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WING  作者: 柚月 ぱど
SKY 前編
7/31

SKY 6

 辺りがだいぶ暗くなってきて、街灯――数は少ないが――もその明かりを灯し始める頃。僕たちはようやく大橋を渡って町の北側へ戻ってきていた。この後はそのまま砂利道を真っ直ぐ北へ進み、商店街を西へ抜ければ住宅地だ。まぁまぁ遅い時刻になってしまったようだがそもそも僕に心配してくれる人などいないので、そこまで気にする必要はないと言える。逆に言えば水瀬の家族は心配すると思うので、少し足を早めた方が良いかもしれない。水瀬は女の子だし、ご家族に迷惑をかけるのはやはり違うだろう。

 そんなことを思って、少し会話のペースを落とし歩くことに集中する。集中すると言っても走るわけではないのでそこまで神経を要する作業ではないが。砂利道を歩いていくとすぐに夜の雰囲気を伴った商店街が見えてきて、ようやく人工の明かりが見えてきたことに多少の安堵感を覚えた。

「ごめんね、少し遅い時間になっちゃったね」

 一応謝罪しておくと、水瀬は慌てたようにパタパタと両手を振って否定してくれる。

「全然大丈夫。私も喋るのに熱中しちゃってたから。こちらこそごめんね」

 水瀬の謝罪に対して平気だと返して、僕たちはそのまま商店街を突っ切るように進んだ。

 僕たちは町の南側を散歩して様々なことを話していた。僕たちの会話は長く続いて、お互いに考えることが似ていることも判明する。。そうしてしばらく会話に熱中していたが僕たちはふと既に時刻が夕方近いことを悟って、急いで町の北側に帰ってきたのだ。本当はもう少し会話に集中したいところだったが、時間を無視するわけにはいかないので仕方がない。

 そうして違和感を覚えたのは、その段階。商店街を歩いていた頃だった。

 性格上僕は人の視線というものに非常に敏感だ。例えば同じフロアに人がいるかどうか判別がつくくらいに。それは別に特殊能力というわけではなく、ただ単に人の気配に恐ろしく鋭いというだけだが。まぁだからこそ人と一緒にいると気疲れしてしまうのだが、今回はそういう意味ではなく、なんとなく思考を刺激するものを感じた。

 背後からの視線。それはただ僕たちを偶然視界に入れてしまったというわけではなく、こちらをしっかりとした目的を持って観察している感じ。全身を舐めるような視線が僕を、そしてそれ以上に隣を歩いている水瀬に向けられている気がした。偶然かと思って最初は水瀬との会話に集中しようと心掛けたが、件の水瀬の方も何か感じているらしく言葉の節々にあからさまな間隔が空くようになる。背後を振り向いて確認しておきたいところだが、その気持ちを実行に移す前に慎重に考えを巡らせる。

 水瀬も背後からの視線に気が付いているはず。だけどこちらに何も言わず、ただ無言でやり過ごそうとしていた。それには何か理由があるのではないか――疲れが多少溜まって愚鈍になりかけた頭で冷静に考える。思いつく限りでは、振り向くと何か弊害が生じるからか。それともこちらを観察している相手に勘付かれたくないからか――そこまで思考して、ある結論に至る。それはしばらく商店街を歩いていてもその怪しい視線から逃れられないからであって。いつまで経っても観察者の視界から脱せないということは、観察者が移動していることになる。そうなると答えは一つだ。――僕たちは追いかけられている。そこまで考えが及んで、僕の脳内は混迷を極めてしまう。尾行など何かの勘違いじゃないのか。確かに僕の感覚は何者かの視線を知覚しているが、それは間違いではないのか。しかし僕の感覚が間違っていると仮定しても、水瀬の変化に説明がつかない。彼女は明らかに言葉の排出をおぼつかせているし、なんだか背中を気にしている気配を感じる。それも偶然だとしたらもう状況を判断するファクターに欠いてしまうわけだが、こういう状況に置いて、僕はどのような行動を選択するべきだろうか。これは仮定事項の問題だ。何をどう仮定するかで、状況判断が大きく異なる。僕たちを観察する視線は何か嫌な雰囲気を感じていて、それ以上に危険な香りを醸し出している。脳の疲れで鋭敏化された僕の感覚はナイフのように鋭くて、背後からの視線を無視できないものとして判断していた。ならどうする。逃げるか――そこまで考えが至って、僕はまず無難な選択肢を取ることにする。

「ねぇ、ちょっと鍵を落としちゃったらしいんだけど、探して来てもいい?」

 何ら他意などないようにそう水瀬に尋ねる。この発言に対してどのように対応するかによって今後の方針が定まるはずだ。リラックスした雰囲気を醸し出しながら水瀬の方を見やると、彼女は慌てたような表情になった。――どうやら僕の感覚は間違っていなかったらしい。水瀬の様子を確認すると、僕はそのまま無言で歩き続けた。水瀬もどうやらこちらの意図を察したのか、そのままこちらの隣を歩いてくれる。

「あれは何?」

 もう隠す必要などないので、僕は顔を正面に向けながらそう尋ねた。このようにして喋ることで相手に勘付いたことを悟られないはずだ。彼らは明らかにこちらを目標として観察している。学校の連中が傍から見て噂しているのとはわけが違うのだ。それも視線は一つではない。二つ以上の注視線が僕たちに注がれていて、それだけで状況のイレギュラーさを語っていた。

「わからない。最近良くこの辺りにいるの。私を見ているように感じるんだけど、やっぱり間違いじゃないのね……」

「ストーカーってこと? でもいくつか視線を感じるけど……」

「それもわからないの。何人かに見られているのはわかるんだけど、それ以上は」

 水瀬の方も顔を正面に向けながら、こちらの質問に答えてくれる。正体がわからないとなると手の打ちようもないのだが。というかこのような危険な状況なら交番にでも駆け込みたいところだが、別に実害を被っているわけではないので、まともに取り合ってくれないだろう。そう考えると今できることは連中を冷静に振り切ることくらいだった。

 僕は怪しまれないように視線を巡らせて、硝子か鏡がどこかに設置されていないかを探す。こういう場合は見咎められないように後方を確認した方が良いらしい。SFものの小説で学んだことだが、こんな場所で生きることになるとは。すると近場にショーケースらしきものが設置されていたので、僕はそれを使って後方を確認する。主婦たちが多く点在する視界の中に、やはりこちらを観察する影があった。彼らはラフな服装に身を包んでいたが、なんだか只者ではない雰囲気――まるで警官を前にしているような緊張感を伴っている。やはり危険な臭いを感じた。ようやく本当に自分たちに何か危ないことが降りかかっていることを意識して、唇が渇いていく。今までに経験したことがない緊張感が全身を巡り始めた。

 しかし水瀬の口ぶりでは、何か接触をしてくることはなさそうに思える。このまま放っておいても大丈夫な気もするが、やはり危険性もあるだろう。このまま商店街を西へ抜ければ住宅街へ続いているが、街灯も少なく単純に危険だ。そう考えると一旦連中を巻いた方が賢明かもしれない。しかし彼らに勘付いていることを露見させてはいけないので、塩梅が重要になる事柄だった。

 とにかく、周囲を冷静に観察する。そうすると二つ先の曲がり角が、かなり複雑な路地裏になっていたことを思い出す。ここへ越してきた際に間違えて足を踏み入れて散々迷った経験があるから、あの場所だけは土地勘があった。素早く思考して、僕は水瀬に指示を出す。

「二つ先の曲がり角を曲がろう。少しだけ歩くのを早めるよ」

 顔を正面に向けたままそう呟くと、水瀬は少し緊張した様子でうんと返してくれる。

 そのまま商店街を歩いて、背後の連中の視線に意識を飛ばす。やはり彼らはまだこちらを追いかけているようで、その視線に揺るぎはない。意識を前に戻すと、運の良いことに主婦の一団がこちらに歩いてきていることに気が付く。上手く利用できれば尾行を躱せるだろう。

 そうして僕たちは主婦の一団とすれ違った。一団は恰幅の良い主婦で構成されているから目隠しには持って来いだ。僕は一団とすれ違った瞬間、水瀬の腕を引いて目的の路地裏へ駆け込む。

 水瀬は走ることを予想していなかったのか少しだけ驚いたようだったけれど、こちらの意図に勘付いたのか足を合わせてくれた。そのまま路地裏を駆け抜けて、僕たちは追手を振り切ろうと躍起になる。しかしやはり連中も僕たちを追っていたことは確かなようで、後方からいくつかの足音が聞こえてきた。しかしここは路地裏だ。連中に土地勘があるかはわからないが、こちらの方が先手を打っているので逃げ切れる可能性は高い。だけど逃げたとして、僕たちはどこへ逃げれば良いんだろうか。この状態で家へ直接帰ってしまうのは危険な気もする。僕の家がどうかはわからないが、状況的に水瀬の家が割れている可能性はあった。そう考えるとしばらくどこかで時間を潰して、彼女を自宅まで送り届けた方が安全だろう。

 そう思った僕は、彼女の手を引きながら路地裏で何度目かのカーブを横切った。必死に駆けていたところだったが、そこでふと後方から押し殺したような笑い声が聞こえる。それはもちろん水瀬のものであって。彼女はこのような状況下にありながら、本当に楽しそうに笑っていた。僕は彼女が笑う理由について良くわからなかったが、それでも、なんとなくこんなおかしな状況に、同じように心躍っている自分がいることに気が付く。

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