表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

84/130

第78話 父、果てし無い悔しさと

 ゼノと苛烈な戦闘を続けるラディオの中で、言い知れぬ感情が肥大化していく。

 『この男は別格……異常な力を有している』と。

 何故なら、竜王の加護を授かり、元素の竜達に鍛え上げられたラディオが、完全に足止めされてしまったのだから。


 そして、尚も数を増やていくアンデッドと、生贄となっていく遊牧民族。

 ギギは突然変異した個体に手こずり、エルディンはもう1人のフードと激闘を繰り広げている。

 だが、この2人はまだ良い。

 ラディオが気に掛けるのは、愛弟子だった。


 修行とは違う、完全に殺意を持った相手との初戦闘。

 愛弟子は教えられた事をきっちりとこなし、本当に良く頑張っていた。

 だが、多勢に無勢……徐々に押され始めてしまう。

 そして、チラチラと後方を伺う敵の隙を見逃す程、ゼノは甘く無かった。


「余所見とは……愚かなッ!」


 ゼノが眼前に入り込んで来た瞬間、反応の遅れたラディオを強烈な衝撃と痛みが襲う。

 尋常では無い魔力を纏った掌底が、胸と顎を貫いたのだ。


「まだだッッ!」


 ゼノは禍々しいオーラを放った拳を、ラディオの腹へめり込ませる。

 鳩尾に激痛が走り、口から血を溢れさせながら、ラディオは上空へ弾き飛ばされた。


「貴様の足枷を取り払ってやる……喰らえッ! 《腐滅殲爪(ふめつせんそう) 》!!」


 夥しい魔力を掌に纏ったゼノ。

 バチバチと轟音を鳴り響かせながら、腕を振り抜いた。

 放たれたオーラは、五つの爪。

 一つ一つが巨大な三日月状に変化し、獲物に向かって真っ直ぐ飛んで行く。


「ぐっ……やらせはしない……!」


 全身に激痛が走る中、ラディオは背中に竜の両翼を発現させる。

 そして、空中で体勢を整えると、凄まじい速度で急降下を開始した。

 間に合ってくれ……心からそう願いながら。

 何故なら、爪の軌道はラディオで無かった――



「……ナーデ、リ……ア……!」



 無慈悲な一撃をまともに喰らってしまったラディオ。

 左腕は吹き飛ばされ、顔に大きな縦一文字の傷が入り、全身から血が溢れ出す。

 だが、そんな事はどうでも良かった。

 朦朧とする意識の中、必死に愛弟子の元へ向かう。


「……ナーデ……リア……ウ……ウゥゥ……」


 愛弟子の横へ膝をついたラディオ。

 その幼い体には、肩から下腹部にかけて大きな爪の痕が残っている。

 ラディオの言葉に反応する事は無く、宙空を見つめるだけの虚ろな瞳。

 ラディオは、凶刃から愛弟子を護る事が出来なかったのだ。


「その下らぬ感情……反吐が出る」


 すると、心底見下した視線を向けるゼノ。

 勝利を優先するならば、何を捨ててでも此方に向かうべきだった。

 一縷の望みに賭けていたが、結果はやはり予想通りのもの。


「私の期待に応えないならば……此処で殺してやるのがせめてもの慈悲か」


 背を向けたままのラディオへ、手を翳す。

 先程よりも暗く凶々しいオーラを纏い、確実に死を与える一撃を放とうとした瞬間――



「ウォォォォォォォォァァァァァァ――!!」



 部屋に轟いた叫び声……いや、そんな生易しいものではない。

 体に突き刺さる圧力は、一瞬でも気を抜けば意識を刈り取っていくだろう。

 これは正に、激情の憤怒を体現せし『竜の咆哮』だった。


「ウァァァァァァァァ!!」


 尚も充満していく怒り。

 それと同時に、ラディオの体から漆黒のオーラが溢れ出す。

 波状に広がる憤怒の魔力は、群がっていたアンデッドを吹き飛ばし、ゼノ達の動きを止めさせた。


「フ、フハハ……フハハハハハハッ! そうだ! その力だ! やはり貴様でなくてはッ!」


 ゼノの高笑いが響く中、漆黒のオーラがラディオを染め上げていく。

 常闇と見紛うその体、天を穿つ様な二本の角、空間を覆い尽くす両翼、そして全てを薙ぎ払う強靭な尾。

 仇を睨む漆黒の瞳には、縦に割れた金色の瞳孔が光っていた。


 【竜王の系譜】は、全ての竜族の力を扱えるというもの。

 その中で、《五色竜身》は最たる能力の一つだが、受け継いだのは五色だけでは無い。


 それは、母が持つ『純白』と『漆黒』の二色。

 そして今、愛弟子を護れなかった不甲斐なさと怒りによって、その力を目覚めさせてしまったのだ。

 全てを焼き尽くす激情の力……《黒ノ逆鱗》を。


「怒れ! 憎め! 極限まで高めた貴様を殺す事で、()()()更なる次元へ到達す――」


 その刹那、空間が歪む程の衝撃が巻き起こると同時に、ゼノが壁面に叩きつけられた。


「ぐはぁっ!! ゔっ……素晴らしい、力だ……!」


 口から夥しい量の血が零れ落ち、全身の骨が軋む様に音を立てる。

 しかし、ゼノの顔には笑みが溢れ、瞳に狂気の光が宿っていた。


「ウォォォォォォォォァァァァァァ!!」


 咆哮を上げ、地面を蹴ったラディオ。

 自我を失い、強過ぎる力に体を破壊されようとも、溢れ出る怒りを止める事が出来ないのだ。


 ゼノに飛び掛かろうとしたその時、足元に煌めく魔法陣が現れる。

 瞬間、ラディオは幾重にも連なった鎖に縛られ、動きを封じられてしまった。

 鎖を引き千切ろうと暴れ回る黒竜を他所に、一撃で満身創痍となったゼノの元へ、フードを被った『何か』が舞い降りる。


「ゼノさん、そろそろ引き揚げましょう」


 爽やかな男の声。

 しかし、ゼノに治癒魔法を掛けながらも、その瞳はラディオだけを見つめていた。


「……余計な事を」


「いやいや、僕が捕縛しなかったら死んでましたよ? あれも長くは持ちませんし、目的は達成しましたしね」


 そう言うと、男は七つの色鮮やかな宝玉を浮かび上がらせた。

 これこそ、遊牧民の魂を吸い取り完成させた、【解放の宝珠】である。


「ていうか、あの子もあんなにしちゃってぇ。まだ役割があるんですから、程々にお願いしますよ」


「あれで死ぬ様なら、刻印者としての価値など無い。それにな――」


 差し出された手を無視し、不機嫌な声を出しながら立ち上がったゼノ。


「ラディオに手を出したら……殺すぞ、サブ」


「バレてました? うーん、惜しいですねぇ。あんなに滾る方はそう居ないのになぁ」


 空間を食い破る様な視線に晒されても、男は三日月の様に口角を吊り上げるだけ。

 しかし、ゼノからオーラが燻り出すと、やれやれと肩を竦めた。


「分かってますって。でも、他の方はどうですかね?」


「下らん、誰であろうと渡しはしない。アイツは私の物だ……お前にも、あの女狐にもな!」


 『はぁ〜』と溜息を吐きながら、男が名残惜しそうにラディオを見つめていると、もう1人のフードが舞い降りる。


「つっかれた〜。【翡翠】の相手は楽じゃ無いわ」


 それは、やんわりと退屈を滲ませた、鈴を転がした様な声。

 エルフ族きっての大魔導士との戦いに臨んでいたのは、女だった。

 その体に傷らしい傷は見当たらず、言葉とは裏腹に余裕を醸し出している。

 しかし、ここでゼノが真実を告げた。


「お前は運が良いぞ、アドニア。【翡翠】はまるで本気を出していない。生贄共を庇っているからな。奴がその気になれば……今のお前では到底勝ち目は無い。」


「……へぇ〜。面白いじゃん」


 あからさまに拗ねた声を出す女。

 ゼノの言葉を信じていないのだろう。


「その辺の話は置いといて、取り敢えず戻りましょう。そろそろ結界も壊されそうですし……《コラプション》」


 男が上空に手を翳すと部屋全体が震動を始め、やがて天井や壁面がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。


「さてさて、忘れ物は無いです――」

「ヴヴヴヴォォォォォォァァァァァァ!!」


 その時、漸く鎖を引き千切ったラディオが、全力の咆哮を上げた。

 すると、ゼノが喜びを瞳に落とし込む。


「フフフ、次に会う時が楽しみだ。ラディオ……貴様は私のモノだ!!」


 地面を抉り、一飛びでゼノ達の前に跳躍したラディオ。

 だが、全てを撃ち抜く様な拳はゼノ達に届く事は無く、3人は幻の様に溶けて消えてしまった。


 瞬間、膝から崩れ落ちたラディオ。

 溢れていた漆黒のオーラが収束し、角や両翼も消え去った。

 限界などとうに超えている……だが、それよりも心を締め付ける想いに潰されてしまったのだ。


「ぐっ、はぁ……はぁ……! 私は……!」


 護ると決めた者を護れず、その仇さえも取れないなんて。

 残ったのは、果てし無い悔しさと止めどない怒りのみ。

 その時――



「ラディオ! ナーデリアはまだ生きているぞ!!」



 響いて来た旧友の声は、ラディオの心に再びの活力を与えてくれたのだ。



 ▽▼▽



「う、ん……お兄、ちゃん……?」


「ナーデリア……良かった……! 本当に……!」


 少女が目を開けると、そこには師匠の顔があった。

 眉根を寄せ、必死に微笑みを作ろうとする潤んだ瞳の顔が。

 グラグラと揺れる意識の中で、何とか起き上がろうとする少女。


「お兄ちゃん……その、傷……」


 意識を無くすまでの記憶は曖昧だが、ラディオの顔が気になって仕方が無い。

 全身ボロボロの中でも、一際目立つ頬の傷。

 朧げだが、その原因が脳裏によぎる少女。


「……気にする事は無い。私は大丈夫だから、もう少し寝ていなさい」


「でも……」


 痛々しい傷を見ていると、心がキュッと締め付けられる。

 だが、ラディオはいつもと変わらぬ優しい微笑みを浮かべ、寝ている様に諭すばかり。

 少女が言葉に詰まっていると、ハイエルフがやって来た。


「そうだぞ、お前からも言ってやってくれ。さっさとその傷を治させろとな。だが、確かにお前はまだ寝ていた方が良い」


「エル……うん、分かった」


 そう言うと、少女は再び瞼を閉じた。

 今、大切な家族達は生きている。

 少女にとっては、それが何よりも大切な事。

 他の事はどうでも良い……そう想いながら、少女は微睡みの中へ落ちて行った。


「君には感謝してもしきれない。本当に有難う、エル」


「礼など要らん。私に取っても、この子は大事な仲間だからな」


「……そうか。そう言えば、遊牧民達は?」


「傷は完全に治した。別の集落に向かうと言うので、ギギが共に付いている。そうだ……大海の様な深い蒼色の瞳をした若者が、お前にも礼を言っていたぞ」


「……私は何も出来なかったよ。エル、少し良いか?」


 そう言うと、徐に歩き出したラディオ。

 すやすやと眠る少女が遠目に見える位置まで来ると、エルディンに深々と頭を下げる。

 そして、心からの願いを伝えた。


「エル……ナーデリアを連れて、聖都へ向かって欲しい」


「成る程……奴等を追うんだな。確かに、今のあの子では危険だな。だが、私も今度は逃がしはしない。ギギと3人で、盛大に暴れてやろうじゃないか」


 納得した様子で頷き、笑い掛けたエルディン。

 それを受けて、ラディオも静かに微笑み返す。

 だが、その首は横に振られていた。


「君には……君達には聖都に残ってもらいたい」


「……何だと?」


「君の言う通り、私は奴等を追う。だが、それは私だけで良い。君達は、あの子の側に居てやって欲しい……私の分まで」


「……どういう意味だ」


「今回の件で痛感したよ。私は驕っていたのだと。愛する者を護れる力……それ以前に、その資格すら無いのだと。このままでは、愛を教えて下さったサニア様達を汚してしまう」


「お前……自分が何を言っているのか、分かっているんだな?」


「勿論だ。私が居てはあの子の身に危険が及ぶ。それならば、もう二度と姿を現さない方が――」



 怒轟ッッ!!



 鈍い音と共に、ラディオの体がグラついた。

 口からうっすらと血を滲ませ、驚きと困惑の表情を見せる。

 目の前には、魔力を纏った拳を振り抜いたハイエルフの姿。

 肩で息をしながら、此方を睨み付けている。


「どれだけ勝手なんだ……どれだけ馬鹿な事を言えば気が済むんだ! ラディオ!!」


「エル……?」


「私は竜王様にお前を託された。嘗て救って頂いた恩もある……今一度聞いてやる、その言葉は本心なんだな?」


「……あぁ、本心だ」


「そうか……ならば、この時をもって恩返しとしよう。授かったものに背く腑抜け者を……私の手で排斥する事でな!」


「何を言うん――くっ!」


 瞬間、ラディオは全力で回避行動を取らなければならなかった。

 何故なら、今の今まで立っていた場所は、隕石が落ちた様に酷く抉れ焼けただれているのだから。


「止めてくれ、エル! 私は君と争う気など――」

「問答無用!!」


 竜の両翼を発現させ、上空へ避難するラディオ。

 だが――



「ぐぅぅ……!」



 飛び上がった所を、背後から強烈な(いかずち)に襲われた。

 モロに喰らってしまったラディオは、堪らず地面に着地する。

 ゼノとの戦闘でボロボロになった体では、大魔導士の攻撃は耐え切れない。

 しかも、ハイエルフは見た事もない技を繰り広げているのだから。


「その力……それは一体……」


 光り輝くオーラの長剣を両手に携えるエルディン。

 出逢ってからずっと共にいるラディオでさえ、初めて見るもの。

 尋常ではない力で形成され、絶えず流し込まれる魔力は圧巻の一言だった。


「この力を見る者は随分と久しい。名を《魔導剣》、一振り一振りが私の最大級の魔法だと思え!」


 この力こそ、エルディンの二つ名の由来。

 その実態は、なりふり構わず魔力を注ぎ込んだ『魔法の塊』である。

 エルディンの微細な魔力操作により、本来詠唱が必要な超級以上の魔法でさえ、無詠唱で撃ち放ってしまうのだ。


「私を本気で怒らせたのは、これで2人目だ…… ()()()()()()決して受け切れない力、思い知れ!!」


 もう思う様に体の動かないラディオ。

 だが、ハイエルフの瞳に迷いは無く、魔導剣を振り翳す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ