13. カミングアウト(クララの視点)
ふと気がつくと、保健室のベッドの上だった。心配そうに覗き込んでいるのはヘザー。
「クララ!気がついてよかった」
えーと、私は何をしてたんだっけ?確か、ローランドとピアノ室で……。
「貧血で倒れたんだってね。連絡もらって驚いたわ」
あれ?なんか話が違うけど、そういうことになってるの?
「待たせちゃって、ごめん。なぜか上級生にあちこちで話しかけられて、なかなか中庭に戻れなかったのよ」
それって、あのお姉様方の足止め工作じゃ?そういえば、中庭にもやけに人が少なかったような。
「ローランドの友達から、治癒魔法を受けたんだってね。貧血なんて、拒否反応かしら」
ヘザーからも、治癒魔法のことは秘密にするよう念を押された。他人の魔力に関しては、うかつに口外すべきじゃないらしい。
「それにしても、何かあったの?ローランドから、あんたの見張りを頼まれたけど」
「はあ? 何それ! 交友関係のことで、ちょっと揉めたけど……」
かなり端折っているけれど、嘘は言ってない。絶対に突っ込まれると思ったのに、ヘザーはあっさり頷いた。
「困った男よね。独占欲が異常に強い。どうせ、やきもちでしょ」
ヘザー、鋭い! その通り。あれは明らかに嫉妬。じゃなかったら、あんな無茶苦茶な牽制をするわけない!いつものローランドなら、適当に茶化すだけで、あんな真面目なことは言わない。
あの言葉を思い出すと、ついつい顔がにやけてしまう。
『好きなんだ。誰にも取られたくない』
ローランドが、好きって言った。誰にも取られたくないって。カイルが好きだって! カイルを私に取られたくないって、確かに言った!
噂のボーイズ・ラブ。あの二人がそんな関係だったなんて。カイルは女嫌いじゃなくて男好きだったんだ!お似合いのイケメンが二人。愛には年の差も国境も性別も関係ない。
『今度あいつとベタベタしたら、その口をまた塞ぐからな』
ローランドの嫉妬は異常!あの無茶振りこそ愛の証。カイルとは、別にローランドが気にするようなことなかったのに。
『あいつが触ったところを、そのままにしておけるか!これは俺の問題なんだ』
まさに未知の世界。禁断の恋の領域。男子の愛と美しい倒錯の世界。頭の中にモヤモヤとした妄想が浮かんで、つい顔が赤くなってしまった。尊いかも。
『あいつの魔法のこと、誰にも言うなよ』
治癒魔法はものすごく希少だとか。使い手は他国の戦場に呼び出されることもある。ローランドはカイルを守りたいんだ!
私が知らないだけで、舐めると魔力の痕跡を消せるのかもしれない。つまり、カイルに近づく女たちに、ローランドはいつもああいうことしているってこと?片っ端からあの宿に連れ込んで?
それはよくない。断じてよくない!絶対にやめさせなくちゃいけないと思った。
『でも、こんなことはやめなよ』
『こんなこと?』
『男女で密室に……』
『大丈夫、失敗したことはない。場数だけは踏んでるから』
『場数って。それがダメって言ってるの!』
今まで通報されなかったのは、単にラッキーだっただけ。訴えられたらローランドの将来どころか、おじさまの地位も危ない。相手も外聞を気にして公にしないかもしれないけど、ヘザーにバレたら半殺しにされる。
まさに死活問題なのに、なぜかローランドは怖がるどころか笑顔を浮かべていた。あれが死をも恐れないという愛の狂気!
それでも、なんとかローランドは分かってくれたと思う。もう、嫉妬に駆られて危ない橋を渡ったりはしないはず!
大丈夫、ローランドのことは私が守る。だって、こんな重大なことを打ち明けてくれたんだもの。精一杯、応援する!
『ローランドの真剣な気持ち、私は知れてうれしかったよ!大丈夫!頑張って』
そりゃ、世の中は同性愛とか男色家に対する目は厳しいし、おじさまも卒倒しちゃうかもしれないけど。でも、私は進歩的な現代女性だから!
理解を示す意味をこめて、ローランドの手をギュッと握って激励した。それなのに、ローランドはさらに攻撃……というか、口撃してきた。
容赦ない息ができないようなキス。逃げようにも身動き一つ取れなかった。だんだんと意識が朦朧としてきて、酸欠になった。貧血じゃなくて窒息!
『約束は守る。お前も今日のことは秘密にしろよ』
あれが、いわゆるハニー・トラップ!あんなこと、もちろん誰にも言えない。つまりは弱みを握られたってこと。それほどまでに、ローランドは……。
黙り込んで状況の整理をしていた私に、ヘザーは大きなため息をついた。ヘザーは鋭いから、色々ともうバレているのかも。でも、犯罪の芽は摘めたし、そこは心配しなくてもいい。
「しょうがないよ。なんか夢中みたいだし、応援してあげて」
「何を……応援してって、言ってる?」
「え、だから、その、ローランドの恋」
ヘザーは一瞬きょとんとしてから、曖昧な笑顔をつくった。こんな微妙な反応するなんて、やっぱり彼らの愛の真実を知ってるんだ!
「へえ、クララ、やっと気がついたんだ。でも、私はずっと応援してたけど……」
「ええっ!いつから知ってたの?」
「いつって、そりゃ、ずいぶん前から」
「すごいっ!さすがヘザー。情報通!私、全然知らなかった」
「あいつ、意外と不器用だしね。そっか、とうとう暴露したんだ」
ヘザーは感慨深げに、うんうんと頷いている。
「そう!本気なんだね!」
「ちょっと、あんた。意味分かってる?」
「もちろんよ!愛はすべてを超えるの」
「ああ、そう。はいはい。よかったね」
ええ?何、その冷めたコメント。でも、ヘザーに興味なくても、別に不思議じゃない。嫌いな人はとことん嫌いな世界だし。
そのときは、なんとなく会話が噛み合わないとは思っていた。それでも、自分がとんでもない勘違いをしていることには、全く気がついていなかった。