0-1 方舟 ⑥
培養区画より帰った翌日から2日間、僕は体調を崩してしまった。
体調を保つためにこの居住区は、気温は一定に、時間経過を地球の僕らが住んで居た地域に合わせて、窓の景色を変えてくれたりしているのだが、突然真冬の日中ぐらいの気温に半袖で数時間いたり、他の色々な出来事のせいで熱が出たんだと思う。
体調が戻り、体力が落ちているせいもあるのかな?と考えながら僕はノアに尋ねてみた。
「ねぇ、ノア。またあの子に会いたいんだけれど、会いに行ってもいいのかな?」
〈はい、問題ありません。〉
残り2週間くらいで、一緒に暮らせるようになるのだが、何故か無性に会いたいと思っていた。多分、ずっと1人だったから僕自身心細かったんだろう。
同じ失敗を繰り返さないように厚着を用意し、タブレットを持ち培養槽へ向かう道すがら、ノアにお願いをしてみた。
「こちらの音は伝わらないって言っていたけれど、音とか声を伝わるようにする事出来ないかな?」
〈直接伝える事はできません。ですが、当機の端末を経由し、情報の刷り込みに使用している機能を利用すれば可能です。〉
「会話は出来るかな?」
〈培養槽側には集音の設備は無いため、不可能です。〉
一方通行って事か。
「なら、こちらの音声を伝える事だけでも出来るようにしてほしい。」
〈かしこまりました。〉
会話が出来なくても、こちらからの一方通行であったとしても、人とコミュニケーションを取りたかったんだ。
ただただ、僕は寂しかった。これまでの半年、相手は無機質な音声の人工知能だけ、会話ではなく質疑応答に近いもののみだったんだから。
そうこうしていると、僕は再び培養槽のある部屋へと辿り着く。
パネルに端末を近づけ、ロックを解除し部屋に入る。
そうして再び培養槽へと歩み寄ると、端末越しにだけれど女の子を見ながら呼びかける。
「こんにちは。また来たよ。」
突然響いた声に、眠っていたと思われる女の子はビクッと身体を震わせ目を開き、キョロキョロと辺りの様子を伺う。
「こっちだよ。こっち。」
そう呼びかけるも、音が上方から聞こえるのか女の子はしきりに上を見上げながら、首を傾げる。
なるほど。スピーカーのような機能は上についているのか。
その事に思い当たると、僕は培養槽へと近づき前回と同じように手を当て中を覗きこむ。
すると女の子はこちらに気がついたようで、また僕の方にゆっくりと泳いできた。
「こんにちは。また来たよ。」
僕は女の子に笑いかけながら、もう一度出来るだけ優しく呼びかけてみる。また上を見上げるも、今度は声の主が僕であると認識したようだった。
「よかった、伝わっているみたいだね。」
女の子は不思議そうに上を見上げたり、僕を見たりしている。
「今日は、またキミに会いたくなって来たんだ。」
何を言われているのかはわからないだろうけど、こうしてコミュニケーションが少しでも取れる事がたまらなく嬉しかった。
それからは毎日培養槽に通い、女の子に話しかけ僕の話をしたり、音楽を一緒に聴いたり、幼児向けの体操を踊ってみせたり色々した。
最初はよく分からずに不思議そうな顔をして、飽きて眠ってしまったりもしていた。
けれど、徐々にだけれど、僕が来ると待っていたかのようにすぐに近づいてきたり、音楽に合わせて身体を揺するようになったり、体操を目の前で踊ってみせた時なんかは凄く楽しそうに真似をしようとしたりして、打ち解けるまでに、そこまでの時間はかからなかった。
その間に、僕は女の子に名前を付けた。
イオリ
それが女の子の名前。最初はよくわかって居なかったようだけど、呼びかける時に名前を呼ぶとか、色々工夫しているうちにそれが自分の名前だと理解してくれたようだ。
そうこうしていると、徐々に培養槽に居る時間が長くなり、10日が経つ頃には食事と寝る時以外は女の子の前に居るようになった。
残り7日ほどで、一緒に暮らし始める事になる。今日も培養槽に向かいながら以前に聞かされた事について僕はノアに質問をしていた。
「じゃあ、あの子が培養槽から出たら別の区画で一緒に暮らす事になるの?」
〈はい、食物の自給自足をする技術の継承も目的にありますので、専用の区画にて生活をして頂きます。〉
「僕にはそんな経験はないから、上手く出来ないと思うんだけれど、作れなかったら餓死するしかないとかはないよね?」
自給自足をしろと言われたが、作るのに失敗した場合が怖いのだけど。
〈問題ありません。作物が収穫出来ない場合はこちらでサポート致します。大規模な施設が必要となる、小麦や米等の穀類に関しては備蓄がありますのでそちらをご利用頂けます。〉
まぁ、今も食事は出ているから備蓄とかはあるんだろうけど、それをいつまでもアテにしちゃいけないって事かな?
果たして上手くやれるのだろうか?不安になってきたが、やるしかない。
これからどんな日々が待っているのか、期待に胸躍らせつつも若干の不安を抱えて、僕はその日が来るのを待った。
もう1人じゃない。それだけで、大分心が救われる気がした。




