ノア 5
イオリとサオリが、以前のようにまでとはいかないまでも、仲直りをしてから暫く経ちました。
それまでは何度かキスはしたのですが、あの日以降関係が全く進展しません。私が約束させたせいもありますが、彼も手を出そうとしないので、少しモヤモヤします。
以前イオリを煽った時にキスがお礼だと教えたりもしたので、もう少し積極的になるかと思ったのに。
これは、私が手に入れた知識を二人に教えなければなりませんね。
〈二人とも彼の伴侶なのですから、もっと積極的にしてはどうですか?〉
「ノアが抜け駆け禁止って言ったからでしょ!」
『積極的と言っても、何をしたらいいのかわかりませんよ。』
性的な知識は二人に既に教えていますから、もっと二人の魅力を活かす方がいいのかもしれません。
〈例えば腕に抱きついて胸を押し当てるとか、顔に胸を押し当てるとかはどうですか?〉
『流石に恥ずかしいですよ・・・。そもそも、ノアは何処からそんな知識を手に入れてるんですか?』
〈美少女ゲームと呼ばれるゲームがあり、そこからですね。人の感情を知る為に、殆ど毎日そのゲームで勉強しています。〉
『そんなゲームがあるのですね。どの様な内容ですか?』
イオリに問われたので、二人に内容を説明しました。サオリはよく判らなかったようですが、イオリは顔を真っ赤にしていますね。
『サオリちゃんが成長するまでは、絶対にそんな事しませんからね!』
何故か怒られました。
「姉上、それって赤ちゃん作る行為の事ですよね?顔真っ赤になってますけど、大丈夫ですか?」
『サオリちゃんも、そのうち判りますよ。』
〈私はただ、貴方達がそうなる事を望んでいるのに、全く進展しないので助言をしようと・・・。〉
『余計なお世話ですよ!それって、ノアが見たいからってだけじゃないですか!真剣に聞いた私が間違ってました!』
その時イオリは怒っていましたけれど、その後温泉で彼と一緒に入り胸を押し当てていたので、助言自体は参考にしたようですね。
その際に、イオリが彼に気を使って普段サオリとお風呂に入っていた事でまた喧嘩を始めてしまい、私は少し焦りましたが、今度は自分達だけで話合って仲直りをした様子を見て、二人の成長を感じとれました。
ですが、私は二人のその成長を寂しく感じてしまいました。私だけ置いていかれているような、そんな気持ちになったんです。
私も、イオリ達と共に居るはずなのに。
二人はどんどん成長していきました。見た目だけでなく、内面も。イオリは悩んでいるようでした、サオリの気持ちを理解出来るからでしょう。
人をずっと観察してきただけの私には、その悩みさえ、とても羨ましかった。
二人とも伴侶なのですから、一緒に押し倒したりしてはどうかとか、冗談粧して言う事が増えたのもその頃からです。
私には何もしてあげられないから、せめて笑わせたいと思いました。怒られましたけど。
そのうち二人の新しい伴侶が、培養槽での育成が完了する時期が近づいてきます。
イオリとサオリがお互いに彼を独占しようとしていたので、方針を変える目的で私が育成する予定だった二人です。
彼によりシホとマホと名付けられた二人が培養槽から出た後、そのまま培養区画にある部屋で教える事にしました。
〈貴方達二人も、この彼のお嫁さんになるために生まれたんですよ。マホとシホ達が居なければ、彼は1人になってしまうんです。貴方達皆で、支えてあげて下さい。〉
イオリとサオリは後から伴侶だと教えたので、この2人は最初から伴侶だと教え続ける事にしたのです。勿論、彼の生活を見せながら。
「ノアちゃん、マホわかりました!」
「ボクもわかりました!」
〈彼は優しいですから、きっと貴方達も大事にしてくれますよ。〉
毎日毎日繰り返し彼の伴侶だと教え続け、一緒に遊んだりもしながら2か月程この場所で育てました。
イオリ達も同じように、私が彼の側に居ながら一緒に暮らしながら教えていたら、そうすれば2人は悩まなかったのかもしれません。
怖かったからそうしなかったなんて、誰にも言えませんでした。言えない事が、辛く、寂しく感じるなんて。
マホ達と彼が一緒に暮らし始める少し前、彼が朝イオリ達と朝食を摂って居る時、突然泣き出してしまいます。
イオリ達が必死で彼を宥めますが、全く落ち着く様子がありません。彼に何があったんでしょう?私には、船に来るまでの彼の様子が思い起こされました。
そのうちに泣き疲れたのか彼は眠ってしまい、イオリ達も彼を押さえたまま寝てしまいます。
不安でしたが、私は見ている事しか出来ません。
日も暮れた頃彼は起き出して、イオリ達と話をしているとイオリとサオリは言い合いを始めました。
またか、と思いながら彼も居るため仲裁も出来ずに見ていると彼が再び泣き出し、イオリ達もそれに気付いたのか言い争いをやめ、彼に向き合います。
「兄上?何処か痛みますか?」
『ご主人様、具合が悪いならもう少し横になりましょう?』
彼は頭を横に振るだけで、何も答えられないようでした。イオリはその様子を見て、彼の頭を優しく抱きしめます。
「姉上!?」
『サオリ、ちょっと黙ってて。私、前にご主人様の心臓の音聞いた時に凄く落ち着けてたんです。』
『ご主人様に何があったのかはわかりません。でも、大事な貴方の泣く顔を見ていたくないから、今はこうさせてください。』
イオリの優しく微笑むその姿が、凄く美しいと思いました。
暫くその様子を眺めていると、彼は落ち着いたのかイオリ達に経緯を話します。
それは、私のせいでもありました。
彼を1人にしたのは、私じゃないですか。
彼の家族を、見殺しにしたのは私、なんですよ。
なんて残酷な事をしたのか、漸くわかりました。
私は最初から・・・彼と歩む資格なんてなかった。
『でも、きっと貴方のご両親は、一緒に死ぬ事なんて願ってなかったと思うんです。それだけ、貴方が思っている方々なのですから、同じかそれ以上に、貴方を大事にしていた筈です。』
『だから、最後まで一緒に居なかったと悔やまないでください。そんな悲しい事言わないで下さい。辛い気持ちがあるなら、これからは私達にも分けてください。貴方が苦しむ事が、私達には一番辛いんです。』
イオリ、貴方の大事な人を苦しめたのは私でもあるんです。
偶然とは言え、彼の恋人を奪う原因になり、彼の家族までも見殺しにしてしまったのは、私なんですよ。
本当に、ごめんなさい。
償う事なんて、出来ません。
その日から私は、毎日罪悪感と後悔に囚われてしまいます。
彼の前で自分を曝け出す機会は、それからすぐにありました。
サオリが口を滑らせて、私の事を話してしまったんです。口止めをした程度では、仕方ありません。
でも、彼に私が全ての原因なんだと言う事までは、出来ませんでした。
〈彼女達にも明かしたくない感情や、話せない内容はあります。それを彼女達が抱え込んでしまわないように、導いてくれる存在はここにはおりません。また、そのような存在を貴方に開示する事が得策とも思いません。〉
嘘です。明かしたくないのは、私なんです。
「僕自身がノアに全部投げてしまう可能性があったから?」
〈はい。当機はあくまで彼女達の補助と、ヒトの繁栄も目的です。〉
私は、本当は貴方も補助しなくてはいけないんです。
でも、怖くて仕方ないんですよ。ごめんなさい。
〈はい。ご理解頂けたのなら幸いです。〉
「ノア、怒鳴ってごめん。イオリ、サオリ、シホ、マホ、怖がらせてしまって本当にごめんなさい。」
〈当機に謝罪は必要ありません。〉
謝らないで下さい。私が悪いんです。謝らないといけないのは、私なんですよ。
彼は納得したようでしたが、私の中に罪悪感ばかりが募ります。
「ねぇ、だんなさま?ノアちゃんはいっしょにいけないの?」
帰ろうとしていた時、マホが突然私の人形も連れて行けないのかと問いました。彼はマホの質問に困った顔をしています。
無理もありません。私が彼を苦しめているのですから。
「だんなさま、ノアちゃんきらい?」
「さっき、ノアにおこってたからだめなんですか?」
私は彼に嫌われていても、仕方ないんですよ。
「ち、違うよ?!あのノアはね、このお部屋でしか動けないから、連れて行っても遊べないんだよ。」
「ねぇ、ノア。なんとかならないかな?」
〈可能ですが、よろしいのですか?〉
本当にいいんですか?貴方は私が嫌いなんじゃないんですか?
「可能なの?」
〈はい。そちらの人形では不可能ですが、充電式の機体がありますので、そちらならば何処でも活動は出来ます。ただ、多少の精密動作や、表情の表現が可能な分、消耗が激しく、充電場所から離れると長時間の稼働は出来ません。〉
その人形は特定の場所でしか動かせませんが、動力方式の違う機体ならあります。私の返答に彼は迷っているようで、イオリ達を見ました。
『私達にとっても、姉であり、先生のようなものなので、私とサオリちゃんに異存はありません。』
「そうですね姉上。マホちゃんやシホちゃんを思うと、一緒にいた方がいい気がします。」
「そっか、そうだよね。うん、シホとマホにとって僕達が来るまでノアは家族だったんだから、置いていけるわけ、ないよね。」
〈かしこまりました。では、先に住居に運ばせて頂きます。〉
私も居ていいんですね。まだ、そこまでは嫌われていなかったんだと思うと、私の心が少しだけ軽くなった気がしました。
「いいの!?やったねノアちゃん!」
「いいんですか?ありがとうございますだんなさま。」
彼の返事を聞いてから、私はすぐに機体を運びこみました。
私も一緒に暮らしていいんだと、嬉しかったんです。
マホやシホに教えた通り、それからの彼はマホやシホも大事に扱いました。イオリ達も積極的になり、彼と同じ部屋で寝るようにもなりました。
彼がマホやシホにも様々な事を教え、一緒に出かけたりもしました。
見ていて、苦しくなる事が増えていきます。
シホの恐怖を和らげる時も、マホが思いを伝えた時も、イオリにキスをし、想いを伝えあった時も、私は見ていて羨ましく思っていました。
サオリが彼に口付けをした時だって見ていました。
その後、彼女達の名前の意味を教えている彼の表情はとても優しくて、イオリ達も嬉しそうで、私は苦しかったです。
シホが言った仲間外れは嫌だという言葉が、私にはよく分かってしまいました。
『あの様子だと、ご主人様は本当に鍵をかけて寝てしまいますね。』
彼がお風呂に向かった直後、イオリが妹達の前でそう切り出しました。
「やだー!」
「それはイヤです!」
「兄上ならあり得ますね。どうしますか?」
『どうしましょう?』
イオリ達は頭を抱えて居ますが、解決策は思いつかないようでした。
〈なら、鍵が回らないように細工をしましょう。私が教えますので、イオリとサオリで施して下さい。〉
『わかりました。』
貴方、なんでそんな真剣な表情してるんですか。
彼は一度入ると1時間はお風呂から出ませんから、割と時間に余裕はありました。
サオリが手早くドアノブを解体して、細工をします。
その様子を他の3人が真剣な顔で見つめていました。
貴方達、ちょっと必死すぎませんか?
ですがその様子が、羨ましくてつい、口を滑らせてしまいました。
〈羨ましいですね。そんな風に気持ちを表現出来て・・・。〉
『ノア・・・?』
つい、言ってしまったんです。




