5 みずぎ ⑤
何と泳げないのは僕だけだった。愕然とした。
こんな風に泳ぎに来るのは初めてのはずなのに、2人は身体をくねらせたり、手足を使い水中を器用に泳いでみせた。
息継ぎはやり方がよくわからないらしいので、以前授業で習ったやり方を教えたが、クロールは苦手に感じたようだ。というより、僕が泳げないため上手く教えられていないのだろう。
『んー?この泳ぎ方難しいですね。』
「兄上、よくわかりません!」
僕に威厳なんてものは無いんだけれど、今まで2人に色々教えてきた誇りは多少はあったのだが、それは脆くも打ち砕かれる事になってしまった。
「何で2人は僕より泳ぐの上手いのさ・・・。」
『そう言われても・・・。』「なんとなく?」
考えてみれば、2人共巨大な水槽のような物の中で過ごしてる期間が長かったからかもしれない。あの中で泳いでいる姿を、何度も見ていたじゃないか僕は。
感覚で出来てしまっている2人に泳ぎを教えてもらう道は無く、こっそり自分で練習していつか一緒に泳ぐんだと心に誓った。
その後、砂で山を作ったり、疲れて少し横になったら砂に埋められたりしながら遊んだ。
「へぶしっ!」
「あーっ!兄上!崩れるから動いちゃダメー!」
『ご主人様、もう少しそのままでいてください。』
身体に触れる砂が少しくすぐったくもあり、さらに砂が鼻に入ってくしゃみをしたら崩れてしまい、2人から非難されてしまった。
「そんな事言われても・・・。」
『大人しくしていてください。』
「はい。」
何でそんなに真剣なの2人共。若干気圧されてしまい、僕は大人しく砂に埋められるのを待つ事にしたのだった。
「はぁ、楽しかった。」
『何だかはしゃいだらお腹空いてきちゃいました。』
「あたしもお腹ぺこぺこー。」
一頻り遊んだ僕達は、休憩をしようと海の家に戻る。
サオリは大体予想通りの反応だったのだが、イオリがこんなにもはしゃいでいる姿は想像出来なかった。
普段どれ程我慢させてしまっていたのかを思うと、胸の奥がチクりと痛む。
『どうかしましたか?』
「いや、なんでもないよ。さぁ、お昼にしようか。」
「はーい!」『はい!』
「兄上ー、口の中しょっぱいよー。」
「僕もだよー。」
今はこの時間を一緒に楽しむ事を考えよう。
「おにぎりもあるけれど・・・、折角ならノアに何か用意してもらおう。2人は何か食べたいものはある?」
『私は、イカ焼きと焼きそばとカレーですね。勿論大盛りで。』
「あたしもカレー食べたい!後はうーんと・・・。」
この2人実はかなりの大食いで、サオリですら割と大きいな僕と同じか、それ以上に食べるのだ。
原因はある。成長速度が早いために普通の人間より必要とする栄養が多いのだと言う。何も食べないと下手をすれば1週間で餓死してしまう。
一度イオリが沢山食べる事を気にして、僕と同じ量にしたら3日経たずに倒れてしまった事があり、それ以来食べる事に関しては絶対に遠慮はしないと約束させた。ただ、あの細い身体のどこに格納されるというのか。
まぁ、最初は驚いたけれど、凄く美味しそうに食べるので作りがいもあるし、何より嬉しそうに食べる人と一緒だと食事を摂るのが楽しくなるから、食べる量が多いなんて気にもならない。
「僕もカレーかなぁ。」
海水のせいか、口の中がしょっぱいため味の薄い食べ物だと味は感じにくいだろうしね。
「やっぱりあたしカレーだけでいい!おにぎりもあるし!」
「わかった。ノア、カレー3つと、イカ焼きと焼きそばお願い。カレー一つ以外大盛りで。」
無論僕の分である。端末に話かけると、人形の方からかしこまりましたと返事が来る。これかなり混乱するな。
調理に少し時間がかかるとの事なので、一度真水で身体を洗う事にした。
「兄上、もう帰るの?」
凄く残念そうにサオリが僕に尋ねる。
「違うよ。ちょっと肌がベタベタするから流したかったんだ。ご飯食べて一休みしたら、また遊ぼうね。」
「わーい!」
『よかったね、サオリちゃん。私達も流してこよう?』
「はい、姉上!」
コロコロと表情が変わる様子が微笑ましい。
僕達は更衣室にあるシャワーを利用するため、一度分かれた。
僕は細かい砂や潮を流し、上にシャツを着てから出た。2人はまだシャワーを浴びているのか、話声と水の流れる音がしている。何を話しているのかは水音でよくわからないが、笑い声は聞こえてきていた。
ノアは・・・動いてないように見えるんだけど。もう準備出来ているとか?
「ねぇ、ノア。料理ってノアが作るんじゃないの?」
〈ただいま調理中ですが、この人形のマニュピレーターの精度では調理は出来ないため、当機は現在待機中です。残り10分で運ばれてきます。〉
「なるほど・・・。」
手を動かすも、握ると開くしか出来ていないので料理は無理なんだろう。見た目は僕達とそんなぬ変わらないように見えるが、ARでそう見せてるだけって言ってたしな。運んでくるって事はいつもの機械達なのだろう。
そんなやり取りをしていると2人も戻ってきて、3人で料理が来るのを待ち、昼食を摂った。




