第10話
第10話
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「ヘロンの情報によれば、そろそろ見えてくるはずだが……」
3時間前に飛ばしたヘロンの赤外線画像データによれば帝国軍は前衛軍2万、斥候部隊と工作部隊にその護衛兵。その後ろの第二梯団6万は騎兵1万、歩兵など4万7000、砲兵2000門。それと司令部要員に従軍司祭、床屋(軍衛生隊も兼ねる)、憲兵、伝令、料理人、司令部の護衛部隊がつく。第三梯団は数千の荷馬車からなる輜重隊。それと娼婦や酒保商人、免罪符売り、糧食部隊、家畜番、占い師、墓堀、職人、物乞いなどの民間人。まぁ、人数配分はともかくとして時代を考えればそれなりにありふれた編制だ。
高付加目標は間違いなく、将校と軍馬の二つだ。軍馬がいなくなれば大きな脅威である騎兵は足を失い、軍馬を失った輜重兵はひどく疲労するし、輸送可能量は大きく落ち込む。将校を攻撃すれば、敵の指揮命令系統はズタズタに破壊される。そうなれば、数の利を生かせない帝国軍はストリピタル警備隊と冒険者ギルド義勇軍の手によってズタズタに破壊されるだろう。
だからこの二つを優先的に攻撃するとともに、敵の心理に対する攻撃を行う。敵の進撃路上にSマイン(対人地雷)を60個ほど埋設しておいた。一度に殺傷できる人数はせいぜい20人ほど。地雷を警戒して分散されたらもっと下がるだろう。全体の8万からしたらほとんど無被害と言えるレベルの話だ。しかし、前衛の兵士たちはどこに埋まっているかわからない。という恐怖を常に感じることになる。そのうえで、夜間にわざと爆発音を立てたり、歩哨を狙撃して脳みそをぶちまけてみたりすることでハラスメント攻撃をする。
「ふ~ 寒いな」
このOPの標高は約2300メートル。避暑地として有名な軽井沢ですら1000メートルぐらいなのだ。夏でも普通に涼しいし、少し風が吹けば寒くなる。だが、ここはバリバリ山だから風がビュービューと吹いている。
最初の目標は将校。出来るだけ偉そうなやつではなく、近代軍制では少尉に分類されるような下級将校を狙う。理由は、下級将校は貴族であると言っても平民と変わらない。と言うか下手したら商人や豪農よりも貧しい生活をしている人間だ。それが集中的に狙われるとなれば、立場ゆえに逃げ出せないから不満だけがたまるし、耐えかねて脱走するときは部下ごと脱出する可能性すら出てくる。
ズドォン
トリガーを引いた瞬間、バレットM82A1のマズルブレーキによって幾分か抑制されているはずだが、それでも肩に強烈な反動がかかる。強烈な発砲音と発砲炎ともに|.50BMG弾《12.7×99㎜NATO弾》が超音速で銃口から飛び出し、飛翔。第1梯団の工作部隊の十人隊長(文字通り10人で編成される十人隊の隊長)の胸部に命中、そのまま破裂して後を歩く一兵卒に肉片がこびりつく。
一瞬遅れて悲鳴が届く。それを見届けつつバレットをしまい、.408シャイタック弾仕様のレミントンMSRを取り出し、同じように別の十人隊長を狙い、再び悲鳴が上がる。そのあと、.338ラプアマグナム弾仕様、.338ノーママグナム弾仕様、7.62×51㎜NATO弾仕様、.300ウィンチェスターマグナム弾仕様の4種類のレミントンMSRで胸部腹部頭部腕部と場所を変えながら狙撃して抜ける場所と抜けない場所を探す。
まぁ、その試みはほとんど無駄だったのだが、なんたって射距離300メートルで狙撃した5.56×45㎜NATO弾以外のすべての弾薬はすべての距離ですべての部位で貫通して殺傷に成功しているからだ。
その検証のために都合300発程度の攻撃を行っていると何度か狙撃兵狩りにあったが、ベトコン仕込みのバンジステークやストリピタルの駅馬車からもらってきた馬糞をたっぷり塗りたくったスパイクを森の中にばらまいているし、細く見にくいピアノ線を足首の高さに張ってある。それに、800個のSマインと2000個のクレイモアが設置してある。そのすべてを突破するのは不可能だろう。
ちなみに、その罠は、RQ-11Hハイパーレイブンとヘロンの航空偵察ですべてマーカーを設置してあるから俺が引っかかることは無いし、こういった罠はゲームサーバーの負荷軽減のために設置後72時間で自動消滅するようになっているから戦後の心配をしなくてもいい。万が一突破されたときのために、4重の鉄条網と8機のM240を装備したセントリーガンを設置してあるからこの監視拠点は安全だ。まぁ、監視拠点の概念を根底からぶち壊しているが気にしない方がいいだろう。
結果、スナイパーを狩るために山狩りに出た連中は、数々の罠に引っかかり多数の損害を受け撤退していった。そして、諦めて再出発しようとしたところで、Mk.19装備のセントリーガンを起動して第1梯団に向けて40㎜中速グレネード20発が次々と発射され300名前後が戦死或いは負傷した。これを治療するためにさらに時間を取られ、立ち往生しているところに、M202ロケットランチャーを適当に打ち込んでさらに混乱を大きくした。
引き金を引く心理的障壁と言うのは射距離が長くなればなるほど軽くなるという。平均交戦距離7メートルの拳銃の引き金を引くのはひたすらに重い。だが、ひとたび攻撃が成功してしまえは全世界70億人が全滅してしまうだろう核ミサイルの発射ボタンはひたすらに軽い。
実際、この異世界生活でゴブリンやオークなどの人型の魔物や、盗賊等の犯罪者を多数殺してきたが、敵の距離が長くなればなるほど引き金は軽くなる。今では何の感傷も抱かなくなった。それでも、ナイフで首をかっぴくと言うのはできそうにない。しかし、その距離の心理的保護と言うモノも役に立たない例外が一つある。スコープだ。
スコープは心理的距離を驚くほどに短縮する。一応、この体はゲームのアバターだ。そのフレーバーテキストでしかなかったアバターの経歴と言うモノは現実のものとなっている。軍の訓練施設で行った新兵教練やその後の訓練は血肉となり、設定でしかなかった感情制御が可能なナノマシンと言うモノは実際に体内に存在し、戦闘時の感情をフラットにして、適度なコンバットハイ状態に持ってきてくれる。
しかし、そのナノマシンも万能ではない。戦闘によるストレスを消滅させているのではなく、感じないようにしているだけだ。それが爆発して廃人にならないようにカウンセリングが必要だ。だが、精神科医など存在しない世界。どうするか、高い金を払ってカウンセリング用AIを使用するしかない。このAI、強いAIなどではない。しょせんは中国語の部屋に過ぎないのだが、それでも効くらしい。事今日にいたるまで、精神疾患に襲われたことは無い。
それでも、今日の狙撃回数は、300回だ。これ以上は精神に異常をきたしかねない。まだまだ時間があるが、ここは狙撃銃をしまって、M2ブローニングを召喚する。アイアンサイトで大まかな狙いをつけて、数発射撃する。この時目標よりも少し手前に着弾するように狙いをつけているから当然、命中しない。そして曳光弾の弾道を見て、修正して数発ほど射撃して命中を確認したら10発ほど射撃する。アルゼンチン軍がフォークランド紛争で行ったモノと同様のものだ。対戦車ミサイルを装備する現代軍のイギリスを蹂躙したメソッドだ。中世軍である帝国軍が被害を避けられるはずがない。
結果、この日の帝国軍の損害は死者950名、負傷者540名であった。負傷者が死者よりも少ないのは即死しなかったが治療が間に合わなかったものが多かったためだ。この約1500名の死傷者はその8割以上が将校だった。中世軍は極めて将校比率が低い。その将校比率は大粛清後のソ連軍よりもさらに少ないものだ。これは単純に士官学校の能力が低いということではない。そもそも定員が少ないのだ。
よくよく考えてほしい。十人隊長百人隊長千人隊長という役職がある意味を。現代軍は分隊長、小隊長、中隊長、大隊長、連隊長、師団長と複数のレイヤーが存在する。だが、彼らは千人隊長の上に軍団長があり、その軍団長の立場は現代軍の師団長と同様なのだ。極めて将校定員が少ない軍と言える。だから、この1500名の損害は第1梯団に対して深刻な問題を生じさせた。
そして、そろそろ進軍を再開しなければこの悪魔の地で野営することになるというタイミングでTNT爆薬を起爆して街道脇の大木を複数本伐採し、道をふさいだ。帝国軍第1梯団は必死に道を開けようとしたが、その指揮をする者に対してブローニングで攻撃して妨害した。結局帝国軍はこの悪魔の地で野営することとなったのだ。
主人公がクソすぎる気もしますが、最近の船体ヒーローものも主人公サイドは悪役の変身シーンを妨害しているので大丈夫だと思います。