深界
この作品には自殺を示唆する表現が含まれています。
苦手な方は閲覧に注意してください。
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肉、人は目を持たないただの肉塊。
コンクリートの上、四つん這いと手探りで彷徨い歩いている。
手のひらも、膝小僧も、赤く削れて爛れている。
或る日、湖に落ちた。苦しくて静かな湖だった。
皆は水の音に気遣って「どしたの?」だの「大丈夫そ?」だの。
僕が一言「平気、平気。」そう言えば皆は「良かった〜。」とか言いながら再び探り合いを始める。
社交辞令の時雨だな。
「誰も、僕を解らない。」
もっとみんなに心配して欲しかったとかそういうことじゃない。お互いに解らない同士なのに「何処怪我してんだろ。」とか「この傷そんなに痛くないでしょ。」とか思いながら「痛かったね、辛かったね。」と傷を舐め合うのはもう、うんざり。
そういうのは心許してる同士じゃないと意味ないじゃん。
僕は誰も信じられない。目に付くもの、耳に入るもの全てを疑って生きてきた。
信じられる人は君一人で十分だよ。信じるのも、慰め合うのにも言葉なんて要らない。ただお互いの体温を中和し合うだけでいい気がする。
でもね、その空っぽの言葉を死物狂いで求めてる人たちも少なくはないみたい。
「僕も、人が解らない。」
僕は湖に落ちたとき、服が身体にしがみ付くような気色の悪さと同時に得体のしれない開放感に包まれた。もう、面倒臭い挨拶や慰めをしなくてもいいからだろう。
最初のうちは浮いたり、沈んだりしてたけどそれにも疲れてきて、近頃は湖底で静かに気泡を吐きながらいつか息が絶えるのを待っている。
既に底まで着いているのにも関わらず僕の身体はもっと奥まで沈もうとしていた。背中は長い時間をかけて砂利や砂を侵食した。
気が付けば僕の苦しみは飽和点に達していた。そこには砂利も砂も生温い湖水もなかった。ただ真っ白の四角い部屋に同じ色の椅子と机だけがあるような、小さな熱帯魚が一匹しか居ない大きな水槽のような、そんな虚しさのある場所だった。
ついさっきまで僕を煩わせていたものは知らぬ間に乾いて消えていた。
これが幸福というものなのかもしれない。と僕は思った。『幸福感というものは、悲哀の川の底に沈んで、幽かに光っている砂金のようなものではないだろうか。』と、いつだったか小説で読んだようなことを思ったりもした。
ただやはり、生きようとだけは思えなかったし思う必要もないと思った。いつかどこかのタイミングで。例えば私を今縛っているものがなくなったら、と考えていた。
そんなある日に、私は君に出会ってしまった。君は私と同じ場所にもしくはより深いところに居た。君と死にたい。そう思ってしまった。
君と死ぬためなら、あと少しだけ生きてみても良いかもしれない。そう考えるようになってしまった。
嗚呼解らない、解せない。ついさっきまであった死への焦燥は何処へ行ったのか。それどころか「私はこの人と死ぬんだ。」という安心のような気迫のような。そんなものを持ってしまったようだ。
「私も私が分からない。」
「私は何もわからない。」
「ただ何もわからないことだけを知っている。」
『無知の知』
私は早すぎた。
二人は、長くは続かないことを祈る旅に出かけました。