6 おんせん ⑥
サオリの嗚咽だけが響き、イオリはかける言葉が見つからないようで黙っている。
『私も、ご主人様と一緒にいたい。ずっと一緒に居たいって言われたのもあるけど、私自身が強くそう思ってる。サオリちゃんにも渡さない。』
静かに、けれど強く思いを込めてイオリは告げた。
「なんですかそれ?自分がもう選ばれているって言うんですか?」
『そんな事言ってない!』
「ずっと一緒に居たいって言われたって言ったじゃん!」
『私に言ったけど、サオリちゃんにも思ってるはずだよ!』
「それじゃ意味ない!あたしだけ見てほしいのに!」
『わかってるよそんな事!だから私だって!』
『いつか、私達のどちらかが選ばれてしまう時が来るから、それまでは仲良くしていたい・・・。』
「あたしだって2人と仲良くずっと一緒に居たい。でも姉上にも取られたくない。」
『私のだもん。』
「あたしの兄上だよっ!」
『また喧嘩になっちゃう。ご主人様起きちゃうよ。』
「姉上はまたそうやって!さっきだって、あたしの気持ち知ってるのに、兄上の前でカッコつけて!」
『ちかうよ!ご主人様は私達のために、毎日悩んでご飯作ってくれたり、畑で野菜作ったりしてくれてるから少しでも負担減らしたくて!』
「それをカッコつけてるって言ってるの!」
ますます過熱していく言い争いに、僕はどうしたらいいのかわからず、寝たフリを続けるしかなかった。
『とにかく、今はやめよう?ね?』
「はい。わかりました。」
どちらかに肩入れすれば、どちらかの立つ瀬がなく、なるべく公平にと思って接してきた僕が悪かったのか、そんな事まで考えてしまう。
『サオリちゃんは私のライバルであり、私の大事な妹だから。私はサオリちゃんにも嫌われたくないの。』
「あたしだって、姉上が好きですよ。負けたくないだけで。」
『うん、私も。サオリちゃんが大好きだよ。』
「姉上、ごめんなさい。」
『私もごめんなさい。約束はちゃんと守るから。』
「はい。姉上。」
よかった。仲直り出来たみたいだ。約束ってなんだろう?
『じゃあ、仲直りって事で。ご主人様にキスしてもいいよ。』
「何でそうなるんですか・・・。」
僕もなんでそうなるのか知りたい。
『だって、私3回ご主人様の唇にキスしたから、ご主人様からしてもらったのはほっぺとかおでこだったけど。』
『私からは三回だから、サオリちゃんから後2回するのが公平だよね?』
「答えになってないです。」
うん、僕もそう思う。そんな事公平にされても困るんだが。
『冗談だよ?』
「わかってます。前にもそれ言ってましたし。」
冗談だったのか、凄くドキドキした。
まって、さっきも言っていたが、サオリが僕にキス?そんな記憶僕にはない。
『そろそろいい時間だから、ご主人様起こして帰りましょうか。』
「そうですね。でも、その前に。」
『サオリちゃん?』
唇に柔らかな感触と共に、イオリとは違う甘い香りがして、不覚にもドキドキしてしまった。
『あっ!抜け駆けはしない約束でしょ!』
「姉上は三回したんですよね?」
『それはそうなんだけど・・・。』
「なら、後一回は大丈夫ですよね。」
『ダメ!』
「あんまり大声出すと、兄上が起きちゃいますよ。」
なんか、ごめんね。
『今から起こす所だから、大丈夫よ!』
「それもそうですね。」
『それじゃ、私は片付けるからサオリちゃんはご主人様を起こしてね。』
「はい、姉上。」
あっ、起きる真似しなきゃ。
「兄上、起きて下さい。」
優しく揺さぶられ、少し間をおいて目を開ける仕草をする。そして上体を起こし、座ったままぐっと背を伸ばす。
「んー。寝ちゃってたか。」
「おはよう兄上。体調は大丈夫?」
何とかバレないように起きるフリが出来たようで、ホッとした。
「うん、すっかり良くなったよ。ありがとうサオリ。」
「それはよかったです。兄上、そろそろ帰りましょうか。」
「あぁ、うん。ごめんね僕のせいで温泉あんまり楽しめなかったよね。」
「そんな事ないです。また3人で来ましょうね。」
「うん。でも、突然乱入するのは勘弁してね?」
「恥ずかしいので、そんなに毎回は、したくないです。」
やはり恥ずかしかったようで、サオリは顔を赤くして俯いてしまう。
よしよしとサオリの頭を撫で、脱衣所に向かう。
『あ、おはようございますご主人様。』
「おはようイオリ、ごめんね迷惑かけて。」
『大丈夫ですよ。倒れてしまった時は驚きましたけど。」
「おかげで大分良くなったよ。ありがとう。とりあえず、服を着るね。」
そう、今僕は下着1枚だったりする。多分2人で履かせてくれたんだろうけど、想像するだけで恥ずかしい。
『はい、パンツを履かせるの大変でしたので、次は気をつけてくださいね。』
「み、みた?」
恥ずかしくなり思わず聞き返してしまった。
『見えないように履かせるのが大変だったって言ってるんですよ!力が抜けてる人の身体って重くて運ぶのも大変だったんですから!』
顔を真っ赤にしながら捲し立てるように一息で言ったせいか、ぜーぜーと呼吸を荒くしている。
「なんか・・・ごめん。」
『もうっ!』
居た堪れなくなり手早く服を着て、後片付けを手伝う事にした。床を拭いたり、石鹸の泡を流したり、ゴミが無いかチェックするだけだったので、後片付けはすぐに済む。
それぞれの荷物を纏めて帰り支度をする頃には、空は茜色になっていた。
「ちょっと遅くなったけど、準備は大丈夫かな?」
「はーい。」『はい、大丈夫です。』
2人の返事を聞いて、うなずくと帰り道を歩きだす。サオリは行きよりも上機嫌になって、僕達の少し先を歩いている。
「あんまりはしゃがないようにね。」
そう声をかけるも、サオリは鼻歌混じりに返事をする。わかってるのかな?下りの方が足腰に来るというのに。
『ご主人様?』
「何?」
何故かイオリが小声で話かけてくる。どうしたのだろう?
『サオリちゃんの事、もう少し見てあげてくれませんか?』
「えっ?」
ドキりとした。起きて居たのがバレてた?
『あの子は見た目よりずっと、悩んでいます。幼く見えても女の子なんですよ?』
『だから、ご主人様が悩んでしまうとは思ったんですけど、あの子も見て欲しくて・・・。』
これは間違いなく、僕の狸寝入りに気付いていたようだ。
「姉上、兄上、はやくー!」
『はーい!』
サオリがこちらに振り返って呼んでいる。返事を返したイオリは、僕の少し前にでてこちらに顔を向けると
『だけど、私の事も放っておかないでくださいね?』
寂しそうな笑顔で僕に告げ、少し駆け足でサオリを追いかけ、並んで歩き出した。
僕は胸がチクりと痛むのを感じ、思わず立ち止まってしまう。
僕は、ちゃんと2人と向き合わないといけない。きっとそう遠くないうちに、結論を出さなければいけないのだろう。




