第85話 父、これからは君も
「皆は、お友達になってくれたかい?」
「あいっ! にーちゃと、リータと、クレインと、ロクサーナなのだっ!」
「そうか……良い笑顔だ」
分厚い胸に飛び込み、キラキラと笑うグレナダ。
ラディオに頭を撫でてもらうと、幸せ一杯に尻尾をブンブン振るのだ。
そんな微笑ましい光景を見て、子供達も笑顔を見せる。
「ホントにパパ大好きなんスね〜」
「うん、ラディオさん優しそうだもん。それにしても、レナンちゃんの尻尾って……着ぐるみの飾り……じゃないよね?」
クレインが疑問を呈すると、リータがちょんちょんと肩を叩いて来た。
『ふっふーん』と片方の眉を持ち上げ、何故かとても誇らしげな顔で。
「それはねぇ……ラディオ様が、竜族の血を引かれているからよ。少し前に、レミアナ様が神官長様に、『お義母様』が竜族の方だってご相談されていたの」
「へぇ〜! じゃあ、レナンちゃんも竜の血を引いているって事っスか〜」
「うわぁ! とっても凄い家系なんだぁ。ねぇ、レンカイは知って――レンカイ?」
クレインに問い掛けられたが、レンカイは何も答えなかった。
只々、ぼーっとラディオ達を見つめている。
その紅い瞳に、懐旧と羨望……そして、少しの寂しさを浮かべて。
「レンカイ!」
「おわっ!? な、何だよ……」
「何だよじゃないよ〜。ぼーっとしちゃってさぁ」
「レン、体も何処かおかしいの?」
「べ、別におかしくな……体もって何だよ!」
「ぷはぁ〜! リータヤバいっスってぇー!」
リータの一言により、ロクサーナ達はまた笑い始めてしまう。
レンカイはバツが悪そうな顔になるが、2人に聞こえない様にボソリと呟いた。
「……ありがとな」
そっと握られた自分の服の裾を見ずに、照れながら頬を掻くレンカイ。
其処には、純白の長い耳をピクピクさせながら、嬉しそうに笑うリータの姿があった。
「……ううん♡」
「すぅぅぅ、はぁぁぁ……よし……うらっ!」
レンカイは大きく深呼吸をすると、気合いを入れる為に、両頬をバチンと叩く。
何時迄もくよくよしてはいられない。
『強くなる』と決めたのだから。
しかし――
「いっつ……!」
「え、何スか。バカなんスか」
「うん、これはちょっとね」
「レン、やっぱり頭も……」
「やっぱりって何だよ! あぁもう! 良いんだよこれでっ!」
両頬に大きな紅葉を作ったレンカイは、少し涙目になりながらも、ラディオの元へ駆けて行く。
そして、懐から大事そうに取り出したのは、未だパンパンに詰まった巾着袋だった。
「あの、ラディオさん! 洗濯とかで余計に使っちゃったけど……これお返しします! 本当にありがとうございました!」
ラディオは感心した様に微笑むと、レンカイの手を下げさせた。
「それは君に託したものだ。好きに使えば良いし、返す必要も無いんだよ」
「え……いや、ダメです! こんなに沢山のお金貰えません! 俺、ちゃんと使った分も返しますから!」
しかし、レンカイも引き下がらない。
ラディオは眉尻を下げて困ってしまうが、何かを思い付いた様に、また微笑みを見せる。
「……分かった。今は預かろう」
「はい! あ、それと……お願いを聞いて貰えますか?」
腰布に巾着を差し込みながら、ラディオは頷く。
少しモジモジしていたレンカイだったが、大きく息を吸い込み、言葉を紡いだ。
「えと、その……ラディオさんを師匠と呼んでも良いですか!?」
「私はどう呼ばれても構わないが……別に、そう呼ぶ必要性は無いんだよ?」
「俺がそう呼びたいんです! ダメ……ですか?」
この時、ラディオは、少年の言わんとしている事を感じ取った。
同時に、強く想いを馳せる。
一人前にする事は元より、何とかその隙間を埋めてあげたい、と。
ラディオは凛とした表情を見せると、レンカイの頭に手を置いた。
「……分かった。その代わりと言っては何だが、私も呼び方を変えたい。レン、そう呼んでも構わないかな?」
「え……はいっ! 嬉しいです! 宜しくお願いします、師匠!」
「……良かった」
くしゃくしゃっと頭を撫でられ、レンカイは満開の笑顔を咲かせる。
「では、今日は皆で晩御飯でもどうかな? 君の事も、君の仲間の事も良く知りた――」
「ラディオ様ぁぁぁぁ♡」
中年の言葉を遮り、ギルド内に響き渡った狂喜の声。
振り返ると、玄関に佇むプラチナプロンドが目に入った。
たぷんと実ったメロンを揺らし、此方に一目散に駆けて来る。
そして、ラディオの腕に飛び込むと、恍惚に酔いしれた顔を晒した。
「あはぁ〜♡ お早うございますぅぅ♡」
「お早う、レミアナ」
「レミアナなのだ!」
「レナンちゃんもお早う〜♡」
朗らかに挨拶を返すラディオ達。
しかし、突如現れた大神官長に、レンカイはぽかんと口を開けるだけ。
「所で、どうしてギルドに?」
「信者達の御心が導いてくれました〜♡」
「……?」
そう、人海戦術と職権濫用である。
「でも、残念ながら1人じゃないんです。もう直ぐ……あ、来ましたね」
レミアナの含みのある言い方に、ラディオが再び玄関の方を見ると――
「「あぁーーっ!!」」
「うわぁ! な、何だよ!? 」
クレインとロクサーナが、大きな声を上げる。
レンカイの元まで駆け寄ると、歩いて来る人影を熱心に見つめるのだ。
その後ろには、頬を赤らめながら、必死に前髪を整えるリータの姿。
憧れのレミアナが急に現れては、乙女の準備も大変なのだろう。
「……何故私がお前と歩かねばならんのだ」
「そりゃこっちの台詞だ! レミ坊は急に走り出すしよぉ」
ぶつぶつと互いに文句を言い合いながら、顔をしかめる凸凹な影。
しかし、その歩調は完璧に合っている。
ラディオはやれやれと微笑みながら、旧友達に手を上げた。
その姿を見とめ、2人も此方に歩いて来る。
「やぁ、2人共。この間は本当に世話になった」
「エル! ギギ! おはよーなのだ!」
「ふっ、良い朝だな。小さき王よ」
「おうよ! レナンは挨拶も出来て偉いなぁ! 何処ぞのへんくつハイエルフにも、聞かせてやりてぇわ!」
「……何だと」
「……何だよ」
「ほーんと、揃うといっつもこれなんだから。ラディオ様、放っといてお昼ご飯に行きませんか?」
登場した途端に、好き勝手に喋り始めた『元英雄の一行』。
グレナダはそんな姿を見て笑顔を見せているが、ラディオは何処から手を付けて良いものやら。
困った様に微笑み、頬をポリポリ掻く事しか出来ない。
しかし、今日はまだこれで終わりでは無い。
「あ、あ、あのぉ!」
「ちょっと話を聞いて欲しいっス!」
言い合っているエルディン達の前に立ったのは、クレインとロクサーナだ。
「……何だ、お前達は?」
「おうおう、元気の良いチビ共だな! だっはっはっはっ! ん? お前さん何処かで……」
その時、クレイン達が居なくなった事で、後ろに隠れていた少女に気が付いたレミアナ。
その視線にハッと気付いた少女は、プルプルと耳を震わせ、瞳を泳がせる。
それもその筈、クレイン達の背を壁にしていたのに、急に消え去ってしまったのだから。
そして、前髪はまだ整っていない。
「あ、あのぉ、まだ髪が……」
「貴女……リータさん、だったわよね? いつも教会に熱心に尽くしてくれる事、感謝していますよ」
「え……リィの、じゃなかった……私の名前を存じてらっしゃるんですか!?」
「えぇ、もっちろん。私は、教会に関わってくれる方一人一人のお顔とお名前を、全て覚えるようにしているの」
「うわぁ……感激ですぅ♡」
憧れの大神官長に名前を呼ばれ、嬉しさの余り飛び跳ねて喜ぶリータ。
折角整えた前髪は、これで完璧に崩れてしまったが。
一方、色々起こり過ぎて追ていけないレンカイ。
だが、その肩に乗せられた手に反応し、後ろを振り返る。
「賑やかだろう?」
「……はい。いつもこうなんですか?」
「大概はね。皆、私の大切な『家族』だ。今この場に居ない者も居るが、直ぐに君にも紹介しよう」
「なんか……良いですね、こういうの」
「あぁ、私もそう思う……これからは、君もね」
「え? すいません、聞こえなかったです」
ラディオは静かに微笑むと、レンカイの頭をわしゃっと撫でた。
不意のスキンシップに驚きつつも、その温かな手に、自然と少年の頬も綻んでいく。
▽▼▽
「という訳で、レンは本日をもって、正式に私の弟子となる。皆、これから宜しく頼む」
「あ、その、よ、宜しくお願いします!」
改めて自己紹介をする為、談話スペースに移動した一同。
いつのまにか寝てしまった娘の背中をトントンしながら、ラディオが頭を下げる。
慌てて、レンカイも同じ様に頭を下げた。
先程までは呆気に取られていたが、今は冷静だ。
目の前に英雄の一行が並んでいたのでは、緊張するのも無理はない。
「ラディオ、この子は……」
「あぁ。その話は、レンと後々してみようと思う」
「……そうか。ならば、私から言う事は何も無い」
エルディンの意味深な問い掛けに、レンカイは首を傾げたが、ラディオは穏やかな微笑みのまま。
気にする事でもないのかな。
そう考え直し、レンカイはソファーに座り直した。
「さて、お前の話を聞かせてくれ」
「は、はいっ! あの――いったぁ〜!」
突然の指名に慌てたクレイン。
立とうとした瞬間、思いっきり机に脛をぶつけしまった。
ロクサーナとギギが笑い声を上げる中、エルディンもふっと笑みを零す。
「落ち着け。取って食いはしない」
「は、はい……ふぅー。えと、最初に御礼を言わせて下さい。【翡翠の魔剣士】エルディン・パララスィカ様、命を救って頂いて、ありがとうございましたっ!」
「……何を言っている」
エルディンの眉間に、訝しげに皺が寄る。
子供達は頷いているが、大人達は話が見えて来ない。
「僕の名前はクレイン……クレイン・カリマンと言います。少し前、お父さんが《黒化の呪い》に掛かった時、エルディン様が何も言わずに助けてくれたんです。そのお陰で、お父さんは今も生きてます。本当に本当にありがとうございましたっ!」
「……成る程。お前は、あの時の冒険者の息子か。確かに、その茶色い髪には既視感があるな」
何と、クレインの父親はボド・カリマン。
ラディオ消失の際に、ギルドに赴いたエルディが見た惨状。
その時の救出者の1人だったのだ。
「あれ以来、お父さんはクランを辞めて、一から問屋をやり始めました。まだまだ小さいお店だけど、お父さんは一生懸命働いています。『貰った命で、私にも出来る事がある』って、本当に嬉しそうに。そんなお父さんを見るのは……久し振りでした。だから、どうしてもお礼が言いたかったんです!」
「ふっ、私が勝手にした事だ。お前が礼を言う必要など無い」
エルディンはそう言いながらも、どこか嬉しそうにクレインを座らせた。
それをニヤニヤ見つめるのは、ギギとレミアナだ。
「へぇ〜。エルディンさんでも、たまには良い事するんですね〜」
「貴様ぁ……! 誰に向かって口を聞いて――」
「良い歳こいて照れるのはみっともねぇぞ。さて、今度はお前さんの番だな!」
『何を!』と言いかけたハイエルフを、ラディオが宥める。
すると、今度はサイドテールをフワリと揺らし、ロクサーナが立ち上がった。
「ウチはロクサーナっス! 『親方』、いつも兄貴がお世話になってるっス〜!」
「兄貴……そうか! お前さんのその顔! どっかで見たと思ったら、オーウェンの妹かぁ〜!」
ロクサーナは二本指を立て、挨拶する様に目元で振った。
オーウェンはギギの弟子の1人であり、『内町』で案内をしてくれた巨漢その人だ。
「どうしようもなかった兄貴があそこまでまともになるなんて、パパもママも思ってなかったっスよ〜」
ロクサーナの実家は工房を営んでいる。
だが、数年前のオーウェンは札付きのチンピラだった。
そこへ、骨のある人材を探していたギギが現れる。
オーウェンはいつもの様に突っかかっていくが、『元英雄の一行』に勝てる訳も無い。
何と、小指一本でのされてしまったのだ。
それ以来、ギギに預けられたオーウェンは、厳しくも温かな愛に触れて、真っ当な鍛治職人へ変貌したのである。
「たまに帰ってくると、あの仏頂面で親方の事話してくれるんスよ! ウチにはずっと優しい兄貴だったっスけど、もっともっと好きになったっス!」
「だっはっはっは! そうかそうか。彼奴は、聖夜の時期になるといつも何か作って帰ってたからなぁ! 今やっと謎が解けたわ!」
エルディン達が入って来た時、大きな声を上げた理由が明かされた。
何と不思議な事に、それぞれに関連性を持っていた子供達。
すると、クレインとロクサーナが互いに顔を見合わせ、しっかりと頷き合った。
そして、大きく息を吸い込み――
「エルディン様……僕を弟子にして下さい!」
「親方……ウチを弟子にして欲しいっス!」
綺麗に頭を下げた2人。
「「……何だって?」」
面食らったエルディン達は、思わず同時に声を上げてしまうのであった。




