4 やきもち ①
方舟に来てから2年が過ぎ、イオリと出会ってから1年半以上経った。
今では見た目が12歳前後にまで成長したイオリと2人で生活してきたが、今日からは3人になるんだ。
イオリに手を出した訳ではないよ。
『ご主人様、この区間は確か私が生まれた区画ですよね?』
「うん、僕とイオリが初めて出会った区画だね。」
僕達は今、培養槽のある区画に来ている。
イオリは、僕と一緒に住み始めてからは一度も来て居ないのだが、僕自身は半年程前から度々訪れていた。
2人目の女の子がこの培養区画で育てられているからだ。
イオリに初めて出会った時のように毎日通う事は出来なかった。
この区画と住居のある区画が、丁度方舟の端と端にあるようで、途中に移動するための施設もなく、徒歩と階段で移動するしかないため片道で2時間程かかってしまう事と、以前と違って農業を行っている都合もある。出来る限り通っては居たけれども。
その分、これまでのイオリの成長によって蓄積された情報から刷り込みの精度も向上しているようだし、培養槽の中での成長速度も、若干イオリより早めているらしかった。
「さぁ着いたよ。」
『どんな子なんでしょうか?ドキドキします。』
イオリは緊張しているようで、表情が硬い。
「大丈夫だよ。イオリの妹になる子なんだ、きっといい子だよ。」
そう言いながらパネルに端末を近づけ、扉を開ける。
「よし、迎えに行こう。」
『はい!』
僕達は部屋に入り、培養槽の前に立つ。前の時と同じように培養槽は緑に光っていて、中には初めて会った時のイオリより少し大きな女の子がいる。
「ノア、彼女を培養槽から出してあげて。」
〈かしこまりました。〉
培養槽に満たされた液体の水位が徐々に下がっていくと、中に居た女の子はその変化に驚き少しパニックを起こしているようだった。
液体が抜けきり、培養槽の底部に女の子は横たわる。唐突に感じるようになった重力のせいなのか、苦しそうにバタバタと手足を動かしているが、どうやら上手く動けないようだ。
そうすると今度は、口内から緑色の液体を吐き出し、更に苦しそうに咳込む。
培養槽の壁面が下がっていく間、僕とイオリは女の子の咳込む様子を眺めているしか出来ない。早く、早くっ!そう苛立ちながら、培養槽が開くまでの間女の子を心配そうな顔で2人で見つめた。
培養槽の壁が下がりきると、僕は持ってきた荷物をその場に思わず落としながら女の子に急いで駆け寄り、抱き起こし座らせ、まだ液体を上手く吐き出せていないあろう女の子の背中を軽くトントンと叩いた。
イオリが培養槽から出た時も同じだったと思いながら、背中をさすったり、トントンと軽く叩いたりしながら女の子が上手く液体を吐き出し、呼吸が出来るように促す。
『大丈夫ですか?』
そんな光景に驚いてしまったのか、イオリは足がすくんでしまい僕のように動き出せずに、その場で立ったまま心配そうな声をあげた。
「大丈夫だよ。もう少しすれば落ち着くはずだから。」
イオリを安心させるために女の子の背中を撫でながら、優しくそう返す。
暫くすると、まだ少し咳込むもののぜーぜーと言う音が聞こえ始めた。
どうやら、少しずつ呼吸が出来るようになってきたようだ。
僕は胸を撫で下ろすと、地面にぺたんと座る女の子が震えている事に気付く。
「イオリ、タオルを取ってくれないかな?」
『は、はいっ!』
僕の声に、イオリは先程落とした荷物の中を急いで漁り、タオルを数枚持ってこちらにやってくる。
培養槽は寒い。5度ぐらいの気温に濡れたままこのまま晒すのは可哀想だ。
タオルを受け取ると、僕は女の子の身体を拭き始めた。
女の子の身体を拭きながら、彼女を見る。
緑色の髪は肩甲骨の下ぐらいにまで伸び、手足は細く、あばらも浮き出ている。全体的に痩せすぎな印象をうけるが、それは仕方がないのだろう。イオリも似たような状態だったから。
年齢は5歳くらいに見える。初めて会った時のイオリより、少し大きい。
顔立ちはイオリの垂れ目に対して吊り目で、やや凛々しい印象を受ける。この子はかわいいと言うより、美人になりそうだなと感じる。
くちゅんと可愛らしいくしゃみが聞こえ、僕は女の子を拭く手が止まっていた事に気付き、慌てて彼女をタオルで包むとイオリにもっとタオルをくれと頼んだ。
そうして一通り拭き終え、何枚ものタオルで包んだ女の子を抱き抱える。
「さて、一度居住区画へ行こうか。ここは寒いから」
『はい、わかりました。』
僕達の家は居住区画の先にあるから、ひとまず以前居た居住区画へと行く事にした。




