4 やきもち ②
「やっと着いた・・・。」
『ご主人様、大丈夫ですか?』
居住区画に着き、ここに来るまでに眠ってしまった女の子をベッドに寝かせてから、地面にへたり込んだ僕をイオリが心配そうな顔で覗き込む。
まだ小さく、軽いとは言え人1人を抱き抱えて30分も移動するのは中々に骨が折れた。
最後は、イオリに手伝って貰いながら背中におぶっていたが、次は1時間以上かかる僕達の家に移動するのだから、何かしらの手段を用意しなければならない。おんぶ紐のような物があればいいのだが。
久しぶりに、居住区画で以前使っていた部屋に来たけれど、使って居た時のままで埃が積もっているような事はなかった。
空調と集塵、それと機械による清掃がなされているためらしい。
ここにいる時は、洗濯とかも必要なかったし。
疲れていたせいか思考が明後日の方向に行くが、今はそんな事どうでもいい。
「流石に少し休ませてぇ。」
僕は情けない声を上げ、地面にゴロンと横になる。
『休むのであれば、ソファーの方がいいのではないですか?』
「大丈夫大丈夫、ちょっと伸びたかっただけだから。」
イオリが少し困った顔でこちらを見るが、僕はそんな事構いもせずに寝転がりながら、ぐーっと身体を伸ばす。女の子を抱き抱えたり、おんぶをしたために腰へ負担がかかったから、伸ばしたかったんだ。
そうしていると、行儀悪いですよとイオリに注意されたため、寝転がるのをやめ起き上がる。
『そういえば、この子の名前ってもう決めてあるんですか?』
「あれ?まだ言ってなかった?」
『はい、まだ聞いてないです。』
「サオリって言うんだよ。イオリの妹みたいなものだし。」
『サオリちゃんですか。』
妹という言葉にはイマイチピンと来ていない様子だが、これから一緒に暮らすサオリにイオリは興味深々と言った感じで覗き込む。
そんな光景を微笑ましいと感じ眺めていると、僕のお腹が鳴ってしまった。
「そろそろお昼ぐらいの時間だから、ここでお昼にしようか。」
『はい、わかりました。』
僕は恥ずかしいのを誤魔化すように、お昼の提案をしたが、お腹の音はイオリにも聴こえてしまったらしく、彼女はクスクスと笑いながら家から持って来た荷物の中からお昼の準備を始めた。
「今日のお昼は何かな?」
『今日は、嵩張らないようにサンドイッチにしました。』
「イイね。タマゴサンドある?」
『はい、勿論ありますよ。ご主人様タマゴサンド好きですから。』
「やった!」
イオリは将来いいお嫁さんになる。そう確信する僕だった。
昼食を食べ終えて、ひと心地着いた僕達は、もう少し休んでから家に帰る事にする。
『サオリちゃんのお昼は本当に要らなかったんですか?』
「うん、まだ固形のものは食べれない筈だから。」
イオリもそうだったのだが、最初数週間はおかゆのようなものしか消化が出来ない。1カ月もすれば普通の食事が出来るようになる。
『そうなんですか?そういえば私も、最初おかゆ食べてましたね。』
「覚えてるの?僕、最初作り方知らなくてさ。ノアが収集してた情報から作り方教えてもらったよ。」
『はっきりと覚えていますよ。ご主人様が料理するのに、あたふたしてた事も。』
「そこは忘れてほしいかな。」
またクスクスと笑われてしまい、僕は顔が赤くなる。どうやら小さい頃の記憶も、しっかりと残っているようだ。
小さいと言ってもまだ1年半しか経って無いからだろうけど。
恥ずかしい気持ちを誤魔化すために、僕は話題を変えてみる。
「イオリと、こんな風に会話出来る日が来るなんて思わなかったよ。それもこんなに早く。」
『そうなんですか?』
「うん、成長が早いとは聞いて居たけれど、いざこういう風に会話出来るようになると、不思議な感覚だよ。」
『んー?』
最近は減ってきたが、前からよくわからない時に出る口癖は相変わらずなんだなって思うと、落ち着くというか、イオリはイオリなんだなって、上手く表現出来ない感情が湧く。
「だって、最初の頃はすぐに泣くし、怒って破壊の嵐を巻き起こすしで大変だったんだから。」
『それは覚えてますが、ご主人様が構ってくれなくて寂しかったからですよ。」
イオリはバツが悪そうに顔を伏せてしまう。
「あぁ!ごめん、そんな悪く言うつもりじゃないんだ。ただ・・・。」
『ただ?』
「誰かと一緒に居るって感じがして、その思い出すら、今思うと楽しかったって言うのかな。」
「イオリから元気を貰ってるというか。」
『んー?』
何を言いたいんだ僕は。イオリもよくわからないって顔をしてる。
「あーー。何て言えばいいんだろ?とにかく!僕は、イオリとずっと一緒に居たいって事なの!」
僕はよくわからなくなってしまって、そんなふうに言い切ってしまった。
『そ、それは、す、すきってことですか?』
「それは勿論。イオリの事好きだよ。」
歳の離れた妹がいたら、こんな感じなのかな?妹ともちょっと違うような気がするけど。
僕の答えを聞いて、イオリは真っ赤になって押し黙ってしまう。
『両思いって事かな。』
僕に聞き取れないくらい小さな声でイオリは呟く。
「ん?なにか・・・」
何を言ったのか聞き返そうとした時、
「あーー。」
あまりにも大きな声を出してしまっていたらしい。サオリが目を覚まし、手をバタつかせながら僕を見ていた。
「ありゃ、起きちゃった。」
僕は慌ててベッドに行き、サオリの様子を見る。泣いたりしているわけではなく、こちらに手を伸ばし僕を呼んで居ただけのようだった。
「んーー。」
僕が近寄ると、安心したかのような声を出しながら手足をバタバタさせる。構ってほしいのかな?
「よしよし、サオリは元気だねぇ。」
優しく言いながらサオリの頭を撫でる。
「うーー。」
凄く嬉しそうだ。暫く頭を撫でていると、再びサオリは眠ってしまった。
「そろそろ帰ろうか。サオリのご飯とかも作らなきゃいけないし。」
そう言いながらイオリの方に振り返ると、イオリは物凄く頬を膨らませて僕を睨んでいた。
「ど、どうしたの?」
『なんでもありません。帰るんですよね?片付けますね。』
恐ろしく抑揚のない声でそう言い、イオリは帰る準備を始めた。
「あっ、サオリを抱える為にタオルを繋げて紐を作ろう!」
僕は帰り支度をしながら、そんな呑気な事を言うのであった。




