8 がっこう ⑧
翌日になり、朝食も摂り終えて、僕達は早速ニカワ作りを開始する。
木材や塗料は、ニカワを作っている間に届くとの事だ。
ノアの指示通りに、水に漬けて置いた牛皮と牛骨をそのまま煮込む。
温度管理が必要で50度程を維持しないといけないらしい。
火にかけて暫くすると、なんとも言えない独特の臭いが立ち込める。
「これは、臭いですね兄上。」
鼻を摘みながらサオリが言うけれど、僕は案外平気だった。
火から遠ざけたり、近づけたりしながら煮込む。
そのうち、いつもの箱が木材と塗料を運んで来たので、そちらはサオリ達に任せて、僕はニカワの温度の維持と組み立てを担当した。
角材を切り出すために、それぞれの足の長さを測るが、マホとシホは長めに切る。すぐ成長しちゃうからね。
最初は切るのに苦戦していたようだけど、直ぐに慣れたようで手早く角材をノコギリで切っていった。サオリは器用なんだな。
「サオリは凄いね。僕より器用なんじゃないか?」
「あたしもちょっと驚いてます。これなら、ノアに聞きながら多少の加工が出来るかも。」
ホゾを作ったりするって事かな?サオリに任せてみよう。
簡単な嵌め込むための加工も直ぐに慣れたようで、どんどん作業を進めるサオリ。
加工した木材の噛み合わせはイオリに見てもらって、表面のヤスリがけをマホとシホにお願いする。
僕はそれらにニカワを塗って組み合わせ、形を作っていく。
思ったより早く完成できそうだ。
最後に机の天板や椅子の座る部分の板を切って、そちらは釘で打ち付け形は完成となる。
僕の机は、身長が高いせいか皆より大分大きかった。
天板や椅子の表面を滑らかにヤスリで加工し、椅子と机の塗装の用意が出来たので、後は色塗りだ。
「皆は何色にしたのかな?僕は白にしたよ。」
「あたしは緑です。」『私はピンクですね。』
「マホは黄色!」「ボクは青です。」
僕以外は皆、髪に似た色にしたんだ。わかりやすくていいかも。
「兄上、最近白髪が増えたからですか?」
「そうかな?ツヤあるから、白髪って感じでもないんだけど。」
『白もいいと思いますよ。』
思い思いの色に塗り終え、何日か接着剤と塗料を乾燥させれば完成だ。
その間は、皆で近くの森の絵を描きに行ったり、畑に種や苗を植えたりしていたらあっという間だった。
漸く完成した机を家の前の芝生に設置して、青空教室を始める。
最初は、文字がちゃんと書けるのかを確かめてみる事にした。
僕の部屋にあった鉛筆を手渡し、平仮名を順番に書いて貰おうとするも、筆圧が強すぎたり、思ったように字が書けなかったりで皆、悪戦苦闘しているようだ。
「だんなさまー!見て見て、ちゃんとかけてる?」
「ボクのも見てください、だんなさま。」
「どれどれ。マホとシホは上手に書けてるね。」
意外にもマホとシホが、イオリ達お姉さん2人より先に50音順に平仮名を書き終え僕を呼んだ。
所々線が歪んでいたりはするも、女の子らしい字でちゃんと書けている。
これは恐らくイオリとサオリは力が強いため、それを抑えながら書くせいで、マホとシホより遅かったのでは無いだろうか。イオリとサオリが平仮名を描いている紙を確認すると、やはり所々穴が空いてた。
これは、もう少し平仮名で練習した方がいいかもしれない。
「もう少し、平仮名で練習して、書く事に慣れてから名前書いてみようか。」
「兄上、ごめんなさい。こんなに難しいとは思わなかったですよ。」
「謝る事じゃないから大丈夫だよ。イオリ・・・は必死そうだから、先にサオリを見ようか。マホとシホもまた紙に平仮名を書いてくれるかな?」
元気よく返事をしてマホとシホは再び机に向かった。
僕はサオリと向かい合うように屈み、彼女がどう書いているのかを見る。
押し付けるようにして書いてるために、机にある細かいミゾに引っかかり破れているようだ。
表面のヤスリがけが甘かったのかもしれない。
「えーと、サオリちょっとこっちに来て。」
イオリ達の机は、僕が後ろから見やすいように四角を描き向き合わせて配置をし、僕の机だけマホとシホの後ろに離して置いてあった。そこにサオリを連れて行って座らせる。
「兄上?」
「ここで書いてみて。」
サオリは言われた通りに書くが、先程より力が入っているように見えた。
「うーん。ちょっとごめんね。」
そう謝りながら、サオリの後ろ側から彼女の右手に自分の右手を重ねて、僕の書く時の力加減を教えようとした。
「あ、兄上!?」
サオリが大声を出し、余計に力がこもってしまう。
「サオリ、力抜いて。僕がどう書いているか教えるだけだから。」
彼女の右肩の上に顔を出しながら、ゆっくりと平仮名を順番に書いていく。
僕の机の方が凹凸が少ないためか、スラスラと書ける。
やはり、細かいミゾのせいか。
「サオリの机の表面のヤスリがけが、甘かったみたいだね。それで、ミゾに引っかかって上手く書けなかったんだよ。今日は僕の机を使って。」
「あ、ごめんなさい兄上。」
「謝らなくて大丈夫。細かいミゾがないか確認しておけばよかったんだから、僕が悪い。」
サオリは真っ赤な顔で俯いてしまうが、後で僕が直しておくと伝えて、力の加減を教えるためそのままの体勢で字を書き続ける。
何回か順番に書くうちに、サオリも加減をわかって来たのか、僕は手を添えているだけの状態でも一人で綺麗に書けるようになってきた。
もう大丈夫そうかな?
そう思って手を離そうとすると、サオリが空いている手で僕を掴み、首を横に振る。
「離れられないから、離してくれないかな?」
サオリの行動に困り、彼女の表情を伺うため横を向くと、真っ赤な顔をして僕を見つめていた。
かなり顔が近くて、自分の体勢に漸く気付き慌てて離れようとするが、僕の腕を握る手に力が篭り離してはくれない。
「兄上、ごめんなさい。」
サオリは一言だけ呟いて、目を瞑り僕と唇を合わせた。




