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WING  作者: 柚月 ぱど
EARTH
18/31

EARTH 3

 病室から出ると、やはりものの焼ける臭いが強く、かなり近くまで火の手が迫っていることを悟る。鼻腔を刺激する焦げるような香りがこちらの危機感を煽るが、それでも味方らしき人々に保護されているという安心感が先行していた。そもそもこのような状況に普通の高校生が巻き込まれていること自体がイレギュラーである。短機関銃が出て来たり大量の遺体が放置されていたりと。それに秘密組織らしき連中がお互いに戦いあって、殺し合いをしているという事実。全く現実感というものに欠いてしまっているし、目の前で実際に行われていることだとは言え簡単に信じることができないほど浮遊感を伴ったリアルだ。目で見えたものだけが真実だという言葉もあるけれど、決して目で見えているからと言ってそのまま信じられるとは限らないという事実を目の当たりにしていた。

 僕の手錠を破壊してくれた男性は斥候なのか、少し僕たちより先行して周囲の状況を警戒してくれている。僕の周りには数人の男たちがいて、彼らは僕を直接保護する係なのかVIPを保護するシークレット・サービスのようにこちらを守ってくれていた。男性を含めた彼らが一体どのような組織に所属していて、そしてどのような命の下に僕を保護してくれているのかは全く知らなかったけれど、今のところ彼らを信じてついていく他ない。僕を監視していた黒服たちを射殺したことから考えるともちろん女性の指揮する一団とは別命で動いているのだろうけど、やはり敵対組織の人なのだろうか。まぁ本音を言えばあのうざったい女性に監視され続けるよりかは、人の良さそうな男性についていった方が本能的に安全だと僕は断じたわけだが。どちらにせよ人を殺すことに躊躇の無い連中ということには変わりないので、冷静に素性を明らかにする必要はあった。隙を見て逃げ出すのも手かもしれない。しかし施設から出るまでは行動を共にした方が良いだろう。

 男性は恐らく下の階へ降りる階段を目指しているのか、施設の中央へ向かっていた。この施設の人々も僕を探しているという彼の言葉。その発言に嘘はないだろうが、そうなるとやはり火の手から逃げつつこちらへ迫ってくる施設の人間も払う必要があるということ。そう考えると見通しが良い中央階段を使うのは悪手なように思えた。しかし逆に、この施設の非常階段――場所は知らないが施設の規模的に十中八九設置されているだろう――を使って階下へ向かおうとなると、部隊の人数的に僕を含めて五人だし、かなり場所を取ってしまう。それに非常階段で敵と遭遇したとなると、後退しにくいし、もし前後で挟まれた時に逃げ道を失ってしまう可能性も考えられる。もちろんこの一団を先導している男性は僕なんかよりよっぽど頭を回しているだろうが、この僕でさえ非常階段は危険だと思うのだから、恐らく中央階段を使うのは好手である。もちろん敵と遭遇してしまう確率は非常階段を使うより高いだろうが、リスクヘッジを考えると妥当な選択肢だ。そのような一面からも、僕は部隊を先導している男性に少しだけ安心感が湧いた。

 少し前進するとすぐに中央階段へ到着する。部隊に先行していた斥候の男性は慎重に短機関銃を構えながら階下の確認を行ったが、こちらに対してハンドシグナルで大丈夫だとサインを出してきた。それを受け取った部隊の仲間はこちらに頷いたので、僕は彼らと足並みを揃えて階段を下りて――

 刹那。

 急に全身を横方向のベクトルが作用して、僕は身体を階下の方へ吹っ飛ばされる。全く身構えていなかったからそのまま階段を転げ落ちてしまうが、ある程度のところで受け身を取れたので、頭から落下してしまうといった事態は免れた。僕は階段に対して受け身を取りながら転がり落ちたが、階段の踊り場付近で斥候の男性がこちらを受け止めてくれる。かなり勢いがついていたからそのまま踊場へ落下したら打撲は確実だったので、各所の打ち身で手打ちとなった。僕はそのまま反射的に立ち上がって、一体何が起こったのかを確認する。

 階段から落下していて気が付かなかったが、どうやら僕を突き飛ばしたのは部隊員の人だったらしい。彼はまだ階段の上部にいたが既に全身を拳銃弾が貫通していて帰らぬ人となっていた。他にいた斥候以外の部隊員も同じような状況で、皆が何者かによって射殺されている。屍体は数秒前まで僕が立っていた場所に三つほど転がっていて、崩れ落ちた勢いで階下のこちらまでゆっくりと転がり落ちて来ていた。

「――くそ。相変わらず手荒な女だ。逃がすくらいだったら殺す気か」

 僕を受け止めてくれた男性は舌打ちしつつそのように吐き捨てた。手荒な女というのは具体的に誰を指すのか知らなかったが、脳裏にはあの女性が浮かんだ。彼女の性格上、男性の指す女はあの女性で恐らく間違いないだろう。それにしたって逃がすくらいなら殺す気か。あの女性の口ぶりから言って元々僕を処分する気だったようだし、他の組織に奪われるくらいだったら先に殺すということか。どちらにせよかなり血の気が多い女だったらしい。今まで手を出されなかっただけ感謝するべきか。

「とにかくこちらの居場所がバレた。中央階段はもう使えない。非常階段へ行こう、こっちだ」

 男性は仲間の方を悔しそうに眺めると、こちらについてくるよう指示してきた。状況的に階上には敵がいるから早く移動しなければ、間違いなくこの男性ごと射殺されてしまう。非常階段まで移動しなければならない手間はあるが、戦闘員が男性一人になった以上、隠れて進むようアクションを変更するべきだ。やはりこの男はある程度頭の回る人らしい。このような危険な状況にありながら、僕は少しだけ男性に感心していた。しかしボーっとしている場合ではない。僕は短機関銃を油断なく構えて先行する男性の後ろを静かに随伴していく。

 状況はあまり芳しくない。背後は既に固められているし、こちらの居場所も既に露見してしまっていた。今やりたいことと言えば一旦どこかに隠れて居場所だけでも有耶無耶にしておくことだったが、施設に火が放たれている以上は内部に長居できない。そうなるとどこかに隠れることは時間的に不可能であるわけで。だとすると素早く現在地から移動しつつ逃げるしかないが、上手くいく確率はどのくらいだ。かといって逃げ切れなかった場合はお終いというわけなので、必死に脱出しようと努力する他ないのだが。

 男性は短機関銃を腰に構えつつ小走りで非常階段を目指していた。僕も遅れないように彼の背後を追いかけるが、気になるのはやはり後ろから撃たれないかということだ。しかしもはや気にかけていても仕方ない。そもそも背後から撃たれればもう対応できないわけだし、そこは天命に預けるしかなかった。僕はいるかもわからない神に祈りつつ走るが、どうやら天命は僕に味方をしてくれたらしい。非常階段に到着するまでに背後から撃たれて殺されてしまうといった事態には陥らなかった。

「俺が先に行くから、後から遅れないようについてきてくれ。大丈夫、敵が来ても何とかする」

 男性はこちらを安心させるように微笑んでくれる。今みたいな現状でこちらの精神面を気遣ってくれるのはありがたく、僕も軽く笑っておく。こちらの様子からまだ大丈夫だと判断したのか彼は僕の肩を軽く叩いてくれて、静かに非常階段を下りていった。僕も一度だけ背後を確認して遅れないよう彼についていく。

 非常階段はその名前が似合うほどに非常用であって、全く飾り気のない階段であった。コンクリートむき出しに防火扉が設置されていて無骨な印象は拭えない。しかし上階や下階を見やったところ敵らしき影はなかったので、そのまま進むことが出来そうだ。

 先行した彼は油断なく短機関銃を構えながら下の階へ進んでいく。その後ろを警戒しつつ付いていっているのが僕だけど、このまま何事もなくエントランスのある一階まで下りられればいいのだが。先ほどの敵は上階にいたから、むしろ脱出口のある下階の方に敵は多くいると考えた方が自然だろう。しかしこちらの戦力は男性一人しかいないため、正面衝突など起こればひとたまりもない。人数差というものは歴然とした戦力差に直結しているはずなので、まず優先されるのは誰にも見つからないようにするということだった。まぁそれが一番難しいことではあったが、遭遇戦になったら勝ち目が薄いので、どちらにせよ隠密行動が最適解であろう。もし階段で接敵すればそれはそれでかなり危険であったが、万が一遭遇するにしても敵は単独であって欲しいものだ。

 緊張の糸を張り詰めつつ階段を下りて行っていたが、不意に階下の防火扉が開く。先を進んでいた男が瞬間的に短機関銃の銃口を防火扉の方へ向けるが、やはりその先から出て来たのは短機関銃を持った敵らしき影だった。僕は敵が階下に現れたのを見て、瞬時に耳を塞いだ。それはもちろん僕を守っている男性が間違いなく発砲すると踏んでいたからで。相手がこちらに気が付いていないと判断される以上、先手必勝が好手だ。今のところ敵は一人しか見えていないが、二人以上いる可能性もある。そう考えた場合、見つかるのが時間の問題であるならば、先に攻撃しておくのが最善手であった。

 男性の持っていた消音器付きの短機関銃が火を噴いて、防火扉近くにいた敵に拳銃弾をお見舞いする。やはりこちらの存在に感知できていなかったのか、敵は全くの無抵抗の状態で頭を撃ち抜かれてその場に崩れ落ちた。破裂した脳みそを見たくなかったためすぐに顔を逸らしたがしかし、その決定的な瞬間を視界に収めてしまう。僕は間もなく吐き気を催したが、ここで戻して時間を食うわけにはいかない。何とか理性で抑え込もうと努めてギリギリのところで嘔吐感をコントロールする。

 敵を射殺した彼は警戒を緩めることなく屍体に近づいていく。この様子だと敵は一人であったようだが、もしかすると複数人で塊まっている可能性もあった。しかし彼が亡骸に接触するまでの間新たな敵が現れることもなく、そのまま遺体の検分を始めていた。なるべく彼から離れるわけにもいかないので、僕は屍体から顔を背けつつも、遺体の方へ近づいていく。彼はすぐに屍体の観察を終えたようだが、その手に恐らく敵が持っていたであろう消音器付きの拳銃を握っていた。

「これを。一応ね。俺に万が一のことがあったら、これと一緒に持って施設からなるべく遠くへ逃げるんだ。そうしたら俺の仲間が君を拾ってくれる。良いね?」

 ハンドルの方を向けられた拳銃と発信機らしきものを手渡されていたが、僕はそれを受け取ることを渋っていた。それはもちろんただの高校生に拳銃など扱えないからで、映画などでしか見たことのない代物だったから、僕が持っていても仕方ないと思えたからだ。それに加えて――

「無理ですよ。僕には撃てません……人なんて殺せませんよ」

 こんなイレギュラーな状況に飲み込まれていながら、僕は通常の倫理観を棄て切れずにいた。それがいつか自分の身を滅ぼすことだとわかっていても、十七の少年が平然と他人を撃ち殺せるわけないのだ。僕は少し前までは本当にただの高校生であって、あまり学校には馴染めていなかったけれど、それでも普通という言葉が似合う学生だった。そんな一介の高校生が拳銃を扱うことができるだろうか。答えはノーに決まっている。考えるまでもないのだ。

 だけど彼は僕の肩を掴むと、言い聞かせるようにはっきりと言葉を紡いだ。

「良いか。君はまだわからないだろうが、広野大地という人間はこの世界において最も危険で、そして最も大切な存在なんだ。世界を滅ぼす悪魔にも、世界を救う神にもなれる。君が世界の起点なんだ。だから俺を含め君を狙っているわけだよ。――君は水瀬飛鳥の友達だった。それだけで君は特別な存在なんだ」

 彼の言っている意味について僕は全く理解できなかったけれど、とにかく自分が狙われていることははっきりした。神にも悪魔にもなれる。世界の起点? 言葉遣いが壮大過ぎて立ち眩みしそうだったが、僕は息を吐いて彼の持つ拳銃を見つめた。――生き残りたいなら結局これを掴むしかない。自分に撃てるかどうかはわからないけれど、持っておいた方が安心だ――そのような感覚で握って良いものではないことくらい痛いほどわかっていたが、それでも僕は彼の差し出す拳銃をしっかりと握りしめて、発信機も受け取っていた。

「――良い覚悟だ。まずはここを出よう。話はそれからだ」

 彼は悲しそうな笑顔を浮かべて、そして僕を階下まで誘導してくれる。僕は予想外に重い拳銃をしっかりと握りしめながら、彼の導きに従って一階まで下りていった。


 一階まで到着して僕たちは踊り場に設置されている防火扉を少しだけ開け、外の様子を確認する。外は廊下になっているが別段敵の影はない。前提としてかなりの数の人員が飛び降りをしていることもあって、そこまで数はいないのだろう。だからと言って気を緩めるわけにはいかないが、これ以上遭遇しないことを祈るだけだ。

 彼は短機関銃を構えながら先を進んで、僕がその後を付いていく。現在施設のどの辺りに自分たちがいるのかわからなかったが、前を進む彼はどうやらこの場所の構造を把握しているらしい。彼は迷う様子を見せず前進をして先の警戒を行ってくれる。僕も拳銃を持ってはいたが、流石に構えながら進む気にはなれなかった。

 しばらくそのまま前進を続けたが、特に敵と遭遇するといった事態には陥らない。どうやら火の手もだいぶ回っているので外へ避難していることも考えられたが、実際のところはわからない。そもそもどのくらいの人数がこの施設にいるのか不明なのだ。万が一施設の外で待ち伏せされていたらお終いだが、そこは賭けるしかない。脱出口がいくつあるかは知らないが、とにかく見つからないで脱出したいところだ。

 そんなこんなで僕たちは誰にも遭遇することなく、施設のエントランスまで到着していた。壁に隠れつつエントランスの先をチェックするが、特に誰かが待ち伏せている様子はない。こういう状況だと逆に自分の身を守ることを優先させて、むしろ僕なんかに構っている場合ではないのかも知れなかった。それはそれで楽なので構わないのだが、何というか、ここまであまり接敵しないというのもおかしな気分だ。どう考えても逃げ口は一階しかないので、施設に取り残された人間は一階を目指してくるはずなのだが――

 そんなことを考えていると、僕の前でエントランスの様子を確認していた彼がこちらに頷く。どうやらこのままエントランスを突破するらしい。裏口などがあればそこから回って脱出しても悪くないように思えたが、このような火事の状況だと、大きな出入口以外は塞がれている可能性もあった。そう考えるとそもそも塞ぐということが不可能なエントランスを脱出口とするのは妥当であったが、それ故に見つかる危険性もはらんでいる。まぁ今回に限って言えば敵らしき姿はないので、安心して逃げられるというものだが。

「このままエントランスを使って外へ出よう。これまで通り、俺の後ろを付いてきて」

 男性の言葉に頷き返すと、彼は短機関銃を構えたままエントランスの方へ進んでいった。良かった、これでようやく逃げられそうだ。そんな安堵感が胸を包んで、そのまま彼の後ろに付いて行こうとした時だった。

 背後に気配を感じる。それはもちろん敵意を伴ったもので、殺気と呼べる息遣いを知覚した。僕は反射的に身を隠そうと近場の障害物に飛び込んだ。どうやら前方を進んでいた彼も殺気を感じたようで、僕が横へ避けたのを確認して殺気の発信源に向けて短機関銃を放つ――

 短い射撃音が響いて、火線が一瞬前まで僕がいた場所を飛び交う。銃弾の行く末を見守っていた僕だったが、殺気の元から放たれた銃弾はそのまま男性の肩口とふくらはぎに突き刺さってしまっていた。

 彼は痛みに耐えるように歯を食いしばって、崩れ落ちそうになる身体を膝立ちで堪える。僕は彼を介抱しようと近寄ろうとして、敵の存在を思い出す。すると殺気を発していた本人であろう人物が顔を出して、こちらに向けて拳銃を向けていた。その人物は残念なことにあの黒服の女性であって、僕は条件反射的に持っていた拳銃を彼女に向ける。お互いの銃口がお互いを貫く。引き金を引けば互いの生命を奪える状況下で、僕たちは火の手の回り始めたエントランスで睨み合っていた。

「まさかここまで逃げて来られようとはね……中々面倒なガキだと思っていたけど、ここまで手のかかるクソガキだとは思わなかったわ。一丁前に銃なんか構えてさ……恥ずかしいのよ、アンタを見てると」

 女性はこちらを親の仇のような目線で睨みつける。僕はそんな彼女の気迫に負けないように踏ん張った。一触触発の状況で、緊張の糸がはち切れんばかりに伸ばされる。女性はいかにも慣れた手つきで銃を構えていたが、僕の方は手先が震えていて上手く照準を合わせられない。このままだと同時に引き金を引いてもこちらがやられてしまうだけだが、何故か女性は未だに発砲を行わなかった。

「それにお前。裏切るとは中々のものじゃないの......まぁ一歩詰めが甘かったわね。先輩の言うことは素直に聞くことよ」

 歪な笑みは僕じゃなくて僕を守っていた男性の方へ向けられた。裏切る? 女性の言葉が本当だとすると、この男の人も女性と同じ組織の人間なのか。だけど裏切ったとなると、離反して別の意思の下動いているということ。状況が複雑で中々真相を掴みかねているが、今はとにかくこの状況を脱さねばならない。

 吐き捨てられた彼は悔しそうに唇を噛んで、撃たれた箇所を庇っていた。彼はもう継戦不可能だろう。そうなると僕がこの現状を打破しなければならないわけだが、それにしたってどうすれば良い。僕に銃を撃てるとは思えないし、だけどこのままだと確実に殺されてしまう。僕の手は未だに震えていて、女性を撃つことの恐怖の如実に語っていた。

 ふと女性の目線がこちらに向けられる。彼女は僕の指先を見て、面白いものを見るように嗤った。馬鹿にされていることは伝わったが、それでも手先の震えを抑えられない。

「――撃てるのかしら、アンタに?」

 女性は挑発的な目線を向けてきて、こちらに向けていた拳銃を下ろした。あまりにも舐めた行動だが、恐らくこちらが撃てないことをわかっての行動だろう。この状況で発砲を行えば確実に勝てる盤面だったが、それでも僕は歯を食いしばって銃を構えていて、どうしても引き金に力を込められない。そんな様子をまるで曲芸を見るような好奇な目線で堪能したのか女性は旨そうにこちらを眺めると、持っていた拳銃をこちらに向けて、

「ただのガキに撃てるわけないのよ」

 そう呟いて、引き金を絞ったその瞬間に、

 轟音が響いて女性は発砲を取りやめた。そうして音の響いた上階の方を見やる。女性が見上げた二階はどうやら何か爆発があったようで、一階の天井は倒壊しかかっていた。つまり二階が崩れ落ちそうになっているわけで、僕はこの瞬間を好機と捉える。それは負傷した男性も同様だったらしく、彼は歯を食いしばりながら力を振り絞るように短機関銃を構えて、その崩落しそうな二階の足場に向かって拳銃弾をありったけ放った。

 すると既に落ちかけていた天井が銃弾を受けて更に不安定になり、遂には音を立てて崩壊を始める。もちろんその真下には女性がいるわけで。彼女は崩落を瞬時に悟ったのか、そのまま背後に後退してくれた。

 轟音が響き渡って一階の天井が崩落する。僕は瓦礫に押し潰されないように避けながら、その足で男性の方へ近づいていく。彼はまだ撃たれたところを痛そうに庇っていたが、こちらに笑顔を向けてくれた。

「君には幸運の女神がついているな。本当に助かった」

 僕は頷きながら男性に肩を貸そうとするが、彼はそれを手で制した。

「先に行ってくれ。渡した端末があれば仲間が君を助けてくれる」

 でもと言いかけて、彼は人懐っこそうに微笑んだ。

「ここで死んだりしないさ。後から追い付く。君は全力で走って逃げれば良い。――君は希望なんだ。我々にとって、いや、人にとってね」

 火の手がエントランスまで回っている。このまま長居すれば焼け死ぬか、一酸化炭素中毒で同じような運命を辿るかだ。僕は一瞬迷ってしまうが、唇を噛んで男性から身体を離した。

「そうだ、そのまま進め――」

 その瞬間、エントランスの陰から黒服が顔を出した。どうやらエントランスに出入りできる別の進入口があったらしい。彼らは僕を見ると、問答無用で持っていた短機関銃を向けて来る。もう後先考えていられない。僕はそう断じると、エントランスの出入り口に向かって全力疾走を開始した。

 背後から発砲音が聞こえる。それは恐らく彼が黒服に対して制圧射撃を行ってくれているからで。だけれど僕は振り返ることなく先へ進む。断続的な発砲音が響く中、僕はなんとかエントランスの出入り口に到着して、そのまま外への逃走に成功していた。

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