第73話 父、堂々巡りは変わらない
「ふーっ、ふーっ……さぁ、あーん」
人数分の拉麺を買い終え、一足早くシートへ戻っていたラディオ達。
全員集合するまで待とうと思ったが、グレナダだけ先に食べさせる事にした。
まだまだ幼児、ご飯を目の前にして待たせるのは可哀想である。
「あ〜ん♡ はむっ! ちゅるちゅるっ……もぐもぐ」
パラソルの日陰の中、ラディオが冷ました拉麺を、元気良く啜るグレナダ。
放っておくといつまでも啜るので、適当な所で箸で千切ってやる。
コシのある麺と、溢れるスープの旨味が口一杯に広がると、尻尾を振り振りして喜びを表した。
「美味しいかい?」
「ごくんっ! ちゅるちゅるおいしいのだぁ♡ ちちっ、あ〜ん♡」
「それは良かった。少し冷ますから、待っててね」
麺を冷ます間、グレナダはジュースをグビグビと飲み始める。
ニャルコフが持って来てくれたのだが、自分も他の物を買いに行くと何処かへ行ってしまったのだ。
大きく口を開けて待つ娘に麺をやりながら、ラディオは周囲に視線を配る。
(もう戻って来るか……全て此方にすべきだったかもな)
いつ帰ってくるか分からないエルディン達様に買った物を見ながら、ラディオは頭を悩ませる。
だが、その心配も束の間。
程なくして、レミアナ達が帰って来た。
「お待たせしました〜♡」
「おかえり。レナンだけ先に頂いているよ」
シートの上にドサっと置かれた様々な食べ物。
イカ焼きやカレーライス、サラダに丸ごと凍らせたフルーツ等々。
円を作るように座った女性陣に、ラディオは味の好みを聞いていく。
「『醤油』と『味噌』、どちらが良いかな?」
「う〜ん、私は醤油にしまーす♡」
「妾は味噌にするぞ! レナンとお揃いじゃの〜♡」
「あいっ♡」
レミアナとサニアは直ぐに選んだが、後の3人は首を傾げてしまった。
醤油も味噌も、聞いた事が無かったのだ。
ラディオが大豆の発酵食品であり、どちらも独特な濃厚さと旨味があると説明をする。
「で、では……じじ自分は『ショーユ』を頂きますッ!」
「僕、も……『ショーユ』、が良い……です」
「私は……『ミソ』を頂きますわ」
「麺が伸びる前で良かった。熱いから気を付けて」
拉麺と箸を順次渡していくラディオ。
勿論、使い易い様にカリシャの分はフォークに変えて。
旨味の油とスープが絡まった麺が、女性陣の口の中へ吸い込まれていく。
「ん〜〜! 美味しい〜♡」
「うん……モチモチ、してる♡」
「何という深み……♡」
「この喉越しと濃厚な甘みは、癖になってしまいますわ♡」
「美味なのじゃ〜♡」
女性陣から笑顔が溢れる。
暑い中で食べる熱い物、そして旅行先で皆一緒に、というスパイスが良く効いているのだろう。
お互いに味の感想を言い合いながら、どんどん箸が進んでいく。
「ズズズッ! う〜ん♡ あれ? ラディオ様は食べないんですか?」
娘の世話を焼いてばかりのラディオに気付いたレミアナ。
拉麺を足元に置いてはいるが、全く手を付けていない。
「私は後で良いんだよ。まずはレナンを満足させてやりたい。それに、1人では食べ切れないだろうしね」
煮卵を頬張る娘を見つめながら、ラディオは本当に幸せそうに笑みを零した。
確かに、一人前は食べ切れないかも知れない。
だが、グレナダの食べるスピードではもう少し掛かるだろう。
それでは、折角の拉麺が伸びてしまう。
その時、レミアナの頭に電球が浮かんだ。
「ラディオ様ラディオ様、こっちを向いてくださーい♡」
「うん?」
ラディオが振り向くと、眼前に麺が迫っていた。
大義名分を得たレミアナは、嬉々としてラディオに『あーん』を求める。
「これなら、レナンちゃんにあげつつ、ラディオ様も食べられますよね? はいっ、あ〜ん♡」
「……すまない、助かるよ」
そう言うと、ラディオはパクッとレミアナの箸から麺を啜った。
「うん……カエシが効いていて美味しいね。有難う、レミアナ」
「あはぁ〜♡ とんでもないですぅ♡ ささっ、まだまだありますから、あ〜〜ん♡」
(ラディオ様と間接キスこの箸は持って帰るラディオ様と間接キスこの箸は持って帰るラディオ様と間接キスぅぅぅぅ♡)
アホ毛をビンビン立たせた大神官長は、ラディオの真横に擦り寄っていく。
柔らかなメロンを腕に押し当てながら、口元へ再度麺を運ぶ。
だが、それを周りが黙って見ている訳が無かった。
「ラディオ、様……僕、も……あ〜ん♡」
「あ、あ、主殿ッ! おおお恐れながらも自分もぉぉ♡」
「ご主人様のメイドとして一生の不覚……! これは後で罰して頂かないと……あぁん♡ 考えるだけで幸せですわ〜♡」
「ラディオ、久し振りに母が食べさせてやるのじゃ♡」
「……順番に頂きます」
五方向同時攻撃に見舞われてしまったラディオ。
しかし……善意を無碍にも出来ない。
この後、大量の拉麺を食べさせられたのは、言うまでも無かった。
▽▼▽
お昼の騒動も終わり、一同は食休み中。
膝の上で甘える娘を撫でていたラディオは、ビーチの人々が盛り上がっている事に気が付いた。
すると、女性陣がすっと立ち上がり、意気込んだ顔を見せ始める。
「皆……どうした?」
「ラディオ様、もう少ししたら彼処のステージまで来て頂けますか?」
レミアナがやる気に満ちた表情で、ラディオに問い掛ける。
しかし、そう言われてもピンと来ない。
すると、レミアナが一枚の紙を手渡して来た。
そこには、『来たれ! ビーナス達! 今年も開催、クイーン・オブ・アイトゥ!!』と書かれている。
「……これは?」
「あのステージで水着コンテストをやるらしいんです! 私達、それに出場しようと思ってます!」
ポカンとしたラディオを他所に、レミアナ達はメラメラと闘志を燃やす。
いや、競い合う事は決して悪い事ではない。
むしろ、基本的には奨励すべきだ。
しかし、なぜ唐突に……そんな疑問がラディオの頭の中を駆け巡る。
すると、サニアがニヤニヤしながら、息子の肩に手を置いた。
「ラディオよ……女子には引けぬ時があるのじゃ。それが愛故ならば、尚更な♡」
(水着に……そこまで?)
母の言葉と女性陣の並々ならぬ気合が、ラディオを余計に混乱させていく。
しかし、どんなに考えた所で答えが出る訳も無い。
何故ならこれは、ラディオ本人の意向を完全に置き去りにした、『女の闘い』なのだから。
▽▼▽
旅行の日を迎えるにあたって、女性陣には共通の思惑があった。
それは、『誰がラディオと共に、初日の夜を過ごすのか』という事。
本来であれば2日目の夜が良いのだが、そこはグレナダの誕生日と被ってしまう。
流石に親子の邪魔はしたくない。
となれば、残っているのは初日の夜だけという事になる。
しかし、彼女達はライバルであると同時に、互いが互いを想い合う良き友人でる。
抜け駆けをせずに、正当且つ対等な方法で勝つ方法は無いものか。
別々の屋台に散らばった時でさえ、その事を考え悶々としてしまう。
その時、『水着コンテスト』のチラシが目に入ったのだ。
それぞれ、何気無く内容を確認した彼女達。
すると、ラディオ達が待つシートに着く前に全員が合流してしまった。
その手には、食べ物とチラシ。
女性陣の間に、何となく淀んだ空気が流れる。
様々な感情が渦巻く中、衝撃的な言葉が聞こえてきたのだ――
『其方達、この催し物で決着を着けてはどうじゃ? 妾がしかと見届けてやるぞ?』
天啓――女性陣にとって、これは正しく神の教え。
これなら怪我をする事も無く、自身の『女としての魅力』で勝負が出来る。
この一言によって、女性陣はやる気を漲らせた。
砂浜を踏み鳴らし、早速ラディオの元へ駆けて行く。
それを背後で眺める銀色の瞳には、妖しい光が灯っていた。
▽▼▽
「ではラディオ様、行ってきますね♡」
レミアナが口火を切ると、女性陣はゾロゾロとステージに移動していく。
尚も困惑から抜け出せないラディオ。
すると、横に寝そべっていたサニアが口を開く。
「ラディオ、其方も覚悟を決める時が来たのじゃ」
「……どういう意味でしょうか?」
「ふふっ。妾は、もう1人ずつ増える事を期待しておるぞ? それなら、レナンも寂しくないじゃろう♡」
「サニア様、もう少し分かりやす……ずつ?」
サニアはニンマリと微笑み、それ以上喋る事は無かった。
一方、母の真意を考えるがどれもピンと来ないラディオ。
それもその筈、真意など無いのだから。
言った事が、そのままサニアの願いなのである。
ラディオは暫しの間頭を悩ませるが、堂々巡りは変わらない。
その時、遠くのステージから大きな歓声が聞こえてきた。
そろそろ頃合いかも知れない。
ラディオは娘を抱き上げると、母と共にレミアナ達の元へ向かった。
▽▼▽
「さぁ! 審査員の皆さん、点数をお願いしまーす! 7の7の……40点! エントリーナンバー4番、マニラさんは40点でした! 皆さん、盛大な拍手をお願いしまーす!」
パチパチパチパチッ!!
正方形のステージ中央に置かれた、巨大な貝殻の台座から手を振る水着美女。
観客の声援と拍手に見送られ、貝殻に乗ったまま舞台袖へと消えて行く。
ステージ端では、拡声魔石を持ったアフロヘアーの司会の男。
手に持った紙をめくりながら、和かに笑みを零した。
「いや〜、とてもつない美女でしたね〜。次はどんなビーナスに会えるのか楽しみでなりません! ドンドン参りましょう! カモォォン! ネクストビーナスッッ!」
司会の口上と共に、ステージからすり鉢状に作られた観客席までが、暗闇に包まれた。
最上段に座っていたラディオは、体にしがみついて来た感覚に頬を緩ませる。
「ちちぃ!!」
「大丈夫、何も怖くないよ。父が側に居るからね」
「……きゃははっ♡」
突然の暗転に、ビックリしてしまったグレナダ。
即座にラディオにしがみ付き、安心を求める。
だが、回された太い腕に抱き締められると、すぐに尻尾を振ってご機嫌になった。
(《ブラックアウトカーテン》か。それにあの貝殻……手が込んでいる)
微笑む娘の頬を撫でながら、ラディオはコンテストの造り込みに感心していた。
視界を覆った暗闇は、視覚魔法・《ブラックアウトカーテン》。
目を凝らして見ると、ステージ中央に先程と同じ貝殻が登場しているのが分かる。
蓋が閉じられている所を見ると、ビーナス候補があの中で待機している事は明白だ。
「エントリーナンバー5番、カリシャーー!!」
司会の声と共に、貝殻にスポットライトが降り注ぐ。
何処からとも無く音楽が聞こえて来ると、貝殻が徐々に開き始めた。
其処には、女の子座りをしたカリシャが居る。
特大のメロンメロンを両腕で挟みながら、モジモジと視線を泳がせていた。
「黒と金のコントラストが美しい獣人、カリシャさん! 『アピールボイス』をお願いしますッ!!」
会場の視線が、一挙にカリシャに集中した。
固唾を飲んで見守る中、ドンドン頬を赤らめていくカリシャ。
耳をピクピクと震わせ、軽く息を吸い込む。
そして、徐に右手を握り顔の横に持って来ると――
「僕、と……一緒、イこう……にゃ?」
語尾に合わせ、小首を傾げたカリシャ。
潤んだ瞳と、赤らめた頬が何とも言えない背徳感を醸し出す。
「「「うおおおおおおおおおおっっ!!」」」
会場から上がる、怒号の様な歓声。
司会もテンションが上がり、口早に捲したてる。
「恥じらい! 尊い! 何て可愛いんだカリシャーー!! その幼い顔つきからは想像も出来ぬ、見事に実ったボディは反則だろーー!! さぁ審査員の皆さん! 点数をお願いしまーーす!!」
ステージ横に座る5人の審査員に、司会がスポットライトを向けた。
皆一様に美しい顔立ちを持ち、優雅で気品溢れる空気を纏う審査員達。
その中で、一際異彩を放つ神々しさを出しているのが、中央に座る『審査員長』だ。
橙色の長髪に、幾重も織り交ぜられた赤や黄の髪の束。
長い睫毛が垂れ気味の目を覆い、とても可憐な印象を受ける。
ボソボソと互いに耳打ちし合うと、一斉に札を掲げた。
「8、9、7……45点! 出たぞ今日の最高得点!! エントリーナンバー5番、カリシャさんは45点だぁーー!! 盛大な拍手をお願いしまーーす!!」
パチパチパチパチパチパチッ!!
恥ずかしさで俯いてしまったカリシャを乗せて、貝殻は舞台袖へ消えて行く。
だが、本日の最高得点を叩き出した事で、登場側の袖に控える影達は、メラメラと闘志を燃やしていた。




