第83話 父、只々無言で
互いが互いを牽制し合い、只ならぬ空気を醸し出す一同。
戦争でも始める気なのだろうか。
いや、彼等にとっては正しく『戦い』なのかも知れない。
プレゼント大合戦という名の、譲れない戦い。
そうこうしている内に、何やら空も陰って来た。
風も強くなり、心なしか海も荒ぶっている気がする。
ラディオが首を傾げていると、大合戦が動きを見せた。
「誰もいないのなら……私がいきますわっ!」
先陣を切ったのは、ニャルコフだ。
ツカツカとグレナダの前に来ると、全てを包み込む様な笑みを浮かべる。
後ろでは、『ちぃ!』とレミアナが呻き声―舌打ちとも言う―を響かせるが、もう後の祭りだった。
「うふふっ♡ お嬢様、少々お待ち頂けますか?」
何処と無く狂気を孕んだ声を発し、何故かゴシック調のメイド服を脱ぎ始めたニャルコフ。
そして、取り出したリボンを体に巻き付けていく。
実りに実ったメロンメロンの先端に結び目を作ると、跪いてグレナダを見上げた。
「私、時間が余り無かったもので……でも、そんな事は関係なかったのですわ。何故なら、私の全てを捧げれば良いのですからぁ♡」
「おぉ〜! ニコのおむねもまんまるなのだ! ねっ、ちちっ!」
「……服を着ようか」
「ご主人様ぁ……ちょっと、レミアナ! 離して下さいますこと!」
「そんなプレゼント誰も要らないんですけど!!」
すっと娘の目に手を添えながら、困った様に微笑むラディオ。
隣ではサニアが腹を抱えているが、御手伝いの思惑は、直ぐさま大神官長によって阻止された。
「僕は、これ……レナン、ちゃん……おめ、でと!」
今度はカリシャの登場だ。
ダークエルフと揉み合っていたレミアナから、『ちぃぃっっ!』と大きな大きな舌打ちが漏れ出た事は、置いておこう。
「ありがとうなのだ! おぉ〜! かわいいのだ〜♡」
包みから出て来たのは、15cm程のキーホルダー。
三段ケーキをモチーフとし、最上段には冬の夜空の様に澄んだ色の卵が置かれた逸品。
キラキラと輝くケーキに、満面の笑顔を咲かせるグレナダ。
カリシャも嬉しそうにピクピクと耳を震わせていると、背後から怒号の如き悲鳴が上がる。
「あぁぁぁぁーーッッ!! そ、そそ、それは! 5年前数量限定生産され即時完売且つ再販無しの『レジェンドシリーズ・竜の雫』ではぁぁぁぁ!?」
やって来たのは、トリーチェである。
彼女は甘い物に目が無い……特に『ドルチェ・デ・テンティオネ』の商品に。
『レジェンドシリーズ』とは、店の初代が稀に作っていた限定ケーキの総称。
その味たるや絶品などでは語り足りず、至高の極致と言って良い。
全部で10種存在し、ケーキと共にキーホルダーも作っていたのだ。
だが、数量は毎回10個程。
現在は2代目に看板を譲っており、再生産はされていない。
最早マニアの域に達しているトリーチェにとっては、興奮するなと言う方が無理な話だった。
「そ、そそ……ゴクリ……カリシャ、それを……ど、何処で!?」
「僕、そこで……はたら、く……もら、う……たよ?」
「何故ッッ!?」
ある日、プレゼントを探していたカリシャは、ふとテンティオネにやって来た。
グレナダが大好きな店のケーキを、沢山沢山買って行ったら喜んでくれるかも知れない、と。
しかし、店内に入るとカリシャの考えが変わった。
壁に飾られた額縁に収まる、10種の鮮やかで美しいキーホルダーが目に飛び込んで来たからだ。
中でも、『竜の雫』と書かれた作品は、この上なく輝いて見えた。
居ても立っても居られず、店員にどうにか売ってくれないかと頼み込む。
一度は断られてしまうが、これ以上の贈り物など思い浮かばない。
すると、必死に頭を下げる姿を見兼ねて、店員が理由を聞いて来た。
満開に笑顔を咲かせたカリシャは、胸を張って答える――
『だい、じな……人の、だい、じな……お姫、さま……喜ぶ、から! おねが、い……ます!』
よくよく聞けば、お得意さんである着ぐるみの女の子の誕生日プレゼントだという。
その理由と、カリシャの真剣な瞳に心動かされた店員。
『代金は要らないから』と、譲ってくれる事になったのだ。
しかも、カリシャがどんなに払うと言っても受け取ってくれない。
それならばと、店のお手伝いをする事にしたのだ。
3日間朝から晩まで働き、それを心からの代金としたのである。
「ちちっ! つけてなのだ♡」
「あぁ、少し待ってね……よし、これで良いかな?」
「あいっ! ありがとうなのだぁ♡」
リュックのファスナーに付けられたキーホルダー。
グレナダはニコニコしながら、ブンブン尻尾を振って喜んでいる。
同じくブンブン尻尾を振るカリシャの横で、トリーチェは羨望の眼差しを送っているが。
「ふっ、やるじゃない……でも! 私のプレゼントはその上をいくわっ!!」
ここで、満を持して大神官長が動き出す。
取り出したのは、40cm程の大きな包み。
何故か恍惚に顔を染め上げながら、グレナダにプレゼントを渡すレミアナ。
「レナンちゃぁぁん……はぁ……はぁ……私からはこれだよぉぉぉぉ♡」
「レミアナ、ありがとうなのだっ!」
プレゼントを受け取り、早速包みを破る。
すると、中身が見えた瞬間、グレナダの動きがピタリと止まった。
プルプルと震えたかと思えば、バッと顔を上げレミアナを見つめ――
「レミアナっ! すごいのだっ! ちちみてっ! すごいのだーっ♡」
袋から出て来た人形をギュッと抱き締め、デレデレし始めたグレナダ。
しかし、ラディオはとても微妙な表情を浮かべながら、ポリポリと頬を掻く事しか出来ない。
「あはぁ〜♡ 私の部屋に置いてある等身大ラディオ様人形と全く同じ素材で造り込んだ『1/5スケールラディオ様人形DX』だよ〜♡」
レミアナが欲情にまみれた声で、一息に説明をこなす。
最初に鬼気迫る文言が聞こえが、ラディオは気付いていないらしい。
自分の人形が恥ずかしいのか、軽く微笑むだけだ。
「ちちなのだ〜♡」
3頭身程の人形の抱き心地が、グレナダは大層気に入った様で。
艶のある黒髪、モチモチとしてそれでいて程よい弾力性を持つ肌。
キラッキラに輝く黒曜石を埋め込んだ瞳と、8割増しぐらいで造られた顔。
レミアナの狂気が窺える代物である。
「ふっふーん♡ それにね、これだけじゃないんだよ〜♡ じゃ〜ん! 何と、髭の脱着も出来るのでした〜♡」
「「「おぉ!!」」」
無駄に造り込んであるギミック。
しかし、それに反応を見せたのはグレナダではない。
「レミアナ、妾にも1つ……大至急じゃ」
「レミ、アナ……僕、も……欲しい♡」
「レレレレミアナッ! その、あの……じ、自分もく、くく訓練用に1つッ!!」
「……等身大という部分について、詳しくお話しませんこと?」
そう、袋から出された瞬間から、ソワソワしていた女性陣である。
その熱気は凄まじく、地面が揺れる程の勢いで駆けて行く。
当の本人は、娘の抱く美形補正された自身を見つつ、『喜んでいるなら……まぁ……』と、納得する事しか出来なかった。
「全く……アイツは馬鹿な事しか考え付かないのか」
「くっくっく! レミ坊らしくて良いじゃねぇか。それにほれ、レナンもあんなに喜んでんじゃあ、兄貴も何も言えねぇしな!」
女性陣を押し退け、旧友達がグレナダの前に辿り着く。
「レナン、俺からはこいつをプレゼントするぜっ!」
渡されたのは、幾つもの引き出しが付いた美しい正方形の箱。
グレナダが興味津々でその内の1つを開けると――
「あっ! おさかなさんなのだ! こっちは……レナンなのだ! あっ! こっちはちちなのだ〜♡」
中に入っていたのは、食器の数々。
スプーンやフォーク、箸に小皿、マグカップとプレート等々。
その全てに、見事と言う他無い技術で、海の生物や植物、そして『家族』の姿が立体的且つ機能的に彫られていたのだ。
「これは……美しい。有難う、ギギ。早速使わせて貰うよ」
「ありがとうなのだっ!」
「だっはっはっ! 来年も楽しみにしててくれよな!」
「ふん、頑固ドワーフにしては中々だな。しかし、私のプレゼントはその遥か上をいくぞ! さぁ、小さき王よ! 受け取るが良い!」
弟子と全く同じ事を言いながら、エルディンが差し出したのは、純白の宝玉。
一見なんて事の無い物だが、ラディオは驚愕を禁じ得なかった。
「エル、これは……国の秘宝では無いのか?」
「その通り! 私に掛かれば、議長共を論破するなど容易い事。それにな、1つや2つ減った所で、エルフの生活に支障は無い! 小さき王よ、これを握ってみろ」
言われた通り、宝玉を握り締めたグレナダ。
すると――
「あい?……うわぁ〜! ちちとレナンがいるのだ! レミアナもばぁばも、みんないっしょなのだ〜♡」
宝玉から立ち昇り、ドーム状に展開された柔らかな光。
其処には、今迄過ごして来た『記憶の中のラディオ達』が映し出されている。
プラネタリウムの様に、夜空を彩って。
これは、『覚えの宝玉』と呼ばれる幻想郷の宝の1つ。
握った者の記憶をランダムに投影するという、非常に価値の高いものだ。
「きゃははっ♡ ちちがだっこしてくれたのだ〜♡」
投影された記憶に夢中になるグレナダ。
すると、ラディオの横にエルディンがしゃがみ込む。
「これで、小さき王はいつでも……いつまでも、お前に会える」
「エル……」
「だが、忘れるな。お前には、やらなければならない仕事があるんだぞ」
「あぁ……必ず倒して――」
「違う。そんな下らない事では無い」
「では、どういう?」
「お前の仕事は……この記憶を、抱えきれぬ程に増やしてやる事だ」
エルディンは力強くそう言うと、グレナダを抱き上げ、投影された記憶を眺め始めた。
「……有難う、エル」
顔を伏せたラディオが、小さな声でそっと呟く。
娘が想像も付かぬ程に、共に居られる時間は短いだろう。
だが、それならばこそ……最後の1秒まで幸せな想い出を作ってやりたい。
悩む時間すら、惜しいのだ。
ギギから受け取った包みを握り締め、溢れんばかりの愛を込めて、娘を呼び寄せるラディオ。
「こっちにおいで」
即座に掛けて来たグレナダは、ラディオの足に飛び付き、幸せ一杯の笑顔を見せる。
「レナン、本当に……本当に生まれて来てくれて有難う。父は、とっても幸せだよ。レナンと共に過ごせて、笑顔が見れて。誕生日おめでとう、父からはこれを。大好きだよ、レナン」
「あいっ♡ レナンもちちだいすきなのだっ♡」
いつもより少しだけ長い、少しだけ強い抱擁。
娘に愛を伝える、大事な時間。
すると、やれやれと笑みを零すハイエルフが、包みを開ける様に促す。
「ちち……きれいなのだ……ありがとうなのだ〜♡♡」
現れたのは、躍動感溢れる2頭の竜が、アシメントリーなハートを形作るネックレス。
燃える様な珠玉の光沢を放つ紅色と、何よりも清廉で透明感溢れる白銀の2色。
期待を遥かに超えた出来栄えに、ラディオも心から満足している……かと思いきや――
「これは……まさか……!」
目を見張り、ネックレスを手に取るラディオ。
それもその筈、ギギに渡した素材は『魔王の角』のみ。
ならば、紅一色でなければおかしい。
しかし、掛けられた言葉に自然と頭が下がり、心が感謝で埋まっていく。
「どうじゃ、妾からの贈り物は? 愛しい孫に、竜王の加護を授けようぞ♡」
「サニア様……言葉が有りません。本当に、有難うございます……!」
白銀に輝く竜の素材は、言わずもがなサニアの牙。
ラディオには言わず、ギギにこっそり渡していたのだ。
幼い頃の息子の様に、愛しい孫を護れる様にと。
「レナン、沢山の人達が君を想っている。自由で、幸せな『人生』が送れる様にと。紡いだ絆を大切にして、笑顔を絶やす事が無い様にしようね。父は、頑張るから」
「あいっ♡ レナンもがんばるのだっ♡」
「……そうか」
グレナダにネックレスを着けてやると、今日一番の笑顔を見せてくれた。
ラディオは心からの愛を込めて、娘を強く強く抱き締める。
そんな父娘の姿からは、互いを想い合う確かな絆が溢れ出ていた。
「……父は、今日を決して忘れないよ。サニア様、本当に有難う御座います。皆も、本当に有難う。父親として、この上無い――レナン?」
感謝と締めの挨拶をしようとした時、するりと腕を抜けたグレナダが、満面の笑みでレミアナの元へ駆けて行ってしまった。
それ所か、いつの間にやら『家族』が勢揃いして並んでいる。
そして――
「ちち……きいてくれるのだ?」
前に出たグレナダが、何やらモジモジしながらラディオに問い掛ける。
娘の告白とは一体。
状況が把握出来ないラディオは、只々無言で頷く事しか出来なかった。




