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WING  作者: 柚月 ぱど
EARTH
17/31

EARTH 2

 そして異常が発生したのは、僕が先ほどの病室で眠りについてからしばらく経った時だ。

 現実に打ちのめされて思った以上に疲労していたからか、眠りにつくのにそこまでの時間はかからなかった。思考を停止させてから間もなく、僕は深い眠りに落ちる。結局夢らしい夢も見られないほど疲れていたのか、愚鈍な空洞に身を委ねるだけだ。そんな中、僕は聞きなれない物音に叩き起こされてしまう。まだ目を開きたくなくて、ぎゅっと瞼を瞑ったまま現状に抵抗するけれど、一体何が起こっているのかくらいは調べろと僕の本能が叫んでいる。それは人間の持ちうる生存本能が呼び覚ました叫びだったから、むやみやたらに逆らうことはできない。だから僕は面倒くさいと思いながらも視界を開いて、現状を確認することにした。

 鬱陶しかった白い蛍光灯が鳴りを潜めているからか、視界は不良だ。ある程度夜目は利くものの、周囲の状況を鮮明に窺い知ることはできない。目を開くとそこにはぼやけた白い天井があって、それに加えて白いカーテンが僕を出迎えた。間違いなくそこは前に目が醒めた病室だ。見た限りは特に異常など感じられないが、視覚ではなく聴覚がこちらに危険の知覚を要求していた。

 僕は物音を立てないように静止したまま、じっと耳を澄ませる。闇の中に音響というものはあまり蔓延っていなかったものの、冷静に聞いてみると違和感があることに気が付く。それはやはり異音が響いているからで、その音はどこかで聞いたことのあるようなものながら寝起きでぼやけた脳みそはそれを正常に解釈しない。しばらく何の音かと疑問に思っていると、今度は聴覚ではなく嗅覚が異常を検知する。この臭いは間違いようがない。何かが焼けるときの匂いだ。ものが焦がされた時特有の臭気が鼻腔を刺激して、こちらの顔をしかめさせる。そこで僕は続いて気が付く。先ほどから聞こえていた異音の正体にだ。この音は、きっとものが焼ける音。起動していなかった脳が解釈に手間取ってしまったようだが、ようやくその音響の正体を理解した。しかし僕はそこで内在的な危機感に目覚める。ものが焼ける音と匂いがしているということ。別に料理でこのような臭いはしない。そう考えるとどこかで火事かそれに類するものが起きていると考えるべきだろう。施設のどこで火事が起きているかはわからないけれど、どちらにせよここまで臭ってくるということは、ここまで延焼してくる可能性があるということだ。そうなればこの場所から逃げなければならないわけで、急を要することに変わりはない。

 そこまで断じると僕は取り敢えず起き上がった。それと同時に手錠が喧しい音を立てるが今は気にしている余裕などない。臭いや音は段々と濃く強くなってきているし、段々と火の手が迫っていると考えた方が良いだろう。大量の飛び降りに急な火事。何か関連性があるかと邪推してしまうが、とにかくそれは脱出してから考えれば良い。むしろ火事となるとあの女性たちも慌てて、こちらに対する監視がルーズになるかもしれない。逆に好機と考えて、ある程度上手く立ち回った方が身のためだろう。

 しかし病室には黒服たちの監視がいるはずなので、脱出するにしても逃げるにしてもまずは彼らを何とかしなければならない。その上でまず必要なのは、相手の数や様子を確認することだ。多少の危険は伴うがこれをしなければ何も先には進まない。そう考えた僕はとにかく物音を立てないようにカーテンの方に近づいて、その先を開く――

 その瞬間だった。

 乾いた破裂音が響いて、カーテンの先の何かが倒れる。僕はその乾いた破裂音と同時に驚いてカーテンの奥に隠れてしまうが、一応現状を確認するためにもう一度カーテンの先を開けて見やる。手錠の音を立てないように手でカーテンを除けて先を確認してみると、そこには黒服に身を包んだ大男が仰向けに倒れていて、その頭はポップコーンのように破裂していた。

 あっと声を上げそうになるが、本能がそれを堪える。僕は手錠を、音を立てないように口を両手で塞ぎ、黒服の屍体から目を逸らした。高校生がまともに見られるものではない。嘔吐しないだけでもまだマシだと思える。しかし屍体の状況を垣間見るに、乾いた破裂音もあったことだし、恐らく銃殺されたものだと考えられた。しかし黒服はこの組織の人間だ。それを射殺するということは組織に敵対する第三者か、それとも――今の段階で断定はできなかったが、とにかく自分の身に危険が降りかかっていることだけはわかった。相手は銃を所持しているのだ。遭遇すれば無抵抗のまま殺されてしまう。しかしどうすれば良い。病室を監視していた黒服が射殺されたとなると、既に殺害者は部屋の内部まで来ているのではないか。全く物音がしなかったから相手の位置はわからないが、言い知れぬ恐怖だけが心を埋めていた。

「この野郎! 隠れてないで出てきやがれ!」

 すると野太い男の大声が響いた。場所と状況的にもう一人の黒服だろう。彼は短機関銃を持っていたが、もしかすると敵と応戦しているのか。つまりここはもう戦場だ。一介の高校生がいて良い場所じゃない。早いところ離脱したいところだったが、ここは閉鎖空間であって、病室の入り口を塞がれていると考える以上、脱出は今のところ不可能だ。しかしどうする。このままでは殺されるだけだ。何とか生き延びる手段はないのか――そんなことを必死に考えていると、素っ頓狂な声色が響いて、それと同時に何かが崩れ落ちる音がした。念のためカーテンの先を盗み見てみると、先ほど大声を上げていた黒服らしき大男が、さきほどの屍体と同じような状況で地面に倒れ込んでいた。距離的に僕の部屋のすぐ目の前で殺されたのか、脳漿と血液が交じり合った体液が、僕の隠れている膝元まで漂ってきた。

 また大きな声を上げそうになる。前に大量の飛び降り屍体を見せられた時のように、脳が状況を受け入れられずに悲鳴を上げていた。しかし本能ではわかっている。ここで声を上げれば確実に殺されてしまうことくらい。思考は混迷を極めていたが、それでも最後の冷静さだけは保てていたようだ。僕は喉を鳴らしながら唾を飲み込んで、叫びたい気持ちを抑えた。今はダメだ。今だけは抑えるんだ――そのような水を打ったように静かな思考が、僕の自意識を恐慌から守った。

 声を抑えて我慢していると、ふと僕の隠れているカーテンが懐中電灯のようなもので照らされる。しまった――そう思った時にはもう遅い。僕はベッドから降りてカーテンに隠れていたから、ライトをカーテンに当てられただけで位置が完全にバレてしまう。僕は慌てて隠れようと思ったがしかし、懐中電灯を持っていたと思しき人物から声を掛けられる。

「待って! 俺たちは敵じゃないんだ! ――広野大地君、大丈夫だから出て来てくれないかな?」

 男性にしては高くて綺麗な声色。俺と言わなければ女性と勘違いしてしまいそうだ。僕はその声色にどこか安心感を抱きそうになって、慌てて首を振った。甘い言葉で誘い出して、殺そうという手合いかもしれない。そう思った僕は逃げ出そうかと考えたが、既に出入口を封じられていることを思い出す。このまま逃げようと思っても逃げる先がない。はっきり言ってもう詰みの状態だった。――しかし考えてみろ。彼は黒服たちを倒した。つまり組織の人間ではない――? そう考えるとこちらを保護してくれる可能性もある。あまりにも希望的観測かも知れないが、可能性はゼロではない。どちらにせよ逃げられないのなら、いっそのこと仲間であることに賭けた方が良さそうだ――。脳内で結論を出した僕は、手錠を付けられたままの両手を上にあげながら、カーテンの先に身体を晒した。

 カーテンから出た途端、眩しい光が網膜を灼く。あまりの光量に目を逸らしてしまうが、こちらの様子に気が付いたのか、慌ててライトを下げてくれる。視界が確保されたのでライトを向けていた人物の方に顔を向けると、そこにはかなり童顔の男性が立っていた。彼は戦闘服らしきものに身を包んでおり、彼の背後にいた男たちも同じ服装を纏っている。彼に共通して言えることは、その全てが短機関銃を装備しているということだった。

 こちらの様子を確認したのか、戦闘に立っていた男性はホッとしたように息を吐く。それと同時に人懐っこそうな表情を浮かべて、

「良かった。信じてくれて助かったよ、広野大地君――さて、早速だけど、時間がないんだ。今この施設には火が放たれていて、消火活動も乏しく間もなく焼け落ちるだろう。それに加えて、ここの連中は君を最優先対象としているから、そう簡単には逃がしてくれない。時間との勝負なんだ。良ければこちらの指示を聞いて、俺たちについてきて欲しい」

 男性の発言はとても端的だったがあの女性に比べて誠意があって、かつ的確だった。僕は瞬間的にこの男についていこうと決めて、彼の言葉に頷き返し手を下ろす。彼は安心したように何度も頷くと、こちらに近づいてきて腕の様子を確認してくれる。

「錠か。ちょっと待ってろ――」

 そう言うと彼は大腿部に設けられていたホルスターから拳銃を取り出した。一体何をするのかがわかってしまって少し慌ててしまう。下手をすれば僕の腕を撃ち抜かれる可能性があったからだ。

「大丈夫。銃の腕には自信があるんだ。ほら、いくよ――」

 男性が引く様子を見せなかったので、諦めて両腕を差し出す。すると消音器付きの拳銃が二回ほど火を噴いて、手錠の鍵の部分を破壊してくれた。そして彼は拳銃を仕舞うと僕の手錠を外してくれる。

「その、ありがとう」

 そう感謝を伝えると彼は笑みを浮かべて、

「手錠があったんじゃ動きにくいだろうしね。さぁ行こう。時間もない」

 男性の言葉に頷き返すと、彼はこちらについてくるよう指示を出した。頷き返すと男性が先頭の方に向かい、その他の戦闘員らしき人々が僕の周りを囲う。どうやら僕のことを保護しつつ施設からの脱出を図るらしい。そうして先頭に向かった男性が歩き出すと同時に、僕たちも彼についていった。

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