第15話
第15話
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『ダンジョン』
その言葉を聞いたのは、白金貨20枚のお釣りをもらった直後にほぼ俺専属となった受付嬢に案内された応接室だった。
事の発端は2カ月前に遡る。ゲリラ戦を用いる上で、最も重要なのは軍部隊としての練度や統率、装備、規律などといったモノではない。また、指揮官の質というわけでもない。重要なのは機動力と引き感、そして度胸である。
当然、先にあげた練度や指揮統制、装備、規律などの組織としての戦闘力はどのような場合であっても軍事行動をする上では最低用件ではなく達成していることそのものが前提であり、それを満たしていないという想定は通常しない。何故ならそれすら満足できないのであれば、無条件降伏した方がまだましになるからだ。だが、はなから膝を付くつもりがないのなら、その程度は必要十分を備えているということだ。
そして、指揮官の質でもない理由は、いくら指揮官の質が良かろうと作戦がダメダメらな勝ちきれないのだ。具体的な例を上げよう。自由惑星同盟による帝国本土進攻作戦。総司令官ロボスは実績のある優秀な将校であった。ヴァンフリート星域会戦は悪条件に見舞われながらも民衆向けの政治的パフォーマンスとしてはともかく純軍事的にはシッカリと勝利をもぎ取っている。第三次及び第四次ティアマト作戦においても後手に回っているが幕僚の意見に耳を貸しGOサインを出すなど十分に優秀な指揮官である描写がなされている。
それが、帝国侵攻作戦を実行する段階においてこき下ろされている。しかし、実戦部隊のトップとして本来、自由惑星同盟軍のいびつな組織力学上、格上となるはずの軍令のトップであるシトレ元帥とほぼ同格の表がされていることが様々な資料から読み取れる。しかし、失敗した。もともと政治的理由による作戦発動という、失敗しない方がおかしい理由で実行された作戦であり、作戦説明が『高度の柔軟性をもって臨機応変に』の一言で終わってしまう杜撰なものであったのだから、指揮官がどれだけ優秀であっても勝てるはずがない。
このような杜撰な計画を承認してしまった背景には、政治家の下にぶら下がった軍政部門のさらに下に軍令部門と実戦部門が同格の立場でぶら下がっているべきはずなのに、100年間続く帝国との戦闘で、軍令部門が軍政部門の上位に来るようになり、軍令部門子飼いの将校が、自分が失敗した偉業を成し遂げてしまった。それに激しく嫉妬してしまったのだろう。
人は感情に生きる獣である。と言うのは周知の事実であり、このことからも自由惑星同盟で主流の経済学派であるハイネセン経済主義はハイネセン政治主義(小さな政府・低負担低福祉・自己責任を掲げる努力しない奴は切り捨てるという面でルドルフ主義と同様の社会思想)と同様にいずれ崩壊することが運命付けられていることが分かる。
だから、重要なの作戦の出来であり、指揮官の質とは『作戦をよく理解して、現場で発生する摩擦に対してうまく調整する』能力と言える。それはつまり、いくら優秀であっても、それを下支えする作戦そのものがクソであったらどうにもならないということだ。
だから、先にあげたものは問う意味がない。ゲリラ戦は機動力で敵を翻弄して、決戦を避け続けることで敵を摩耗させる戦術だ。奇襲効果が続く時間は短い。何故なら帝国軍もまた優秀であるから。ならば、早期に撤退しなければならない。しかし、早すぎる撤退は戦火拡大のチャンスを逃すということだ。しかし、引き際を誤ると混乱から立ち直った帝国軍にボコボコにされてしまう。なぜなら、機動力を重視したために少数精鋭の部隊編成となり、数において圧倒的に劣っているからだ。
そして、少数でもって圧倒的多数と戦うためにはバカである必要がある。バカであれば戦力差を理解しない。戦力差を理解しなければ恐れを抱かない。恐れを抱かない部隊は強い。恐れを抱かない部隊に対峙した人間は恐怖し、損害交換比はさらに極端なものとなる。つまり、少数が多数に勝てる可能性も出てくるというわけだ。
だが、それには一つなとても重要なアイテムが必要となってくる。地図だ。この世界の地図はファンタジーによくある絵地図ではない。地図記号と等高線を駆使したシッカリとしたものだ。だがしかし、GPSもレーザー測距儀もない時代であるし、人の手が入っていない場所には高い確率でクリーチャーがいる。そのため測量技師が入り込めない。そのため民間人が購入できるレベルに価格を落とそうとした場合、街の位置と海岸線、街道は比較的正確だが、魔物の領域はすっぽり抜け落ちている地図になる。
だが、地図の販売店側がそれではマーケティング的にまずいということで、都市や船舶、街道から見える範囲で山などを書き込んでいくのだ。だからこそ、広域道路地図としては実用上問題ない水準であるのに大自然に関してだけは絵地図が描かれるというイミフな地図が民間にあふれる。しかも、マーケティングのための他店舗との差別化が主な動機であるため、正確性よりもより高くより多く売るためのインパクト重視のきらいがあり、その正確性は『全く信用できないということ』に絶対の信頼を置く事が出来る。
それが軍用地図ともなれば、軍が保有するワイバーン等の航空戦力に写真撮影機の真似事をさせて、地元の冒険者や狩人、木こりなどの協力を得て比較的正確な地図を描くことに成功している。しかし、それは大規模な会戦をしているなか少数の部隊による数時間で踏破可能な迂回路を使用した側背攻撃や秘密工作作戦を想定した地図であった。
そんなのモノが、ゲリラ戦で使えるかと言うと全く使えない。そのため、スーパーヘロン無人偵察機で作ったゲームのマップシステムを紙に重ねて、ひたすら模写したものを大量のトレーシングペーパーと共に警備隊に渡したのだ。そのトレーシングペーパーを用いて俺が渡した原本を数千枚に複製したストリピタル警備隊の底力には感服するばかりだ。少なくとも俺はやりたくない。
軍人のジョークとして(偶に事実になってしまうのだが)『おれたちゃ、命令とあれば地図もない場所に行くんだぜ?』と言うモノがある。人の和、地の利、天の時と言うように地図はもっとも重要なもののひとつであるためアメリカ軍は国家地理空間情報局(NGA)や国家偵察局(NRO)を有しており、軍用地図の作成を担っている、ロシア連邦軍も軍事測量総局を保有しているし、日本も陸軍参謀本部隷下に測量部を持ち、海軍軍令部隷下に水路部を有していた。現在の自衛隊も統幕隷下に地図部門を持っているし情報本部や内情の下に地図部門が存在するというツイートを見たことがある。
つまり、その地図の精度が信じられないほど高かったため、ダンジョン攻略においても重要な地図を作成する測量技師或いは地図職人としてギルドのダンジョン攻略部隊に加わってくれと言う話であった。