5 みずぎ ③
僕達の家から隔壁までは、おおよそ10分ほどかかる。距離にすると1キロ程だろうか?
定期的に物資を運ぶため機械が通り、道が出来ているので迷う事はない。
最近はサオリが来たからか、物資を運んでもらう機会も増え、よりしっかりとした道になっていた。最初は獣道みたいなモノだったのだが。
「あーつーいー。」
『ほらほら、サオリちゃん。ここから出たら涼しいですから、もうちょっと頑張ろう?」
隔壁はもう目の前なのだが、気温は30度はあるため、普段冷房の効いた家にいるサオリは暑い暑いと言っている。イオリも僕も汗はかいてはいるが、このくらいなら普段から外で作業をしているため、特に問題はない。
「さあ、着いたよ2人とも。今開けるね。」
隔壁の出入り口は高さ3メートル、幅3メートルの四角形をしていてかなり頑丈そうに見える。
この区画から出るためには更に幾つか扉を開く必要があり、認証キーが無ければ一つとして開けることは出来ない。
扉横のパネルを操作し認証キーをかざすと、扉は僅かに軋む音は聞こえるが静かに左右にスライドし開く。
半分程開いて止まったので、僕達は先へと進む。
扉の中へ入ると自動的に扉は閉まる、そこには10畳程のスペースがあり、また次の扉がある。
「涼しい!」
『ほら.言ったでしょ?』
イオリはクスクスと笑い、サオリは暑さから解放されたからか元気を取り戻す。そんな2人の様子を見て僕は微笑ましく感じる。
「さて、後2つ程扉があるから、さっさと開けて海へ行こうか。」
「『はーい。』」
最後の扉を開け、区画の外に出ると外は半袖だと少し肌寒く感じる程度の気温で、汗ばんだままここにいると風邪をひいてしまいそうだ。
「やっぱりちょっと冷えるな。」
『あまりここに出た事はないですけど、今は汗をかいているので長居はしたくないですね。」
サオリは何も言わなかったが、少し震えてる。急がなきゃ。
地図を確認すると、斜め向かいの区画のようだ。
「すぐ着くから、少し我慢しててね。」
僕は2人を気遣いながら、道案内を始めた。
とは言っても、階段を降りて数百メートルほど移動し、また階段を上るだけなんだけどね。
地図の通りに移動し、階段を上り隔壁の前に立つ。
「どうやら、ここみたいだ。」
『早く入りましょう。』
「はやくー!」
2人は、待ちきれないといった感じで僕を急かす。僕も海は初めて見るから、かなりワクワクしていた。
先程と同様に幾つかの扉を開け、先へと進む。
三つ目の扉が徐々に開いていくと、嗅いだことのなく暖かな空気が流れ込んでくる。
湿ったような、生臭いとも少し違う独特の匂い。
これが潮の香りってヤツか。
区画内に足を踏み入れると、暑く、空気は湿気を帯び、再現とは思えない日差しの強さを感じた。
少し向こうに、青みがかっていて、でも緑の色合いにも思えるそんな不思議な色が見える。
あれが海?
そんな事を考えながら、じゃりじゃりと音を立て砂浜を歩いて行く。
「わー、きれー!」
『ほんと、綺麗・・・。』
「うん、こんな景色があるなんて。なんていうか、その上手く言葉に出来ないけど、凄いなコレは。」
本当にこの景色が再現されたものなのか?青と白のコントラストがかなりの距離続いている。そこに、森の緑、岩肌の色、それらが加わり、この絵も言われぬ景色を作り出している。
形容し難い感情がわき、思わず立ち止まってしまう。感動するってこういう事なのだろう。
2人を見ると、目をキラキラさせながら、うわーとかすこいーとかを繰り返していた。
僕も同じ顔してそうだ。
「この先に建物があるらしいから、そこで着替えよう。」
『あっ、はい!わかりました。』
サオリもわかった!と元気よく手をあげながら答え、僕達は地図に表示されている地点へ向かった。
「う、海の家?」
そう看板に書かれていて、あまりにもベタなアニメのような建物に驚き、荷物が思わず肩からずり落ちる。
『これが海の家ですかー!』
「わー!」
2人は喜んでいるようだが、僕は少し考えてしまう。この方舟、5000年以上前のモノだよね?こんなのもノアが用意したって事?でも製作者の趣味で作ったとか言ってなかった?様々な疑問が湧くが、今目の前にあるのだから受け入れりしかないか。
「と、とにかく、着替えてこようか。」
僕は気を取り直し、2人を連れて中に入る。
中は木で作られたと思しきテーブルやベンチとカウンターテーブルがあり、他には真っ白なイオリと同じくらいの大きさの人形が立っている。顔などはなく、髪と思われるものもあり何か着てるようにも見えるが、何のためにこんなものがあるのかはわからない。
『アレはなんですかね?』
「さぁ・・・?」
「あはは、なにこれー?」
サオリはペチペチと人形を叩く。イオリも気になるらしい。でも僕にもわからないので、気にしない事にした。
「動いたりするわけではないみたいだから、今は着替えよう。」
〈動きますよ。〉
「えっ?」
突然ノアの声が人形の方から聞こえたと思ったら、先程まで真っ白だったはずがはっきり人間だと認識できるようになっていた。
髪は白く長いが光沢があり、顔もある。目は吊り目がちではあるが、中性的な顔立ちだ。体型は人形のままなためか、性別はよくわからないが、全身を覆うタイプのエプロンをしている。
「ノ、ノア?」
〈はい。〉
『えっ、あれっ?』
あまりにも突然の事過ぎて理解出来ていない。サオリなんかは余りの出来事に驚きすぎて、尻餅をついて口をパクパクさせている。
「えっ、いや、なんで?」
〈この人形は製作者が海の家に人が居ないのもおかしいとの事で、当機が動かすために作られています。〉
「というより、その姿・・・。」
〈この姿は製作者が設定したものですが、姿は変える事が出来ます。〉
そう言い放った瞬間、顔がイオリに変わった。
『わ、私?』
〈この様に、拡張現実の技術を応用しておりますので、任意な姿になれます。変更しますか?〉
「イオリの顔で、ノアの声が響くと混乱するから元に戻してほしい。」
〈かしこまりました。〉
元に戻った。ARかぁ、透明人間に憧れた事もあったな。
「でも、なんでここでノアがそんな事する必要が?」
沸いた疑問をそのままノアに尋ねてみる。
〈海の家での食事を楽しむ為にとの事です。従業員として食事を提供するためで、動力の都合上この建物の範囲からは出られません。〉
雰囲気を楽しむために、店員が欲しいって事か。わからなくもないけど。方舟作った人、前から思ってたけどかなり趣味に走って作ってるよねコレ。
「な、なるほど。」
〈御用がありましたら、お申し付けください。〉
そう言うとノアは入り口付近で停止する。
僕は、気を取り直してサオリを起こし、2人の手を引いて奥にある更衣室へと向かった。




