第86話 父、肩に手を回して
「おい……お前ら、急にどうしたんだよ……」
同じく面食らったレンカイが、困惑しながら問い掛けた。
だが、クレインもロクサーナも真剣な面持ちのまま、エルディン達から目を離さない。
それを見たラディオは、またも感心した様に頷く。
「急じゃないよ。レンカイが僕達を護ってくれた時……決めたんだ」
「そっス。皆で話し合ったんスから」
「2人共……」
レンカイは、それ以上何も言えなかった。
2人の瞳に映る、並々ならぬ想いが伝わって来るから。
すると、見定める様な眼差しのまま、エルディンがゆっくりと口を開く。
「……お前は何がしたい?」
一言に集約されたエルディンの問い。
クレインは緊張しながらも、凛とした表情を見せる。
「僕は……僕は魔導師になりたいです。お父さんを助けてくれた様に、僕も……助けられる様になりたい。強くなりたいんです!」
少年の想いを聞いたエルディン。
しかし、何も言わずに黙ったまま。
すると、今度はギギが険しい顔を見せ、ロクサーナに問い掛ける。
「お前さんは何がしたい?」
「ウチは最高の武器職人になって、最高の武器を造りたいっス。『神器』すら超える物を造って……それを扱える様に強くなりたいっス!」
ギギは髭を撫でつけながら、深い溜息を漏らした。
何時もの調子とはまるで違う、全てを射抜く様な眼差しを向けたまま。
しかし、エルディン同様何も答えない。
それを見た子供達の顔が、次第に曇っていく。
「やっぱり……僕なんかじゃ……!」
「ウチはどうすればいいんスか!」
幼い瞳に涙を溜めて、俯く2人。
見ていられなかったレンカイが声を掛けようとしたその時、ラディオが穏やかに語り掛ける。
「クレイン、ロクサーナ……君達は、何の為に力を求める?」
「「……え?」」
同時にラディオの方を見る子供達。
この時、レンカイは急に大人が言わんとしている事を理解した。
あの時と同じだ。
ラディオに『覚悟』を求められた、あの時と。
「君達の求めているものを、其処に居る2人は与えてくれるかも知れない。だが、それは扱いがとても難しい。一歩間違えば、全てを壊してしまう程に。だから、聞かせてくれ。君達はその力を……誰の為に奮うのかを」
ラディオの静かな声が、子供達に染み込んでいく。
それはまるで、心に広がる波紋の様に――
『うえ〜ん……!』
『お前、泣いてんのか?』
『うぅ、ぐすっ……な、泣いてないよ……!』
『そっか、なら良いけどさ。さっさと行こうぜ!』
『……何処に?』
『決まってんだろ? お前を泣かした奴を、ぶちのめしに行くんだよ!』
『え、えぇ! ま、待ってよ〜!』
クレインの心に広がる、嘗ての記憶。
どうしても、1人では立ち向かう事が出来なかった。
だが、そこに手を差し伸べてくれたのは、黒髪の少年。
何も言わずに、ガキ大将に突っ込んで行った背中。
クレインにはとても大きく格好良く見えた、その背中。
「僕は、僕は……もう後悔したくありません! もう、何があっても絶対に友達を置いて行ったりしません! 『友達を助けられる男』になりたいんです!」
溢れる涙を拭い、クレインは声を張り上げる。
大切な友達に、もう全てを背負わせる事の無い様に――
『やっと見つけた!』
『はぁ〜? お前誰っスか。ウザいんでどっか行って欲しいんスけど』
『なぁ、お前の兄ちゃんて喧嘩ばっかりしてんだろ?』
『ちっ……! だったら何なん――何やってんスか?』
『頼む! 俺に喧嘩を教えてくれって伝えてくれ! どうにも上手くいかないんだよ〜! 俺もお前の兄ちゃんみたいに強くなりたいんだ!』
『……ウザいっスね』
ロクサーナの心に広がる、嘗ての記憶。
暴れ回る兄の陰口を、周囲から聞かされ続けていた。
本当の姿を見ようともせず、どうせこの子も同じだろうと弾き出されて。
そんな時に現れたのは、手をついて頼み込む黒髪の少年。
顔も体もボコボコだったが、初めて兄を褒めてくれた事が、本当に嬉しかった。
「ウチも、あんな思いはもうしたくないっス……! 友達を犠牲にして、自分だけ助かるなんて有り得ないっス! 頼ってばかりじゃなくて、今度はウチが強くなって……大事なもの全部護りたいっス!」
ポロポロと涙を流しながら、拳をギュッと握り締めるロクサーナ。
初めて認めてくれた友達を、二度と裏切らないと心に誓って。
そして、『仲間』はもう1人。
「ふぅ……レミアナ様!」
「え、はいっ!?」
動向を見守っていたレミアナの前に、リータが跪く。
決意を秘めた金色の瞳を、しっかりと上に向けて。
「レミアナ様、私ではまだまだ力が及ばない事は分かっています。ですが、失礼を承知でお願い申し上げます! 私を……私をレミアナ様のお側に置いて下さい!」
「え……えぇ〜!?」
「……君も同じなんだね」
ラディオの言葉に、少女はしっかりと頷いて見せた――
『あ、あの……リィも、その――』
『おい』
『きゃあ!? だ、誰……?』
『あぁ! ごめんごめん、驚かせちゃったよな。お前、最近外出られる様になったんだろ? 良かったな!』
『う、うん……でも、誰も……遊んでくれなくて……ぐすっ……』
『何だよ、此処に俺が居るだろ? そうだ、今度友達も連れて来るよ! そしたら、皆で一緒に遊べるな!』
『ほ、ほんと……?』
リータの心に広がる、嘗ての記憶。
生まれつき体が弱かったが、数年経つとそれは何とか解消された。
しかし、髪と同じぐらい白い肌の所為で、敬遠されてしまう。
そこへ登場したのは、黒髪の少年。
初めてちゃんと見た太陽より眩しい、キラキラした笑顔を向けてくれた。
「私は只泣くだけで、行動しませんでした。でも、もう失いたくない……! 皆を失いたくないんです! 大事な人を護る為に、私の全てを捧げます!」
そう言った少女の瞳は、何処までも真っ直ぐだった。
その姿は、『あの日の自分』をレミアナに想起させる。
ラディオの横に立ちたいと、エルディンに懇願した日の自分を。
しかし――
「でも、私はまだまだ未熟で……」
唇を噛むレミアナに、ラディオが優しく声を掛ける。
「君は幼い頃から、誰よりも努力をして来た。その事は、私達だけでなく、『教会』も認めている。スエロ様は厳しいお方だ。元英雄の一行だからといって、簡単に『大神官長』に任命したりはしないよ」
「ラディオ様……」
「君は、もう立派な大人の女性だ。自身が積み上げて来たものを誇り、今度はそれを後進に伝えていかなければ」
レミアナは瞼を閉じると、軽く息を吸い込む。
そして、ゆっくりと呼吸を整えると、清廉な瞳で少女を見つめた。
跪く額に手を当て、奏でる様に言葉を紡ぐ。
「貴女の想い、しかと受け取りました。これより、ディーナ聖教会大神官長の名において、神官見習いリータ・カリエティを『大神官長側仕え』として任命致します。女神様の御加護を賜り、信仰心に報いる働きを。そして、大切な人の為に……いつまでも、いつまでも、その心に『愛』を持たん事を」
「はい……! 心より、お誓い申し上げます……!」
「うん、私も頑張らなきゃね。じゃあ……御両親に御挨拶に行きましょう。側仕えとなったからには、教会に住み込みになるし。リータ、案内お願い出来るかしら?」
「はい! 此方です!」
「ラディオ様……私、出来る所までやってみます! また、夕方にお邪魔しますね♡」
「あぁ、待っているよ」
レミアナはニコッと微笑みと、リータと連れ立って歩き出す。
だが、エルディンの横まで来ると、少し苦い顔になってしまった。
「エルディンさん……その、勝手な事をして申し訳――」
「馬鹿弟子、人に物を教えるのは並大抵の事では無い。お前の言葉一語、行動一つ、その全てが指針となる事を自覚しろ。決して甘えた考えは持つな。後は……お前なら分かるな」
「エルディンさん……はいっ!」
レミアナは師匠に頭を下げ、ギルドを後にした。
その背中を、託された『信頼』によって輝かせながら。
「さて、聞いた通り私には馬鹿弟子が既に存在している。私は無責任な事はしない。彼奴が巣立つまで、弟子を取る気は無い」
「……分かり、ました……」
クレインは、ギュッと眉根を寄せる。
だが、直ぐに笑顔を作り、エルディンに頭を下げる。
悔しい……全身からそう嘆く心を何とか抑えて。
だが、頭の上に置かれた手の感触に驚き、『ひっ!』と声を上げてしまった。
「あ、あ、あのぉ……?」
「弟子は取らん。だがな、そろそろこの街にも拠点を作ろうと思っていた所だ。迷宮探索に置いて、多少の興味も出て来てたしな。試したい魔法もある。という訳で、お前の親に会いに行く。案内しろ」
「……え?」
「聞こえなかったのか? お前の親に挨拶がてら、物件の話を聞きたいのだ。礼を欠く者が、何かを教える事など出来る筈も無い」
「そ、それじゃあ!?」
「今迄書物に起こした事は無かったが、たまには良いだろう。それに……お前の『答え』は悪くない。さっさとしろ、助手」
「……はいっ! えと、あの、家はこっちです! 先生!」
クレインは少し前のめりになりながらも、先頭を切って歩いて行く。
去り際に『後でな』とラディオに言い残し、その後を追うエルディン。
その頬は、どこか綻んでいる様に見えた。
「さて、お前さん……武器職人になりたいと言ったな?」
「はいっス」
「俺は学が無ぇからよ。単刀直入に言うぜ。お前さん、責任を持つ覚悟はあるか?」
「あるっス!」
「どんな物にも、だぞ? お前さんが造ろうとしているのは、テーブルや椅子じゃねぇ。『武器』だ。命を奪う事の出来る物を、その手で生み出す覚悟があるのか」
「……ッッ!」
「『神器』を超える武器、そんなもんが造れたなら……そりゃあスゲェわな。でもな、それはそれだけ危険だっちゅー事だ。誰の手に渡るかも分からねぇ。もしかしたら、手に入れた奴がお前さんの親を殺すかも知れねぇ。それでも、責任を持てるのか?」
「うぅ……それは……」
「その覚悟が無いんじゃあ、挫折するだけだ。やるだけ無駄だからな、止めと――」
「信じるっス!!」
首を振るギギを遮り、ロクサーナが声を張り上げる。
小さく『ほぅ』と漏らしたドワーフは、何も言わずに次の言葉を待った。
「ウチには、今のウチには覚悟なんて分かんないっス……! でも、ウチは自分の造る武器を信じるっス。その武器を持つ人を信じるっス。その武器が誰かを傷付けてしまったとしても……絶対誰かの為に成るって信じるっス!!」
ギギを睨みつけ、声を上げるロクサーナ。
すると、伝説の名工はギラギラした瞳で笑い始めた。
「くくっ……だっはっはっはっ! 良い目すんじゃねぇかよ、おいっ! その頑固さ、気概、勝気な性格、信頼を託す心意気! 職人に必要な最低限は備えているな! よーし、決めたぞ。お前さんの将来、俺に預けろっ!」
「…….はいっス! 親方!」
「そうと決まれば、早速行動だ。お前さんの父ちゃん母ちゃんに、2人目も預からせてくれって言いに行かねぇとな! オーウェンの慌てる顔も早く見たいぜ〜! だっはっはっは!」
『じゃあ兄貴、後でな』、そう言うとギギ達もギルドを後にする。
残されたラディオは、すっと立ち上がり、レンカイの頭に手を置いた。
俯く少年から漏れる声を聞きながら、本当に誇らしげに言葉を掛ける。
「素晴らしい仲間を持ったな、レン」
「ぐすっ……はい……!」
ボサボサの前髪で隠れた紅玉の瞳。
そこから頬へ伝う、温かな雫。
友の想いを受け取った少年は、心に改めて誓いを立てた。
『大好きな友達を、必ず護れるようになる』と。
「さぁ、夕方には皆集まってくれる。食材の買い出しに行かなければ。何か食べたい物はあるかな?」
未だすやすやと眠る娘を抱きながら、ラディオは少年と共に歩き出す。
不意に掴まれた裾の重さに微笑みを浮かべ、少年の肩に手を回して。
こうして、子供達はそれぞれに師匠を持つ事となった。
互いに切磋琢磨しながら、師匠の温かな愛に包まれて、その頭角を現す事となる。
そして、そう遠く無い未来、成長した子供達は、【英雄達の五宝】と呼ばれ、数々の偉業を成し遂げていくのだが……それはまた別のお話。




