第74話 父、手違いで
「次は何と『金時計』の登場だぁぁ! これには審査員長の採点も甘くなってしまうのかぁーー! カモォォン! ネクストビーナスッッ!!」
再度暗転が起こり、ステージ中央にスポットライトが当てられた。
「エントリーナンバー6番、トリーチェーー!!」
割れんばかりの声援を受けて、ゆっくりと開いていく貝殻。
その中央には、トリーチェが立っていた。
この時、ラディオはふと思う。
『立ち姿でも、入っていられるのだな』と。
「我々も常々お世話になっているギルドより、【黒百合の女帝】がお出ましだぁーー! いつもの凛とした鎧姿では無く、可憐な水着を披露してくれているぞ! さぁ、アピールボイスをどうぞー!!」
司会からバトンを渡されたトリーチェ。
大きく息を吸い込み、呼吸を整える。
両手を腰に当てがい、プイッとそっぽを向き――
「べ、別に駄目なんて言ってないじゃない! もっと……シても良いんだからねっ!」
ボソッと言い放つ。
「「「ありがとうございまぁぁぁぁすッッ!!」」」
すると、会場はもう大騒ぎ。
大きなツインテールとフリルの水着によって、少女らしさが際立っているトリーチェ。
その雰囲気からの強気な発言は、どうやら観客の心を鷲掴んだようだ。
これを受け、司会もドンドン饒舌になっていく。
「何たる事だーー! かの女帝がツンのデレ! ツンのデレを披露したぞーー!! 引き締まった素晴らしい肢体からの可憐な水着! 女の子の柔らかさからの女性の強さ! これぞ至高!! 個人的には満点ですッ! それでは点数をどうぞーー!」
司会が大きく手を振り上げ、審査員達を促した。
審査員長はクスクスと笑いを堪えながら、札を掲げる。
すると、見る見るトリーチェの顔が赤く染まっていくではないか。
「7の8の9……45点! まさかの同点だーー!! これは面白くなって来ました! 意外な一面を見せてくれた【黒百合の女帝】に盛大な拍手をー!!」
パチパチパチパチパチパチッ!!
トリーチェは、頭を抱えながら舞台袖へと消えて行く。
やはり、羞恥心は押し殺せなかった様だ。
そんな姿を見送っていると、ラディオの元へそうさせた犯人が帰って来た。
「今まで何方へ?」
「うむ、少し小言をな。どうじゃ、中々のものではないか?」
そう、サニアである。
これ以上ない程に楽しげな笑みを携えた竜王は、ニヤニヤしながら息子に寄り添った。
しかし、当の本人は良く分からず首を傾げるばかり。
それを見たサニアは、残念そうに眉根を寄せた。
「何じゃ〜、グッと来ないのか? これでは、カリシャとトリーチェに入れ知恵した意味が無いではないかぁ」
「……2人に何をしたのですか」
「先程言ったであろう、小言じゃ。レミアナとニコは放っといても平気じゃが、カリシャ達はちと初心過ぎたのでな♡」
カリシャ達の『アピールボイス』を考えたのは、サニアだった。
パターンを変えて攻めれば、どれかは息子に刺さるかも知れないと。
結果、期待した効果は望めていないが。
「しかし……其方の鈍さには既視感しか無いのじゃ。昔は、妾も苦労したものじゃ……♡」
「……申し訳ありません」
この時、ラディオは不思議な気持ちに駆られる。
何故なら、文句を言っている母の顔が幸せに溢れていたからだ。
遠い過去を思い出し、その中に生きる『誰か』を瞳に映す様に。
すると、サニアが孫へ問い掛ける。
「レナン、其方はレミアナ達の事を好いておるか?」
「あいっ! みんなすきなのだ♡」
娘の答えに、ラディオは嬉しそうに頷いている。
だが、サニアは更に突っ込んで質問を投げかけた。
「そうかそうか〜。では、その中で誰の事を一番好いておるのじゃ?」
これにはラディオも反応を見せる。
そう言えば、その類の事は聞いた事が無かった。
グレナダの中にも、もしかしたら序列があるかも知れない。
仮にもしあったとしても、それは大事な個性の1つだ。
蔑ろには出来ないが……そうだとしたら、少し寂しくもある。
そんなラディオの想いを他所に、グレナダはふにゃりと顔をトロけさせると、即座に言い放った。
「ちちがいちばんだいすきなのだぁ♡」
「……父も大好きだよ」
途端に、娘以上に頬を緩ませたラディオ。
親子は同じ顔で互いを見つめ合いながら、デレデレし始める。
堪らず吹き出してしまったサニアは、やれやれと首を振った。
(くくく……すまんな、レミアナ達よ。この2人の間に入るのは、途轍も無く至難の業の様じゃ)
その時、会場が一層の盛り上がりを見せた。
ステージには、既にニャルコフが貝殻から出て来ている。
「アピールボイスをお願いしまーーす!!」
優雅に微笑み、徐にしゃがみ込んだダークエルフ。
そして、むっちりとした太腿をグイッと広げたではないか。
何とも際どいポージングのまま、膝から下腹部へと手を這わせ、艶やかに言葉を紡ぐ――
「あん……こんなに沢山……私、幸せで壊れてしまいますわ♡」
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
ボルテージが限界を超え、男女問わず言い知れぬ興奮に襲われた会場。
褐色の肌と見事にマッチした碧色の瞳が、色香という色香を振りまくのだ。
「ごくり……はっ!? 何だ何だ何なんだぁぁ! 思わず見惚れてしまったぞーー! 魅惑のボディ! 大人の色気! これがダークエルフの底力なのかぁー!! 点数を教えてくださーーい!」
感心した様に頷く審査員達が、一斉に札を上げた。
その結果を受け、司会は更に声を枯らす。
「また出たぞッ! 45点同率だぁーー!! 今年は一体どうなっているんだぁぁ!! 魅惑のビーナス、ニコさんに盛大な拍手をーー!」
パチパチパチパチパチパチッ!
ニャルコフは艶やかに微笑みながら、舞台袖へ消えて行った。
興奮冷めやらぬ司会と観客。
だが、最後のビーナスの紹介に入ると、今日一番の盛り上がりを見せる事になる。
「うむ、最後はレミアナじゃな」
「その様ですね」
「ちちっ♡ だっこしてなのだぁ〜……あっ!」
会場の空気を楽しんでいたラディオ達は、一吹きの突風に包まれた。
すると、グレナダの麦わら帽子が飛ばされ、ステージ裏に持って行かれてしまう。
「ちちぃ……」
グレナダが頭を押さえながら、悲しげな声を出した。
だが、ラディオは優しく微笑み、娘の頭を撫でてやる。
「大丈夫、直ぐに取ってくるからね。サニア様、少しの間レナンをお願い出来ますか?」
「勿論じゃ♡」
直ぐに階段を降りて行くラディオ。
因みに、グレナダの角対策はお団子ヘアーによって、万全を期している。
そんな中、ステージ中央に最後の貝殻が現れた。
「今年は史上稀に見るハイレベルな闘いとなっているぞ! しかし! この方ならそれを打破する可能性を秘めている! コンテスト運営として、御参加頂いた事に、惜しみない賞賛と感謝を送りたいと思います! エントリーナンバー8番! 【幼き聖女】レミアナだぁーー!!」
暗転が起こり、スポットライトが踊り出す。
滑らかなプラチナブロンドの髪、何よりも透き通ったクリアブルーの瞳、実りに実ったメロンメロンと、それを隠し切れない三角ビキニ。
絶世の美女と謳われる、レミアナ・アルドゥイノの登場だ。
「「「ワァァァァァァァァ!!」」」
会場から大歓声が沸き起こり、地面や大気を震わせる。
やはり元英雄の一行であり、大神官長の人気と知名度は伊達では無い。
何故なら、観客はその中身を知らないのだから。
「もはや説明等不要! 早速参りましょう! アピールボイスを聞かせてくれーー!!」
レミアナは慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、そっと瞼を閉じた。
胸の前で手を組むと、心からの愛を込めて語り出す。
「この身も心も、私の全ては貴方の物……どうか、願わくば貴方の全てを私に……」
あれだけの熱を帯びていた会場は、今や静まり返っていた。
女神と見紛う聖女の一言一言を聞き逃さんと、知らず知らずの内に体に力が入っていく。
そして、レミアナがゆっくりと瞼を開けると――
「どうか、どうか! ラディオ様のラディオ様をわた……え? ラディオ様……?」
幸せに満ちたレミアナの顔が、会場の一点を見つめ、次第に悲しさを帯びていく。
「「「あぁぁぁ……」」」
何て素晴らしい演出なのだろう。
観客はキュッと心を締め付けられ、感嘆の溜息が漏れ出てしまうのだ。
「あぁ、これが【聖女】……これが慈愛……凄すぎるぜレミアナ・アルドゥイノーー!! 正に愛を祈る女神そのもの! 何てスゲーもんを見たんだ俺達はぁぁぁぁ!! 点数をお願いしまーーす!」
「え、ちょっと! 待って待って! 違う違う違う!」
会場全体の勘違いに、レミアナは戸惑いを隠せない。
何故なら、貝殻に入る前に確認済みだった場所にラディオの姿が無いからだ。
せっかくの求愛チャンスを不意にされては、たまったものではない。
だが、大神官長の焦りとは裏腹に、熱心に頷いては札を掲げる審査員達。
「9の10の9……48点!? 48点だぁーー!! やはり女神はビーナスの座も射止めてしまったーー!!」
「「「うおおおおおおおお!!」」」
「今年のクイーン・オブ・アイトゥはレミアナ・アルドゥイノだぁーー!! 皆さん、最大の敬意と感謝を込めて拍手をお願いしまーーす!!」
パチパチパチパチパチパチッッ!!
「えぇ!? だからちょっと待って……予定と違うのにぃ〜!!」
大神官長の悲痛な叫びを木霊させながら、貝殻は舞台袖へと消えて行った。
「さぁ、これで全てのビーナスが出揃いました。いや〜、本当に素晴らしいものを見せて貰いましたね。少しの休憩を挟んだ後、トロフィーの授与式を……ん?」
大満足の出来だったコンテスト。
司会が笑顔でその終幕を告げようとした時、裏方が大急ぎで駆けて来たのだ。
ボソボソと耳打ちをされた司会は、目を丸くしている。
「それ本当? でもここに参加票は無いけど……あぁ、えーーと……サプライズがあるぞーー!! 何とエクストラエントリーのビーナスが残っていた様だーー!」
「「「おぉ!!」」」
司会の言葉に、会場がソワソワし始める。
聖女の後に出て来るビーナスとは、一体どれ程のものなのか。
否が応でも期待が高まる。
「それでは登場して頂きましょう! エクストラビーナス! カモォォン!!」
良く理解していないが、場を白けさせる事は出来ないと判断した司会。
プロ根性を見せた。
暗転した会場、ソワソワする観客達、そして、ステージ中央に登場した貝殻。
スポットライトを浴びて、ゆっくりと蓋が開いていく――
「……やはり、か」
「「「…………え?」」」
現れたのは、筋骨隆々のおっさんだった。
手には麦わら帽子を持ち、気まずそうに頬をポリポリと掻いている。
呆気に取られていた司会が、ハッとして急いで話し掛けた。
「え、え〜と……これは、どういうアレなのでしょうか?」
「……少々手違いがありまして。私は、只帽子を拾いに行っただけなんです」
ステージ裏で、難なく帽子を見つけたラディオ。
さっと拾い上げ席に戻ろうとした時、暗転が起こる。
すると、散らばっていた資材につまづき、図らずも貝殻に入ってしまったのだ。
勝手に壊す訳にもいかず、どうしようか迷っていると、貝殻が動き出してしまったという訳である。
「あぁ〜、そうなんですね〜。えーと、じゃあこのまま……え?」
しれっと終わらそうとした司会の目に、今迄にない程の興奮を見せた審査員達が目に入った。
5人が5人共、『続けろ』と手振りで示している。
司会は一瞬動きが止まったが、直ぐさま大きく息を吸い込んだ。
「見よッ! この肉体! 感じろッ! このオーラ!! ビーナスは女だと誰が決めたーー! 鍛え抜かれたこの身体こそ、アイトゥに相応しいのではないかぁーー!!」
「いや、私は別にその様な……」
「「「お、おぉぉぉぉぉぉ!!」」」
一拍置いて、歓声が上がる。
自分でも何を言っているのか分かっていない司会。
その無理なテンションに、観客もつられるしか無かった。
「さぁ! エクストラビーナスの採点をお願いしまぁぁぁぁすッッ!!」
もう丸投げするしか無い。
だが、審査員達は嬉々として札を掲げた。
それを見た司会は、更に目を丸くしてしまう。
「な、何だ何だその札はぁぁーー!? どこから出した……ていうか、いつ使うつもりだったんだぁぁーー!! 今かーー!?」
戸惑うのも無理は無い。
何故なら、審査員達が掲げた札には、点数が書かれていないのだ。
では、何が書かれているのかというと――
『好き』
『抱いて』
『優勝』
『♡』
『今夜空いてる?』
これだ。
全くもって意味が分からない。
すると、審査員長がラディオの元へ歩いて来た。
その手に金色に輝くトロフィーを携えて。
「うん♡ 貴方、とっっても素敵よ♡ ビンビン感じちゃったわぁ♡」
女性様な美しい顔立ちから発せられた、低い声。
座っている時は分からなかったが、体格はラディオ以上。
すると、審査員達も優勝を讃えようと近付いて来たではないか。
皆野太い声でキャーキャー騒いでいる。
「……私はどうすれば?」
「やだぁ! 近くで聞くと渋さが増しちゃうじゃない! あぁん! もうビンッビン来ちゃうわ〜。優勝♡」
くねくねと悶え始めた審査員長。
そう、彼等は生粋のオネェだったのだ。
女性目線でビーナス達を吟味していたが、突如現れたゴリゴリの中年に心奪われたという訳である。
訳の分からぬまま、トロフィーを手渡されたラディオ。
すると、魂の抜けた様な顔をしていた司会の意識が戻って来た。
「…………はっ! えと、ゆ、優勝は此方の方だぁーー!! クイーン……じゃねぇよな……キング・オブ・アイトゥに盛大な拍手をーーーー!!」
「「「…………う、うぉぉぉぉぉぉ!!」」」
観客達も戸惑いを隠せない。
だが、審査員達の素敵な笑顔と、空気を圧縮する様な拍手の前に、疑問を呈する余地など無いのだ。
微妙にタイミングのズレた拍手に見送られながら、ラディオは娘の元へ戻って行く。
しかし、それを舞台袖で見ていたビーナス達の顔は悲壮に苛まれていた。
「ラディオ様が優勝って事は……」
「僕、達……負け、た?」
「ああああんなに恥ずかしい思いをしたのにッッ!?」
「つまり……夜を過ごす権利は、ご主人様自身が勝ち取ったという事ですの……?」
ビーナス達の体が、わなわなと震え出す。
勝負は付いてしまった。
ライバルとの決着以前の問題で――
「「「「……そんなぁ〜〜!!」」」」
良く晴れ渡ったアイトゥの空に、悲痛な叫びが木霊する。




