囁く。同時に、みなの視線が一斉に僕たちのほうに集まった。もちろん、クララの目も僕らに釘付けだ。
僕たちの容姿は、非常に一般受けがいい。二人で語り合う様は、神話の世界のようだと言われる。お前ら、神様を見たことあるのかよ?全くバカバカしい。神格化される人間の身にもなってほしい。
「果樹園のあの子だ。懐かしいな」
殿下はクララに向かって、にっこりと微笑んだ。うそ臭い笑顔の裏で、何を企んでいるんだか。女生徒たちから、ヒステリックな悲鳴が上がる。
「殿下、少し話してきてもいいでしょうか」
「ああ。今度、私にも会わせてくれ」
冗談じゃない!僕は返事もせずに、クララの元に走る。僕が近づくとヘザーが間に入った。不敵な笑みを浮かべている。怖い。
「殿下の見物?それとも、俺を見てたのか?」
「まさか。どっちもないわね。興味ないもの」
ヘザーはブレない返答をする。嘘つけ、僕たちを見てただろうが!どうして、こうも素直じゃないのか。黙っていれば美人なのに、ヘザーは容姿での評価が嫌いならしい。
「お前、俺や殿下を捕まえて興味ないって」
「俺様男子は好みじゃないの。殿下の性格は知らないけど、知りたいとも思わない」
「手厳しいなあ。俺も可愛げのない女子には、全く興味ないけどな」
ヘザーはふふんと鼻で笑った。いつも通りの展開だな。これはこいつなりの友情表現。
「クララ、もう大丈夫か?」
「ああ、うん。平気……」
「ヘザーも世話になったな」
ピアノ室ではやり過ぎた。ヘザーが来てくれなかったら、面倒なことになっていただろう。本当にこいつには頭が上がらない。
「ローランド、あんた空気読みなよ。私たち浮いてるんだけど」
「うるさいな。分かってるよ」
そう謝りながらも、とっておきの笑みを向けると、二人は顔を見合わせてからため息をついた。子供の頃から、だいたいこの手で丸め込める。こいつらはなんだかんだ言っても、僕の味方なんだ。
「私も、分かってるから」
クララはカイルのいる方に視線を移して、なぜか赤くなった。カイルもクララを見ている?なんなんだ、こいつら。一体どういう関係だよ。
クララの目を自分の腕で覆うようにして抱き寄せると、周囲の女子たちから悲鳴が上がった。構うもんか。好きに叫べばいい。
「見るなよ」
クララの耳元でそう囁いたのと同時に、殿下の魔伝が頭に響く。
『困っているじゃないか。もう戻れ』
クララは困ってなんていない。どっちにしろ、殿下には関係ないことだ。悪い虫を寄せつけないためには、このくらい派手な演出が必要なんだ。
誰が見ても超絶美少女。うかつには近づけない高嶺の花。太陽に輝く黄金の髪も、宝石のように煌くアメジストの瞳も美しい。彼女の側で見劣りしないのは、僕くらいだと見せ付けておきたい。
「朝から女といちゃつくな。向こうに戻れ」
僕を連れ戻しに来たのは、他でもないカイルだった。殿下の差し金か。
「お前こそ戻れよ」
「いいから、来い!殿下の命令だ」
「分かってるよ。クララ、俺の言うこと守れよ」
僕がここにいる限り、カイルもここを離れない。それが殿下の命令だ。カイルは殿下の腹心の部下だから、その指示に逆らえない。
カイルの肘を引っ張って、殿下の元に戻ることにした。とにかく、カイルと殿下をクララの視界から消したい。ただ、それだけしか考えていなかった。