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第91話 父、信じて

「はぁ……はぁ……くっそぉぉ!」


 対峙した状態から、オーラ目掛けて駆け出した少年。

 拳を振りかぶり、力の限り撃ち抜いた。


「ぐっ……!」


 しかし、拳をいなしたオーラは、間髪入れずに顎へ強烈なアッパーをお見舞いする。

 吹き飛ばされた少年は、壁面に激突してしまうが、攻撃は終わらない。


「がはぁ!!」


 体勢を立て直す間も無く、回転を加えた飛び蹴りが鳩尾を狙い撃つ。

 少年の体は更にめり込み、口から血飛沫が躍り出た。

 その時、オーラから声が聞こえて来る。


『今の一撃が本気だったなら、君は既に死んでいる。立つんだ』


「はぁ……はぁ……うぐ……!」


 しかし、地面に倒れ込んでしまうレンカイ。

 だが、柔らかな泥が衝撃を吸収してくれた。

 少年は、ふっと微笑みオーラを見上げる。

 その瞬間、眼前に迫り来る蹴りを転がって回避した。

 体勢を立て直し、オーラと距離を取る。


(わざわざ泥にしたのは、この為だったんですね。ありがとうございます……師匠!)


 口元の血を拭い、レンカイは笑みを浮かべた。

 確かに、攻撃によってダメージは負っている。

 だが、今迄とは比べ物にならない程、痛みに耐えられる。

 体が作り変えられている証拠だろう。


「まだこっから――マジかよ……!」


 腰に手を当てたレンカイだったが、直ぐに顔を歪める事になる。

 何故なら、其処にある筈の小刀が、影も形も無いからだ。

 すると、オーラから低い声が響いて来る。


『確認を怠ったのは、君の落ち度。戦況は常に変化する。次の手を考えるんだ』


 そう言い放ち、前傾姿勢で駆け出すオーラ。

 レンカイも構えを取るが、瞬間目の前に飛来する泥の礫。

 視界を奪われたと同時に、太腿に走る蹴りの激痛。

 堪らず体が折れてしまうと、腕を絡め取られ宙に投げられた。

 地面に落下する寸前、何とか受け身を取るが手足に鈍痛が走る。


(くそ……でも、それでも……やるしか無い!)


 グレナダを渡した時、小刀はラディオによって抜き取られてしまっていた。

 徐々に蓄積されていく疲労とダメージ。

 しかし、オーラは全く休む事無くレンカイを狙う。

 的確に急所を捉え、流れる様に動きを変え、押し潰す様な力を持って。

 レンカイは必死に抵抗するが、状況は最悪だった。



 ▽▼▽



(もう少し……もう少しだ、レン)


 地上からオーラを操作し、戦況を見守るラディオ。

 側では、ベビーチェアに座った娘が、ニコニコと小竜のオーラと遊んでいる。

 穴の下で、激闘が繰り広げられている事など知る由も無く。

 すると、黒い何かが此方に猛烈な勢いで駆け来た。


「あ、あ、主殿〜!」


 トリーチェだ。

 いつもの黒い外套を身に纏い、フードを深く被っている。

 ラディオの横で急停止すると、綺麗な直角のお辞儀を披露した。


「お、お、遅れてもも申し訳ありませんでしたッ!」


「トリーチェなのだっ!」


「あっ! レナン殿〜! お早うございますッ!」


「やぁ、トリーチェ。呼び出してすまなかったね」


「いいいえッ! め、め、滅相もございませんッ! 自分もずずずずっとぉ! おおおお会いしたいと……ゴニョゴニョ……」


 語尾が良く聞き取れなかったが、ラディオは取り敢えず頷いた。

 そして、穴を指差し、見るよう促す。

 何事かと覗いたトリーチェは、直ぐに険しい顔になり、つぶさに観察し始めた。


「これは……圧倒的ですね」


「そう見えるかい?」


 レンカイとオーラの戦闘を見れば、どちらが優位であるかは一目瞭然。

 A +ランクの冒険者であり、『金時計』であるトリーチェがそう判断するのは、至極当然だ。


「はい、これでは時間の問題かと――いえ……待って下さい」


 だが、ふと顎に手を置き、考え込むトリーチェ。

 それを見たラディオは、喜びと感心を織り交ぜて、微笑みを零す。


「流石だね。君も気付いた様に、レンは諦めていない」


 そう、少年の瞳には、未だ煌々と燃える様な輝きが灯っていた。

 必死に致命傷を交わし、倒されても倒されても、立ち上がって。


「戦闘や技術に関して、私から言う事は何も無い。君には、素晴らしい師が付いているからね」


 ラディオは穴を見つめたまま、トリーチェに語り掛けた。


「君が過去を話してくれた日、私に言ったね……憎しみに囚われてしまうと。それをどうにかしたいと。私が君に伝えられる事は、全てこの中にある。いや、違うな……私では無く、彼が全てを教えてくれる」


「主殿……?」


「レンは、あの日私に『自分の弱さを認めても良いんだ』と、教えてくれた。何か背負う人は皆、多かれ少なかれ『恐怖』を抱いている。だが、その恐怖を、弱さを認め、それも自分自身であると受け入れた時こそ、真の強さが現れるのだと知る事が出来た」


「自分自身であると、受け入れる……」


「そうだ。君の怒りも、憎しみも、悲しみも……全て君自身なんだ。それらを受け入れ、自分を心から信じられた時、どんな苦境も跳ね除けられるのだと、私は思う」


「……自分を信じる」


 ラディオはそれ以上何も言わず、静かに微笑んだ。

 そして、穴の前に立ち、必死に抗う弟子を見つめる。

 少し立ち止まっていたトリーチェも、自然と足を前に出し、レンカイの勇姿を見守るのだ。



 ▽▼▽



「ぐわぁ! ぐぅ……まだ、まだぁ!」


 またも地面に伏せられたレンカイ。

 だが、直ぐに起き上がり、次の攻撃は見事に受け切った。

 更に、放たれた拳を鼻先数センチで躱す。

 伸び切ったオーラの腕を掴み取り、今度はレンカイが投げ倒す。

 極限の状態の中、少年の目は着実に動きを捉え始めていた。


(よし……見えるぞ! これなら、まだ戦える!)


 レンカイは拳を握り締め、構えを取った。

 息は上がり、身体中から痛みの悲鳴が聞こえるが、まだ立つ事が出来る。

 オーラの動きに細心の注意を払い、次の一手を思案するレンカイ。

 円を描く様に距離を測り、大地を踏みしめた。


「……ここだぁ!!」


 活路を見出し、思い切り前に飛び出した。

 渾身の力を込めて振り抜いた拳は、遂にオーラを真正面から捉える。

 手応えを感じ、ここが好機と言わんばかりにもう一発拳を撃ち込む――



「これで終わ――うわっ!?」



 瞬間、有り得ない悪寒が首筋を襲った。

 振り向く間も無く、本能的にしゃがみ込んだレンカイ。

 その刹那、今の今まで首があった場所に、鋭い手刀が空を切っていたのだ。

 それも、後方から。

 レンカイは訳が分からず、即座に壁際まで後退する。


『……素晴らしい反応だ』


「師匠! これは一体!?」


『何を驚いている? 戦闘とは常に変化し、予想に反し、残酷なものだ。それに……私はサシでとは言っていない』


 そう、オーラが殴られたのは油断を誘う為。

 そして、後方からもう1体のオーラの攻撃の目眩しにする為だったのだ。

 2体のオーラは構えを取ると、少年との距離をジリジリと詰めていく。

 まるで、捕食者が獲物を狙う様に。


(はぁ……はぁ……もう、俺じゃあ……)


 張り詰めていた気持ちが、音を立てて崩れ去っていく。

 過酷な状況に、更に絶望が塗り足されたのだ。

 力無く膝をついてしまうレンカイ。

 だが、オーラはそれでも容赦しない。

 俊敏に蛇行しながら、レンカイに迫る。


(このまま……負ける……また、負ける……)


 まるで走馬灯の様に、ゆっくりと迫る魔力の塊。

 少年は何も出来ず、只々見ている事しか出来ないのか。

 だが――



『起きたんだね、レンカイ!』


『何なんスかレンカイのそれぇー!』


『……ううん♡』



 頭に響いて来た友の声。

 皆笑顔を浮かべ、レンカイを見ている。

 更に――



『にーちゃー! がんばるのだ〜!』


『大切な者を護る為に……諦めるな』



 新たな家族も、励ましてくれる。

 そして――



『レン、私の可愛い息子……いつまでも笑顔でいてね』


『お――こ、ま――き……――らだ』



 母と、覚えの無い声。

 心に沁み入るその声が、温かな力をくれた。

 少年の瞳に、再び闘志が宿る。


(そうだ……俺は、決めたんだ。絶対……諦めないって!)


 爆音と共に、壁面が抉れた。

 しかし、そこに少年の姿は無い。

 瞬間、円の中央から強大な魔力の波動が溢れ出す。

 振り向けば、紅蓮のオーラを迸らせたレンカイが其処に居た。


「俺は負けない……護りたい人が、大切な人達が居るんだ。 皆が居てくれるから……俺は絶対に諦めない! はぁぁぁぁ!!」


 全身にオーラを纏い、込めた魔力を爆発させた。

 すると、見る見る内に漆黒の髪が、瞳と同じく真紅に染め上がっていく。

 そして、天を穿つ様に額に現れた、雄々しい双角。

『鬼人』の力を解放した少年は、凛々しく、力強く、とても美しかった。


『そうだ……その想いだ、レン!』


 オーラから、心から喜びを溢れさせた声が響く。

 鬼人族が力を解放するのには、それなりの力が必要である。

 それは、恐らく生存本能によるもの。


 長い歴史の中で、迫害や淘汰の憂き目に遭った事もある。

 故に、鬼人達は生まれて数日すると、自然と角を隠す様になった。

 再び本来の姿になるには、心身共に鍛えなければならない。

 でなければ、『鬼』の力に飲まれ、化物と化してしまうから。


 レンカイ達がラディオと出逢った日は、極限状態だった。

 その状況が少年の昂りに呼応し、角を出現させたのだ。

 しかし、今は違う。

 己を信じてくれた大切な人達を、心から信じた。

 大切な人達を護るという己の覚悟を、心から信じた。


 頭に響いて来た声が、記憶に浮かぶ笑顔が、心に刻まれた愛が、力をくれた。

 溢れ出る想いが少年の意志を通して、『鬼人』本来の姿を取り戻させたのだ。


「前と全然違う……これなら、絶対負けねぇ!」


 全身に夥しい魔力を張り巡らせ、レンカイはオーラの元へ飛び出した。

 以前とはまるで違う、体に馴染む『鬼』の力を感じながら。


「いくぞ――はぁぁぁぁッッ!!」


 一瞬にしてオーラの眼前に現れると、勢いそのままに捻りを加えた回転蹴りを放つ。

 オーラはくの字に体を曲げるが、吹き飛ばない。

 即座に体勢を直したレンカイによって、腕を掴まれているからだ。


『そうだ。相手の間合いに何時迄も居る必要は無い。自ら間合いに引きずり込むんだ』


「はいっ! おらぁぁ!!」


 レンカイは腕を軸に、背負い投げを炸裂させる。

 地面に叩きつけられたオーラ。

 その瞬間、鋭い手刀を振り下ろし、首を跳ね飛ばす。


「次だっ!」


 レンカイはもう1体のオーラに狙いを定める。

 滑空する様に前傾姿勢のまま疾走し、オーラの足を掴み取る。

 上空に放り投げると同時に、レンカイも飛び上がり、オーラの背面を捉えた。

 そして、ありったけの力を込めた拳を、脊髄にめり込ませる。


「これで終わり――だぁ!!」


 余りの凄まじさに、後ろから突き破られたオーラ。

 レンカイはそのまま首を掴み、地面へ叩き落とした。

 大きな破裂音と共に、霧散していくオーラ。


  「はぁ……はぁ……やりました、師匠……」


 2体のオーラを一瞬の内に屠った少年は、空を見上げ、誇らしげに笑みを零す。

 直ぐ様降りて来たラディオは、レンカイ以上に誇らしげな微笑みを浮かべていた。


「良くやった……本当に素晴らしかった、レン」


 ラディオは少年を抱きかかえると、一飛びで穴を抜け出す。

 そして、そっと芝の上に寝かせ、ハイエルフ特製ポーションを飲ませた。

 そう、全てを出し切ったレンカイは、気を失っていたのだ。


「ちちっ!? にーちゃどうしたのだっ!?」


「大丈夫……兄さんは、少し疲れてしまっただけだから」


 いそいそとベビーチェアを降りるや、レンカイに駆け寄り、心配そうに顔を覗き込むグレナダ。

 ラディオは娘が安心出来る様に、穏やかに語り掛け、頭を撫でてやる。

 すると、トリーチェがレンカイの横にしゃが込み、頭を下げたではないか。


「少年、君には感謝してもしきれない。自分は、とても大切な事を教えて貰ったよ。主殿……有難うございました」


「私は何も。起きたら伝えておくよ」


 ニコッと微笑み、頷いたトリーチェ。

 ラディオ達に挨拶をすると、その場を後にする。

 凛としたその足取りに、誇りを溢れさせて。


「レン、君の姿はとても眩しかった。トリーチェも、そう想っているだろう。無理をさせてすまなかったね……今はおやすみ」


「すー……すー……」


 穏やかに寝息を立てる少年の頭を、愛おしそうに撫でるラディオ。

 修行はまだまだ始まったばかり。

 これから先、苦しい事もあるだろう。

 だが、『自分を信じ抜いた』レンカイならば、どんな困難も越えて行ける。

 ラディオは、そう信じて止まなかった。

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