第83.5話 父、星空の下で
(レナン……?)
娘の突然の行動に、ラディオは困惑を隠し切れない。
「レナンちゃん、頑張って♡」
レミアナが声援にコクンと頷いたグレナダ。
腰に巻いてあるリボンの結び目を、ゴソゴソと漁り始る。
そして、何か煌めく物を取り出し、『じゃーん!』と誇らしげな顔で高々と掲げた。
(一体何時から……其処に、それを……?)
状況が把握出来ず、どうでも良い事が気になってしまう。
すると、とてとてとグレナダが駆けて来た。
片膝を付いたラディオへ、飛び切りの笑顔を咲かせながら、分厚い胸板にダイブする。
「ちちっ♡ これあげるのだ! ぷれぜんとなのだぁ〜♡」
「有難う。これは――とっても綺麗だね」
不意の贈り物を受け取り、優しく微笑み浮かべるラディオは、またも頭が下がってしまった。
艶やかに煌めく白銀の竜が、その翼で楕円形のチャームを包み込むデザイン。
勿論、素材はサニアの牙であり、加工はギギが行った逸品である。
「ちちっ! あけるのだ!」
「開ける?……成る程、そういう事か」
竜の頭を押すと、キンっ! と気持ちの良い高音を響かせながら翼が左右に開き、ロケットタイプのチャームだったと理解した。
中には何も入っていないが、ラディオはその荘厳な美しさに溜息を漏らす。
「有難う、レナ――」
「まだなのだっ!」
すると、また結び目をゴソゴソやり始めた娘。
其処に幾つ物を入れているのだろう……と、又もどうでも良い事が頭を過るラディオ。
だが、グレナダはそんな事何処吹く風。
『じゃじゃーん!』と、より誇らしげに一枚の羊皮紙を取り出すと、ラディオから一歩分距離を置く。
そして、太陽の様に眩しい笑顔を咲かせた。
「レナン、ちちにおてがみかいたのだっ! きいてくれるのだ?」
「あ、あぁ……勿論だとも」
頷きながらも、ラディオは少し困惑していた。
『お絵描き』なら問題は無い。
しかし、娘は確実に『お手紙』と言った。
まだ読み書きが出来ないというのに。
羊皮紙を広げたグレナダは、すぅっと息を吸い込み――
『 ちちへ
いつも おいしいごはん ありがとうなのだ!
いつも あそんでくれて たのしいのだ!
いつも レナンのおようふくを あらってくれて いいにおいなのだ!
いつも ちちとねんねして あったかいのだ!
いつも ぎゅーってしてくれて うれしいのだ!
レナンは ちちがレナンのちちで なかよしなのだ!
レナンは ちちとずっとずっと いっしょがいいのだ!
レナンは ちちがいちばんいちばん だいすきなのだっ♡
レナンのだいすきなちちが ずっとずっと げんきでいられますように!
レナンより 』
大きな声で、一生懸命読み上げたグレナダ。
羊皮紙をちちに渡し、その顔には幸せが満ち満ちている。
一方、娘からの『手紙』を受け取ったラディオは、どうしても言葉が出てこない。
決して上手いとは言えない字で書かれた文。
相変わらず不思議なタッチで描かれた『家族』の絵。
だが、字の一画一画、絵の一線一線から溢れ出る、『ちち』への確かな想い。
ラディオは羊皮紙を握り締めたまま、俯くばかり。
「レナンちゃん! 良く頑張ったね〜♡」
すると、邪魔をしない様に見守っていたレミアナ達も、此方に駆けて来た。
サニアから誕生日の事を聞き、自分も何かプレゼントしたいと言い出したグレナダ。
そこで、日頃の感謝を綴った『お手紙』を書く事になったのだ。
初日のロッジで大の字になって隠したのは、この為。
カリシャに字を教えて貰いながら、心を込めて書き上げた。
因みに、大人達が考えた結果、カリシャの文体が一番良いと判断している。
何故なら、レミアナでは狂気が過ぎるし、トリーチェでは固くなり過ぎてしまうから。
「レナンは、本当に其方に良く似ておる。ラディオ、其方も字を憶えたての頃、妾に文をくれたな。 今でも、一言一句鮮明に思い出せるのじゃ♡」
懐古に幸せを落とし込んで、うんうんと頷くサニア。
「工房に篭ってたら、トリーチェが来てよ。サニア様の牙を二本届けてくれたんだ。『息子と孫の為に』っつー伝言付きでな」
「いえッ! 寧ろ、自分がお運び出来た事が光栄ですッ! それに、43階層に用もありましたのでッ!」
「だっはっはっ! お前さんが居なきゃあ、俺は『コレ』を思い付けなかったんだ。そんなに謙遜するこたぁねぇぜ! おう皆! 準備は出来てるな?」
ギギの掛け声と共に、家族達が一斉に頷き、懐や谷間の奥―トリーチェ以外の女性陣が―をゴソゴソとやり始める。
そして、同じ形の輪が連なったパーツを取り出したのだ。
「それは只のチャームじゃねぇ。ネックレスになってんだ。俺達一人一人の想いを込めた、このチェーンをくっ付ける事でな!」
そう、ラディオに渡したプレゼントは、家族全員で作った合作である。
素材はサニア、加工はギギ、そしてパーツと代金はレミアナ達。
そのパーツには、それぞれの名前とメッセージが刻まれている。
例えば、グレナダの場合は『だいすきなのだぁ♡ グレナダ』といった具合に。
しかし――
「あぁーー!! 何で……何で何で何でぇぇ!?」
「煩いぞ馬鹿弟子! お前は黙るという事を知らないのか!」
いきなりの大声に、エルディンの眉間に皺が寄った。
だが、鎖を見つめながらわなわなと震え、この世の終わりの様な顔を晒すレミアナ。
ぐるりとギギの方を向き、締められた鳥の様な奇妙な声を出したのだ。
「ギ〜ギ〜さ〜ん!」
「何だ!? 俺の設計に不備は無ぇ筈だぞ!」
「これのっ! どこにっ! 不備が無いって言うんですかぁ! 私の伝えたい想いが半分も書かれて無いじゃ無いですかぁ!!」
「ば、馬鹿野郎! お前さんのは長過ぎる何てもんじゃなかったんだ! そこまで刻んだだけ有難いと思え!」
「そんなぁ〜〜!!」
本当伝えたい想いを熟考し、チェーンに刻まれている事は、大体一言か二言。
しかし、レミアナのチェーンだけは、他と比べ格段に色が黒くなっている。
余りにもメッセージが長大だったので、掘る部分が無くなってしまったのだ。
ギギは相当に苦労と努力をしたが、それでも……確かに半分も刻めてはいない。
「もう良いからそれを貸せ! 繋ぎ合わせて、兄貴に完全なプレゼントを渡したくないのか!」
「ん〜〜! もぉーー! 分かりましたよぉ……あれ? レナンちゃん?」
やっと折れたレミアナがパーツを渡す。
しかし、組み上げるのを待っていると、グレナダの異変に気が付いた。
何やら不安げな様子で、ラディオを下から覗き込んでいる。
そう言えば、先程から一言も喋っていない。
他の家族もその事に気付いた様で、互いに顔を見合わせた。
「ちち……どこか、いたいのだ……?」
グレナダの心配する声に、ラディオは俯いたままゆっくりと首を振った。
その瞬間、羊皮紙にポタリと何かが落ちる――
「父は、大丈夫だよ。少し、心が一杯で……溢れてしまったんだ」
漸く顔を上げたラディオ。
其処には、溢れる幸せに包まれた微笑みがあった。
そして、頬を伝う感謝で一杯の温かな雫があった。
「この『お手紙』……父は、ずっとずっと大切にするからね。本当に有難う、レナン」
「……あいっ♡」
ラディオは涙を拭い、娘を強く強く抱き締めた。
グレナダも胸板に顔を埋めて、幸せ一杯に笑い声を上げる。
「あぁもう駄目ッ!! ラディオ様ぁぁぁぁ♡」
「あっ! 抜け駆けは許しませんわ! ご主人様ぁぁぁぁ♡」
すると、想い―劣情とも言う―が限界を迎えたレミアナとニャルコフも、ラディオに飛び付く。
出遅れたカリシャとトリーチェは、どうして良いか分からない。
見兼ねたサニアが、2人の間に入り、肩に腕を乗せながら呟いた。
「ほれほれ、其方達も行かんで良いのか? 今宵に限っては、遠慮する方が無粋じゃ。真っ直ぐな想いをぶつけなくてどうする。妾は行くぞ! ラディオ〜♡」
「……は、い♡」
「はははいぃぃ♡」
ニヤリと笑いながら走り出した竜王に吊られ、2人もラディオの元へ駆けて行く。
その姿を優しく見守る旧友達。
こうして、プレゼント大合戦は終わりを告げる。
だが、誕生日の宴には、いつまでも『家族』の笑い声が響いていた。
▽▼▽
「すー……すー……」
「ぐぉぉ……ふがっ……ぐぉぉ……」
「う、ん……むにゃむにゃ……」
遅くまで騒いだ宴も終わり、ロッジに帰って来た一同。
朝からそれぞれ動き、疲労がピークを迎えたのだろう。
加えて、酒も大量に入っている。
皆リビングで丸くなり、泥の様に眠っている。
満足感を携えた寝顔で。
(本当に有難う、皆。私は……)
1人テラスに立ち、海を眺めるラディオ。
静まり返った砂浜。
打ち付ける波のさざめき。
満点の星空の下、貰ったネックレスを握り締める。
家族の想いが刻まれたチェーンと、母の愛の塊である牙で作られたロケット。
そして、中には最愛の娘からの『お手紙』をしまって。
「う〜ん……ちちぃ……」
呼ばれる声に振り返ると、大窓の側に目を擦る娘が居た。
『おいで』と手招きされ、一目散に駆けて来たグレナダ。
瞼を閉じながら、両手を大きく広げて抱っこをせがむ。
ラディオが抱き上げると、安心感に包まれ、腕の中で丸くなった。
『うわぁ……きら、きら……です!』
『ふふっ。ラディオ、其方はもう1人では無い。今宵の空に輝く星々も、大地を照らす灯りも、妾もじぃやも、その全てが其方の側に居るのじゃからな』
ふと、サニアに拾われた次の日の事を思い出した。
リビングから毛布を持ち出し、娘をしっかりと包みこんだラディオ。
そして、皆を起こさぬ様に窓を閉めると、《飛翔》を発動し、星空の海へ飛び立つ。
「サニア様が教えて下さった『世界』は、とても輝いて見えた。父は、生まれて初めてそう思えたんだ」
「ち、ち……きれい、なのだ……♡ むにゃ……」
満点の星に彩られた空の中を、ゆっくりとワルツを踊る様に旋回する。
頬を撫でる心地良い風と、横抱きの適度な揺れ。
大好きな父の温もりを全身に浴びて、グレナダは夢の中へ落ちて行く。
(グレナダ、君は私の宝。命そのもの。君の為なら、私は全てを捧げられる。だが、共に居られる時間はもう……それでも――)
『1つだけ、憶えておいて欲しい事があります……私とは違い、運命に抗ったあの子の名を……それは、真に自由を求めた証。その名はグレナダ……私達の言葉で、《笑顔》という意味です』
あの日に聞いた、決して忘れられぬ名前。
心に刻んだ、大切な言の葉。
ラディオは、心からの愛を込めて娘の頬を撫でる。
すると、眠りながらも『へへっ♡』とニヤけたグレナダ。
(例え、いつか星になっても)
ラディオは眉根をギュッと寄せ、夜空を仰いだ。
温かな雫が、娘の顔に溢れぬ様に。
(ずっと……君の胸の中に居るからね)
暫くの間、星の海に佇んで居たラディオ。
その両手に、最愛の娘を抱きながら。
▽▼▽
同時刻、タワー1階・『ギルド受付』――
「あぁん! 疲れたわぁ〜ん!」
「あっ、レイちゃんお帰りなさ〜い」
勢い良く扉が開き、溜息を吐きながらドレイオスが帰って来た。
珍しく疲労困憊と言った様子。
唇を尖らせ、肩を揉みながら、首をコキコキ鳴らしている。
「あはは……本当に遅くまでお疲れ様でした」
「うぅ〜ん、アナタもよぉん。シフトとは言え、夜勤は大変よねぇ〜ん。お肌の大敵じゃなぁ〜い!」
「ホントそうなんだよね〜。ま、明日休みだから良いんだけど……あれ、レイちゃん……クマヤバくない!?」
「嘘っ!? そんなにっ!? ヤダァ〜ん! 直ぐにおパックしたぁ〜い!」
受付嬢の指摘に、体をクネクネさせて騒ぎ始めるドレイオス。
この動きで危機感でも表しているのだろうか。
疲労困憊とは一体……。
「これは由々しき問題よねぇん。アタシ、シャワー浴びておパックするわぁん。アナタももう少しだけ、お仕事頑張ってねぇん♡」
「うん、ありがとう! お疲れ様〜」
ドレイオスは重たい溜息―帰って来た時と理由が違うが―を吐きながら、階段を上がって行く。
束の間の息抜きを終えた受付嬢だったが、程なくして『あっ』という顔で固まってしまった。
(……『来客』の事言うの忘れた〜。うん……まぁ、でも……いっか)
お互い知り合いだし、さして問題も無いだろう。
そう考え直し、仕事に戻る受付嬢であった。
▽▼▽
タワー3階・『治安部隊長室』――
(おっそいわねぇ。なーにしてんのかしら)
窓からランサリオンを見つめ、少しイラつきを見せていると、背後に気配を感じた。
『はぁ』と溜息を零し、魔力を込めて受け身の体勢に入る。
直後、凄まじい風切り音と共に振り下ろされた剛腕を、振り返り様に両腕で受け止めた。
「ちょっと何よぉ〜ん! 来るなら来るって言いなさいなぁん! 危うく殺しちゃう所だったわよぉん! アーちゃん!」
自室に上がり込んでいた不審者を屠る為、攻撃をしたのはドレイオスだった。
しかし、魔力を感じた所で誰だか察する事が出来た。
「だったら攻撃止めなさいよ! それにね、ワタシはちゃーんと受付の子に伝えといたんだからね!」
〜【微笑の緋帝】アクウェル・フィーマ
元Sランク冒険者であり、現『ギルド南方支部支部長』〜
プリプリと文句を言いながら、フードを取り払う巨漢。
橙色の長髪に、幾重も織り交ぜられた赤や黄の髪の束。
そして、長い睫毛と垂れ気味の目。
そう、水着コンテストの審査員長である。
しかしてその実態は、何と4つ存在するギルド支部の長だったのだ。
「何でも良いけどぉん、こんな時間に何の用〜?」
「シーズンの前に、あらかたビーチの『お片付け』するじゃない? でもね、今年は異常に多かったのよ。そしたら、モンスターを放流してる輩がいたのよ〜ん! しかも! 『呪印』持ちで」
「やだぁん! 教団絡みじゃなぁ〜い!」
「そうなのよ〜ん! それでね、コンテストも近いし、キリちゃんまだ帰って来てないでしょ? だから、取り敢えずワタシが繋いでおいて、今日終わったから監獄に連れて来たのぉ!」
「やーだぁん! ありがとぉん!!」
野太い声でキャーキャー騒ぐ、長身で筋肉ゴリゴリのオカマとオネェ。
しかし、言っている事は大変な事実である。
「ちょっとその話詳しく聞かせてくれるかしらぁん? お紅茶でも飲みながら……ブランデーも入れちゃいましょうか♡」
「ノンノン! もっと良い話あるんだからぁ〜! コンテストでね、リーちゃん出てきたのよぉん!」
「嘘でしょっ!? あのお堅いリーちゃんがぁん!?」
「そうなの〜! しかも、あーたが言ってた『ラディオちゃん』も来たんだから!」
「何よそれぇん! お紅茶じゃ足りないわよぉん!」
「でしょ〜? そうなったら……」
「そうねぇん、そうなったらぁん……」
「「跳ね馬亭で女子会ねっ♡」」
「ちょっとやぁだぁん! おほほほほっ!」
「考える事やっぱり同じよね〜! うふふふふふっ!」
何やら意見がまとまったオカマ達は、意気揚々とギルドを後にしたのであった。




