14. 丘の上の天使様(クララの視点)
入学してから二週間が過ぎる。衝撃的だったのは初日だけで、あとは特に変ったことはなかった。
私は普通科なので、魔法科のヘザーとクラスが離れてしまった。もちろん、同じ科であっても能力順で振り分けられるので、秀才ヘザーと同じクラスにはなれないけど。
ローランドの姿も見えないし、お姉様方も何も言ってこない。おかげで面倒には巻き込まれていないけれど、初日から目立ってしまったせいで、なかなか新しい友達ができない。
「大ニュースよ!明日から、王太子殿下が戻られるんですって!」
今朝から、この話題でもちきりだった。特別クラス再開準備のせいなのか、今日の授業は休講や自習が多い。
四時間目とランチをはさんだ五時間目が空き時間になったのに、私にはまだ一緒に行動する友達がいない。
しかたがないので、早めにお弁当を食べてから、私は教室を抜け出した。お天気もいいし、庭園を探索してみよう!
この学園は、広大な敷地に建てられている。庭園を歩いていくと、すこしだけ小高い丘が見えた。そこからは緩やかな芝生の斜面が続いていて、ずっと下のほうに大きな川が流れている。向こう岸は街だ。
私はさっそく芝生に寝転んで、高いところを流れる雲をぼんやりと眺めた。太陽はポカポカと暖かく、時間を潰すには最高!
そうしているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
「君!大丈夫?こんなところで寝ていたら、風邪を引くよ」
私はうっすらと目を開けた。この声、どこかで聞いたことがあるような……。
目の前には、心配そうに私を覗き込む天使がいた。サラサラと額にかかる髪は薄茶で、目は海のような深い青。甘く整った目鼻立ちと、引き締まった口元。
残念イケメンさんだ!
そう思った瞬間、私はガバッと飛び起きた。そして、残念さんに、思いっきり頭突きをしてしまったのだった。
「ご、ごめんなさい!驚いてしまって!あの、大丈夫ですか?」
額を押さえてうずくまる残念さんに、私はオロオロしながら声をかけた。
「いや、大丈夫。僕もちょっと驚いただけで」
瞳にうっすら涙を浮かべて、残念さんは顔をあげた。おでこが少し赤くなっている。急いでその場に横にならせる。
「本当にごめんなさい。少しだけ休んでください」
水筒の水でハンカチを湿らせ、残念さんの額に当てる。少しは痛みが引くといいんだけど。
「ありがとう。もう大丈夫」
しばらくすると、残念さんは起き上がって微笑んだ。やっぱり綺麗な顔。
「本当にすみません。しばらく、冷やしておいてください」
「いや、僕こそ、驚かせてしまってごめん。ここに人がいるのは珍しいから」
思った通りこの人は貴族で、上級生だったんだ。この口ぶりだと、よくここに来るんだろうか。
「ここには初めて来たんです。授業がなくなってしまったから」
「君はやっぱり、この学園の新入生だったんだね。平民には見えなかったから、そうじゃないかと思ってたんだ」
あの日の町娘の変装はバレちゃってたのか。まだまだ修業不足だなと思っていると、残念先輩が突然笑い出した。どうしよう、やっぱり頭突きのせいで、おかしくなっちゃった?
「あの、大丈夫ですか?」
「いや、君と会うと、いつも痛い目に遭うと思って」
そんなこと……、あるか。羞恥に赤くなった私を見て、残念先輩は失言に気がついたのか、慌てて言い添えた。
「ごめん。そういう意味じゃないんだ。この間も今日も、僕が悪かったから」
残念先輩は笑うのをやめて、真剣な眼差しでこっちを見た。
「その、あれは、僕の勘違いだった。どうやら、女性を口説く手管だったらしいんだ。本当に申し訳なかった。実生活では、自分から女性に気持ちを伝える機会がなくて」
やっぱり!かなり箱入りのお坊ちゃま。きっと生まれたときから婚約者がいるような高位貴族!
「もういいです。何か誤解があると思ってましたし。でも、ああいうことは、簡単にしないほうがいいですよ。女性に期待させますから」
「君も期待してくれた?」
「は?あの、私の話、聞いてました?そういうのがよくないって言ったんですが……」
「ああ、そうか。うん、ごめん」
残念先輩は、素直に非を認めた。うかつな人だけど悪気はないし、ちょっと心配になるくらい天然だ。
「もう、お互いなしにしましょう! 今日の頭突きは、私のせいですし」
私がにっこり笑ってそう言うと、残念先輩もにっこりと笑った。
「学園で会えると思って、あのときのお礼を持ってきてるんだ」
残念先輩はポケットから、小さな袋を取り出した。包みの中には、金色のハートの土台にアメジストがついた、かわいいネックレスが入っていた。
「君の髪と瞳の色だから。きっと似合うと思って」
確かに、私の髪は濃い金色で、瞳の色は深い紫だ。そういえば、あのときも髪と目を褒めてくれたっけ。もちろん、社交辞令だけど。
「ありがとうございます。でも、よく知らない男性から、アクセサリーなんていただけません」
「そういうものなの?」
「そういうものです」
残念先輩は、明らかにがっかりした顔をする。それでも、やっぱりもらえない。ローランドのことで私には色々な噂が立っている。婚約者のいる人を巻き込んだら申し訳ない。
「もう戻らなくちゃ。先輩、本当にすみませんでした」
「待って!僕はアレク。君は……」
「クララです」
「かわいい名前だね。僕と友達になってくれないか?」
「え?あ、はい」
友達。この学園に入って初めての友達!そう思えば、断ることなんかできなかった。残念な先輩だけど、悪い人じゃなさそうだし。
「また、ここに来て。待っているから」
校舎に向かって駆け出した私の背中に、アレク先輩はそう声をかけたのだった。
『鈍感男爵令嬢クララと運命の恋人 ~ 選ばれし者たちの愛の試練~』の「9. 丘の上の天使様」と同じイベントが発生しました。