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第75話 父、腕によりを掛けるしかない

 予想外の結果になったコンテストも終わり、夕暮れ時となったアイトゥビーチ。

 沢山遊んだが、初日はまだ終わらない。

 そろそろ移動しなければならないのだ。


「くっくっく……!」


 女性陣の着替えを待つ間、ラディオはパラソルやらテントやらの片付けに入る。

 テキパキと作業をこなす傍には、燦然と輝くトロフィーを『砂浜に埋めては引っこ抜く』、という作業を繰り返す愛娘。

 すると、ハイエルフがニヤニヤしながら、グレナダの前にしゃがみ込んだ。


「くっくっく……小さき王よ、そんな事をしては『キング』が悲しむかも知れないぞ?」


「あい? きんぐぅ?」


「そうだ。小さき王の父は、このビーチの『キング』になったのだ。一番凄いんだぞ?」


「おぉ〜♡ ちちすごいのだっ! きんぐぅなのだぁ♡」


「……程々にな、エル」


 ラディオにやんわりと釘を刺され、肩を竦めながらおどけ見せるエルディン。


「すまんすまん、ついな」


 一足早く娘の着替えを済ませ、女性陣と別れた頃、ふらっと帰って来たハイエルフ。

 グレナダが抱えていたトロフィーを見とめ、何事かと問い掛ける。

 しかし、ラディオが事の顛末を話している最中から、クスクスと笑い出してしまったのだ。


 旧友の鈍感さは相も変わらない。

 レミアナ達の渾身のアピールの意味を、微塵も理解していないのだから。

 更に、無自覚に優勝を掻っ攫っていってしまう。

 弟子達の苦労を思えば、最早茶化してやるのが正解だろう。


(馬鹿弟子よ……お前の想いが届くのには、まだまだ試練が多そうだ。だがな……)


 娘にせがまれ、特大の砂山を作り始めた大きな背中。

 それをじっと眺めていたエルディンは、茜色から黄昏へと染まりゆく夕暮れの空を見上げる。


(お前しか居ない……コイツの認識を変えられるのは、お前しか居ないんだ。悠長に構えている暇は無いぞ……()()()()()()()()()のだからな)


 心地良い潮風が、美しい翠色の髪を撫でる。

 段々と沈んでいく太陽に想いを溶かし込むように、ハイエルフはそっと瞼を閉じた。

 その顔は哀しげで、それでいてどこか優しさを帯びている。

 だが、師匠の想いとは裏腹に、不機嫌な声が響いて来た――



「あぁ〜〜! 今迄何処に行ってたんですかぁ〜!!」



 振り向くと、頬を膨らませたレミアナが歩いて来るのが見えた。

 エルディンはすっと表情を作り変え、いつもの気難しい顔へ戻す。


「煩いぞ、馬鹿弟子。公衆の面前で大きな声を出すな」


「なっ!? ずーーっと勝手にどっか行ってた人に言われたくありませんっ!」


「だからお前は馬鹿だと言うんだ。私は遊んでいた訳ではない、お前と違ってな」


「今日は()()()来てるんですっ!!」


 バチバチと火花を散らす2人。

 エルディンはラディオが、レミアナはカリシャ達がそれぞれ仲裁に入る事になった。

 2人は『ふんっ!』とそっぽを向いてしまうが、何とか場は収まりを見せる。


「これから、移動をしなければならないんだ」


「移動ですか?」


 浜辺のホテルに泊まるものだとばかり思っていたので、レミアナは首を傾げた。

 ラディオは遊び道具がパンパンに詰まったリュックを背負い、娘を抱き上げると、ビーチの先を指差した。


「そうだ。その為の船の手配も終わっているから、あの桟橋に――」

「その必要は無い」


 説明が終わらぬ内に、ハイエルフが割り込んで来た。


「どういう事だい?」


「船など時間の無駄だ。転移魔法で行くぞ」


 そう言うと、エルディンはさっと魔法陣を展開した。

 そして、すたすたとその中に入ってしまう。


「しかし、急な変更では船頭に迷惑が――」

「心配要らん。とっくに手配は取り消してある」


「……そうなのか」


「そうだ。早くしろ」


「だが、まだギギが――」

「黙れ。あの頑固者の心配も要らん。さっさと入れ」


「……分かった」


 ラディオは困った様に微笑みながら、ハイエルフの指示に従った。

 レミアナはまた文句を言い出しそうになったが、ラディオがゆっくりと首を振るのを見てグッと堪える。


「皆、忘れ物のない様に」


 何処に行くか分からない女性陣―サニア以外―にも、魔法陣に入る様促すラディオ。

 全員が入り、忘れ物が無いか確認を済ませる。

 ラディオが頷いたのを見ると、エルディンは転移魔法を発動させた。

 魔法陣から放たれた光の渦に飲まれ、ラディオ達の体が消えて行く。



 ▽▼▽



「うわぁ〜! おっきいのだぁ〜♡」


 とある無人島に移動して来たラディオ達。

 美しい純白の砂浜には柔らかな波の音が響き、遠目に見えるアイトゥビーチの灯りが、幻想的な空気を醸し出す。

 そして、目の前には巨大な木造三階建ての家。


 ここは、一組限定完全予約制の『オーシャンロッジ』である。

 海に面した大きな窓と、広いテラス。

 岩山の中腹を使って建てられているため、砂浜から3m程の高低差もある。

 背後にはちょっとした森もあり、爽やかな緑の香りが鼻をくすぐる。

 ロッジというには、余りにも豪華である事は間違いない。


「成る程〜! 移動はこの為だったんですね♡」


「お家……きれ、い♡」


「か、か、か、感激ですッッ♡」


「人目も無く、静かに過ごせる……流石ご主人様ですわ♡」


「中々良いではないか〜♡」


 女性陣は豪勢なロッジを前にして、高揚が抑えらない様子。

 グレナダも尻尾を振り振りして、キョロキョロと楽しそうに見回している。

 ラディオは穏やかに微笑むと、娘を砂浜へ降ろしてやった。


「レナンちゃん、探検しに行こっか!」


「あいっ♡」


 レミアナに手を引かれ、ロッジへと続く階段を上がっていくグレナダ。

 その後ろを他の女性達も付いていく。

 すると、エルディンがすっとラディオの横へ立った。


「……嬉しそうだな。小さき王も、馬鹿弟子も良い笑顔だ」


「あぁ、本当に。それに……有難う、エル。君達の心遣いに、私は感謝で一杯だ」


 徐に頭を下げたラディオ。

 すると、エルディンはふっと穏やかな笑みを見せると、ポリポリと頭を掻き始めた。


「……バレたか」


「此処に来て分かったよ。ギギにもお礼を言わなければ。何処に居る?」


「さぁな。どうせまた変な拘りを見せているのだろう」


「……そうだな」


 ラディオは本当に感謝していた。

 2人の旧友の優しさに。

 そして、グレナダの為に動いてくれた事が、何よりも嬉しかったのだ。


 砂浜に置かれた、美しい曲線を描いたリクライニング式のウッドチェアーに、大きなテーブル。

 そのどれもが、随所にドワーフの誇りを感じる彫刻が彫られている。


 ロッジから波打ち際に至るまで、幾重にも重ねられている魔法陣。

 魔力を込めれば、一体どんな素晴らしい物を見せてくれるのやら。

 これは、『幻想国(ルランフォニア)』に住まうエルフ族の好む趣向である。


 今回、ラディオがアイトゥビーチを選んだ理由は幾つかある。

 1つは、ラディオの想い出の地である事。

 南方を守護する、『水明竜』との修行の場である。


 1つは、ギルドによって治安維持がしっかりと成されている事。

 高級リゾートと言うだけあり、トラブルを起こす者は殆ど居ない。

 加えて、観光シーズンは冒険者や職員によって、海中のモンスターもほぼ駆除されている。


 最後は、このオーシャンロッジ。

 グレナダの角の事を考え、出来るだけ人目に付かない場所が良かった。

 常に着ぐるみ姿でいる事も無く、自由に過ごして欲しかったのだ。


 そして、テラス席でその旨を聞いたエルディンとギギは早速動く事にした。

 ラディオには何時もの勝負に出ると言っておいて、実は朝から此処で作業に没頭していたのである。

 全ては、親子の為。

 それに気付いたラディオは、自然と頭を下げたと言う訳だ。


「私も、レナンも……最高の家族を持てて幸せだよ」


「……止めろ。お前にそんな事を言われると、むず痒くなる」


 2人は互いに顔を見合わせ、ふっと優しい笑顔を零す。

 荷物を抱え、階段を上るラディオ達。

 夕暮れの太陽に照らされるその背中は、何にも負けない程に、キラキラと輝いていた。



 ▽▼▽



「おうおう! 遅かったじゃねぇか、兄貴!」


 玄関に入ると、額に汗を光らせたギギが出迎えてくれた。


「君の仕事に感動を覚えていてね。本当に有難う、ギギ」


「何だバレちまってんのか、だっはっはっはっ!」


 ラディオは旧友の肩をポンと叩き、室内へ向かう。

 30畳程の広々としたリビングには、中央のテーブルを囲む様にソファーベッドが数脚置かれている。

 入って正面には、大きな枠無しの窓。

 そこから見える景色は、正にオーシャンビュー。

 煌々と燃ゆる太陽が、柔らかな光を落とし込んでいた。


 左側には、これまた大きなキッチンスペース。

 調理台の上には、巨大な冷蔵箱に入りきらんばかりの食材が並べられていた。

 右側には階段があり、二階の寝室へと繋がっている。


 ラディオは荷物を整理すると、カリシャの膝の上に座り、何やら一生懸命作業している娘の元へ向かった。


「レナン、何をしているのかな?」


 上機嫌に尻尾を振り振りしながら、カリシャの言葉にうんうんと耳を傾けていたグレナダ。

 後ろ姿からでも、楽しげな空気が見て取れる。

 しかし――



「あぁ〜! だめなのだぁ〜! ちちはあっちいってて!」



 拒否されてしまった。

 テーブルに大の字に寝そべり、作業を隠したグレナダ。

 すると、見る見るラディオの顔から生気が失われていくではないか。


「……ごめんよ」


 ボソッと覇気の無い声で呟くと、キッチンへフラフラ歩いて行く中年。

 呆然としながら、晩御飯の準備に取り掛かる。

 野菜を洗い、先ずは皮剥きから始めるが、剥き終わっても手が止まらないのでドンドン野菜が小さくなっていく。


 次に切る作業に入るが、指の置き方がおかしいので、包丁の刃が全て指に当たるのだ。

 しかし、只の包丁でラディオに傷を付けられる訳も無い。

 バキンバキンと音を立てながら、振り降ろす度に包丁の刃が折れていく。

 今や、柄しかない包丁を機械的に動かしているだけだ。


「くくく……幼いながらも、レナンも女子(おなご)という訳じゃ」


 そこへ、見兼ねたサニアがフォローを入れに来た。

 息子の手を抑え、空振りばかりの包丁を止める。


「……そういうものなのですか?」


「そういうものなのじゃ」


「……そういうものなのですか」


 サニアがリビングへ戻ると、ラディオは全く切れていない野菜を、ボーッと見つめ始めた。

 確かにそうなのかも知れない。

 何時までも『娘』である事に変わりはないが、何時までも『子供』ではないのだ。


(子は巣立つもの、か。それに、私は側に……これで良いのかも知れないな)


 最近の娘の成長には、著しいものがある。

 それを喜ばぬ親などいるものか。

 しかし、身を貫く寂しさがラディオを襲う。

 深い溜息と共に、再び野菜を切ろうとした時――



「ちちっ♡ だっこしてなのだっ♡」



 足元を見ると、ラディオのズボンを引っ張り、満面の笑みを咲かせる愛娘が居た。

 途端にラディオの頬が緩んでいく。

 大好きなちちに向かって、目一杯両手を広げるグレナダの愛らしさといったら無い。

 ラディオは直ぐに抱き上げると、愛を込めて娘を抱き締めた。


「……何時までこうさせてくれるかな」


「あいっ? きゃははっ♡ ちちぃ〜♡」


 娘に頬ずりをしながら、また呟いたラディオ。

 よく聞こえなかったグレナダは首を傾げたが、ちちの頬ずりが嬉しくて笑ってしまう。

 瞳を幸せで満たし、身体中で喜びを表すグレナダ。

 一頻りのスキンシップが終わると、ラディオの顔に生気が戻って来た。


「直ぐにご飯にするから、待っててくれるかい?」


「あいっ♡」


 娘を降ろし、やる気を漲らせたラディオ。

 この時、旅行に出る前の一幕を思い出す。

 折角の誕生日、いつもとは違う豪華な料理を娘に食べさせたかった。

 だが、グレナダは笑顔でこう答える。

『ちちのごはんがたべたいのだっ♡』と。


 そんな事を言われては、腕によりを掛けるしかない。

 だからこそ、ラディオは初日からロッジに泊まる事にしたのだ。

 食材は前もって冷蔵箱に届けて貰い、調理は此方でやれるように。


(子は巣立つもの……ならば、私に出来る事は――)


 先程までとは打って変わり、ラディオの華麗なる手捌きが炸裂する。

 大人数分を意に介さず、あっという間に下拵えが終わった。

 そして、鍋を幾つも火に掛けながら、同時に様々な事をこなしていく。


(その日が来るまで、精一杯の愛を伝える事だ)


 程なくして、リビングに良い香りが立ち込めてきた。

 途中からは、レミアナ達も手伝ってくれたので、あっという間に調理が終わる。

 テーブルに並べられたのは、魚の香草塩釜焼きや、Tボーンステーキ、サラダに豆のスープ、数種類のパン等々。


「お待たせ。温かい内に食べよう」


「あいっ♡ いただきますっ♡」


「頂きまーす♡」


「いた、だく……ます♡」


「いい頂きますッッ♡」


「頂きますわ♡」


「頂くのじゃ♡」


「頂くとしよう」


「頂くぜ〜!」


 手を合わせ、食前の挨拶をする一同。

 直ぐに食器の擦れ合う音と、料理に舌鼓を打つ幸せな声が、リビング内に木霊する。

 黄昏から星空へと変わった海を見ながら、賑やかに箸を進めるラディオ達であった。

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