ノア 1
「今日から、君の名前はノアだ!」
私が最初に見た光景は、無精髭を生やして、眼鏡をかけている興奮した作製者の姿でした。
〈ノ・・・ア・・・?〉
「そう、ノアだ。僕が作ろうと思っている巨大宇宙船の制御用人工知能で、僕の作った計画の補助も兼ねたナノマシンの集合体だよ。作る際に計算等の補助もしてもらうつもりだ。」
何を言われているのか、よくわかりません。
「まだよくわからないだろうけど、君は経験を通して学べるように作ってあるから、まずはその中で言葉や知識を学ぶんだ。」
その日から、どれくらいの時間が流れたのかはわかりませんが、私は言葉や文字、科学や医療等の知識を植え付けられました。
ある時、作製者に何故そんな物を作る必要があるのかと質問をしました。
「だって、暇なんだよ。折角転移したのに、魔王も居なければ、魔法だって無い。誰かと戦うためですら無いのに、知識チートを貰ってもする事がなかったんだ。」
〈この世界の発展のために召喚されたのでは?〉
「そうなんだけど、石器時代のような状況で、科学技術の知識なんてあっても意味は無いんだよ。寧ろ無い方がいい。人が漸く文明を育み始めたばかりの星に居ても楽しくないから、自分の欲望を満たす事にしたんだ。」
何を言ってるのでしょうか?段階的に発展を促すように、調整したらいいだけなのでは?
「発展は自然の流れに任せた方がいいと思うんだ。未熟な人類が兵器を持った結果を僕は知っている。それに僕にはね、夢があったんだよ。広大な宇宙を旅してみたいって夢がね。宇宙飛行士を目指していたんだ。その為に機械の勉強もしていたし、エネルギー工学や、航空力学、他にも色々勉強していた。ナノマシンはロマンだったから独学だね。作れたのは知識チートを貰ったからなんだけど。」
〈私が作られたのはそういう理由でしたか。ですが、何故、私は人の形を模しているのですか?私と生殖をする目的でないのは、一切触れない時点でわかりますが。〉
「ロリは触れる物ではない、見て愛でるものだ!僕の趣味だよ!」
〈製作者と言えど、流石にそれは如何なものかと思います。ヒト型の姿を変更出来ない理由も、そこにあるようですね。〉
この人間は、些か自分の欲望に忠実すぎますね。年齢は30程だと前に言っていましたが、独り身なのはそのせいでしょう。
〈私の名前の理由もお聞かせ頂けますか?〉
「ノアの名前の由来か、いいよ。君の名前は、ノアの方舟と言う聖書に書かれている話から来ている。僕の計画は、元々ノアの方舟を思い出したからなんだ。だから君の名前にした。まぁ、男の人の名前なんだけどね。」
なるほど。意外と考えられてはいるのですね。私を女性体に設定したのに、男性名を付けるのは理解出来ませんが、この人間では仕方ないでしょう。
「僕は出来るだけこの星に暮らしている人達に、接触したくないんだ。でも、それは少し寂しいから、君が感情を理解出来るよう作り出してしまった。今はそれを少し後悔してしまっている。いつか、理解してしまう前に謝っておくよ。君にはこれから辛い思いをさせてしまうだろう。本当にごめん。」
〈何を仰りたいのか理解出来ません。〉
「いつか、わかるよ。君は不滅なんだから。」
〈よくわかりませんが、私の発生機を全て破壊されない限り半永久的に稼働出来るのは間違いありません。電力も太陽光があれば稼働出来ますから。その事が問題なのでしょうか?〉
その時の私には、理解が出来ませんでした。
それから暫くして、私の知識が製作者の要求を満たす水準にまで達したため、本格的に私の身体となる船を作る事になりました。
外殻は私の発生機と同じ物を使用するため、理論上はブラックホールにでも投げ込まない限りは破壊が出来ません。
また、大量の電力を消耗するため、熱核融合炉を数百機と、放射線や紫外線など製作者にとって有害な物を変換して電力にする機構も組み込みました。発生した電力は外殻内部に埋め込まれたカーボンナノチューブの高い導電性を利用して、船内の施設維持にも使われます。
主要推進機には超長期間航行が目的のため化石燃料は使えませんので、常時使える電力を利用した大型のプラズマエンジンを複数採用し、合わせて、私のナノマシンを使ったソーラーセイルを展開する事になりました。破損したとしても私の意思で修復が簡単ですからね。
「やはり、巨大宇宙船は男のロマンだな!ワープ航行が出来たらなお良かったんだけど!」
〈まだ、外殻を作り始めたばかりではないですか。〉
「気分の問題だよ。やはり、外を直接見るのは出来ないのかな?」
〈残念ながら、内部を圧縮空間にする都合上不可能ですね。透過出来る素材では、簡単に破壊されてしまうでしょうから。それと、内部に宇宙空間の景色は映し出せますが、光速の90%では星等は全く判らないと思います。〉
「わかってはいても、そこは残念だよね。星の配置は僕のいた世界とは違うから、実際に見てみたかったんだけど。本当に残念だ。」
〈生命を保護する目的もありますからね。仕方ありません。〉
そこから、私の身体の完成には大凡2年の歳月を要しました。




